あなたが星に願うとき

第一章 あなたが誰かは関係ない

わたしは驚かざるを得なかった、黄色い髪の男子生徒に対して。何故かなんていうのは愚問だ。わたしはまだ完璧に校則を覚えた訳ではないけれど、確か、髪を染めるのは違反に値した筈なのだ。それを当たり前のようにしてしまうなんて、驚くしかあるまい。今になって少しの非難も混じっている気がしてきた。
 いやでも、わたしと彼らは同じ大遅刻者だ。わたしは単なる大寝坊だけれど、もし彼らが不良生徒で、遅刻の理由として「ゲーセンで遊んできたから」と言っても何らおかしくはないのだ。それに、一人で遅れて登校するのは中々に心細かったから、相手の素性がどうであれ、仲間がいて幾許か安心した面もある。だからわたしは「彼らを非難する」という考えすら捨てなければならないだろう。恐れず前へ進め、わたし。
 わたしは再び歩道を歩き始める。ただし壁沿いに、忍び足で。何故なら、やはりどうしても彼らへの恐怖感は拭い切れず、彼らに見つかりたくなかったからだ。
 のっそりと彼らに近付くにつれて、何だか良からぬ雰囲気が漂ってくる。どうやら彼らの近くには生徒指導部長の榎本先生と鴨志田先生もいるらしい。

「――――。陸上の朝練やってた頃とは大違いだ」
「るっせ! テメェが……」
「鴨志田先生になんて口きいてんだ! お前な……もう後ないんだぞ?」
「向こうが煽ってきたんだろうが!」
「ほんとに退学になりたいのか!?」

 黄色い髪の男子生徒が、鴨志田先生を元凶にして榎本先生と言い争っている。これはもしや、修羅場ではなかろうか。彼らの怒り心頭な様子や、凄みを含んだ声に思わず足が竦む。やはり怖いものは怖い。
 一応述べておくと、ビル街とはいえど、この辺りには住宅も何軒かある。それなのに、彼らは近隣への配慮すらままならない程に苛立っているようだ。それは当然、余りの怖さに足も竦むというものである。
 だがそうだ、わたしも大遅刻した身としてあそこに混じらなければ、後で何が待っているか分からない。ただ、どう見てもあの場の雰囲気は最悪を極めている。あそこに無防備に入り込んでしまえば、わたしの手で上手く場を収めることなど出来ないだろう。けれども何か終止符を打たなければ、このまま収拾がつかなくなりそうなのも確かである。
 どうしよう、どうしよう。一人で勝手に焦っていると、黒髪の男子生徒がわたしの存在に気付いてしまったようで「あ」と発声した。わたしも思わず「え」と声を出す。それを引き金に黄色い髪――よく見ると金髪――の男子生徒もこちらに目を向けた。当然のように目が合う。彼の瞳は「なに見てんだよ」とでも言わんばかりに鋭くわたしの目を貫いた――怖い、怖過ぎる!
 わたしは瞬時に目を逸らした。けれども次に何処へ目を遣れば良いか分からなかったから、結局、わたしは再び視線を彼に向けた。すると、何ということだろう、彼の表情が少しだけ和らいでいるではないか。
 どうやら極険悪な空気を変えることは出来たらしい。これで無事に、わたしは榎本先生からお叱りを頂けることだろう。そう思い、安堵したのも束の間、わたしは彼の隣に立つ鴨志田先生からこんな質問を投げ掛けられてしまった。

「お前もそいつらの仲間か?」

 正直に述べると、何故にわたしが彼らの仲間であるかを確認されなければならないのか、些か疑問に思った。だって、明らかにわたしは彼らと行動を共にしていない。

「……はい?」

 先生は馬鹿なんですか、と問い返したかったけれど、わたしは苛ついた声で聞き返すだけに何とか留まった。

「違うのか? ならいいが、くれぐれもこんな奴らなんかと関わるなよ」

 本当にこの人は馬鹿なのだろうか。そんなことは、殆どの人が幼児時代から親に教えられている(まあ、馬鹿な体育教師に見下される彼らに今更ながら同情してしまったから、わたしはもう彼らを不良だと思えなくなっていたけれど)。ああ、つまり馬鹿なのか。
 わたしが他人に対してここまで嫌悪感を覚えたのは生まれて初めてだ。教師たる者、自身の立場を理解していない筈がないと思っていて、それを裏切られたからだろう。
 ああ、もしかすると「元オリンピック選手」という肩書きを誇示したいがために教師を務めているとか? それなら、いっそのこと教師よりもスポーツトレーナーになる方が良いのではないだろうか。
 とにかくわたしは早くこの面倒臭い状況から逃げ出したいし、できれば彼らも一緒に脱出してほしい。敵の敵は味方とはよく言ったもので、わたしは密かに彼らに肩入れし始めていたのだ。

「勿論です。それはそうと、わたし、榎本先生にも彼らを含めた遅刻の連絡をしましたよ。榎本先生、ですよね?」
「は? ……あ、ああ……」

 これは全て真っ平な嘘だ。ただ、わたしに気圧されたとはいえ、付き合ってしまう先生も先生だ。厳密には違うが、生徒に指導される生徒指導部長とは。正直に言って噴飯ものである。しかしお陰でこの面倒くさい状況を回避できそうだ。鴨志田先生はわたしの無理矢理な発言に少し渋るような態度を見せながらも、何気に納得しているようだった。

「そうだったのか。だが、それなら何でこいつらは警察に補導される前にそれを伝えなかったんだ?」
「坂本先輩の日々の素行が悪くて誤解されたみたいです。わたしは二人の後から来て警察官の方にきちんと事情を説明しましたよ」

 ちら、と二人の方を見遣ると、やはり坂本先輩らしき男子生徒は驚きに目を丸くしていた。その目は「何で俺の名前を知ってるんだよ」と聞きたげだった。
――二年の『サカモト』っていう金髪の人には近付かない方がいいんだって。いつも暴力沙汰起こしてるらしいから。
 わたしは「前科持ち」の生徒に加え、「サカモト」という生徒の噂についても耳にしたことがあった。そしてついさっき、級友から聞いたこの言葉がパッと浮かんできたのだ。故にわたしは横にいる金髪の生徒が「サカモト」なのだと感付くことができたのである。
 その後、わたしが適当に社交辞令を述べれば、しかし鴨志田先生はそれが社交辞令だと気付くこともなく、侮蔑の言葉を止めてくれた。そして、わたしと坂本先輩は無事に榎本先生に連れられ、秀尽学園高校の玄関に這入った。鴨志田先生の「お前が転校生か?」と黒髪の男子生徒に問う声を耳にしつつ。

体育教師(仮)




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