おまえの態度が気に食わない




…気にくわない。
初めて会ったときから今の今まで、奴に抱いていた印象が変わった事はない。

「それじゃ、この食器を棚に戻してね」
「任せて下さいです」

そんな会話を耳にして、千黒はたちまち不快になる。

グリンフォレストと言う通称で呼ばれる森の、獣道を少しいった場所に彼女達の家はある。
家の通称は「子供たちのいえ」だが、部屋の数が多いだけの普通の家だ。
「子供たちのいえ」では大人嫌いの子どもが共同生活をしている。

先ほどの会話は千黒が母と慕う神白優香と、口調からして馬鹿っぽい(と千黒は思っている)、千黒の苦手とする人物、神乃愛奈が交わした何気ないものだ。
何気ないものではあるが、愛奈のことを快く思っていない千黒は愛奈が優香と会話しているだけで何故だか腹立たしい。
理由なんてない。
とにかく出会ったその日から千黒は愛奈のことが嫌いだった。
千黒が嫌う人物はもう一人いる。
同学年同クラスの舘米椿だ。
彼女とは長い付き合いで、時に叩き合い、時に切磋琢磨してきた。
椿とは仲が悪いながらもそれはそれで楽しくやってこれたのだが。
千黒が愛奈に抱いているのははっきりとした「嫌悪感」だ。
しかし理由はない。わからない。
会った瞬間からとにかく嫌いで仕方なかった。
せめて理由が分かれば…と千黒はため息をつく。
悪童と呼ばれる事すらある千黒でも、理由なく他人を嫌うのは気が引けるというか、後ろめたさを感じるらしい。

「ちー、手伝って欲しいのです」

突然呼ばれてハッとする。
愛奈は千黒を「ちー」と呼ぶのだ。
千黒が一方的に嫌っているだけで、愛奈との仲は悪い訳ではない。少なくとも千黒はそう思っている。
表面上、愛奈に対する嫌悪感は隠しているので断る訳にもいかない。
千黒は愛奈から皿を受け取り、棚の上の段にしまうため椅子に登ろうとする。

ダンッ

擬音として文字にするならこうだろうか。
戸棚のケースを開けようとしたとき、突然横から強い衝撃を受けて皿を持ったまま、受け身を取ることもできず椅子から転落した。
体制がよくなかった。
落とした皿の上に倒れ込んでしまい肌の露出していた部分に割れた皿の破片が刺さる。

…押された?そんなまさか。

キッチンから響く皿の割れた大きな音を聞いた優香が血相を変えて飛んできた。

「ちーちゃん!!大丈夫!?なにがあったの!?」

優香は千黒を抱え上げながら辺りを見回して顔を更に青くした。

「あ、あ…棚に届かなくて……ごめん、ごめんね……」

優香は半分謝り、半分泣きながらどこかへ電話をかけ始めた。
恐らく医者だろう。

千黒は半ばパニック状態の優香を前に、やたら冷静に、顔に傷が残ったら嫌だな…と考えていた。
優香のせいじゃない。傷が残ったりしたら優香は自分を責めそうだ。
ふと自分をこんな目に合わせた元凶である愛奈の事を思い出す。
優香のパニック振りのせいで忘れかけていたのだが、思い出したとたんに腹が立ってきた。
沸々と怒りで頭が熱くなる。
病院から帰ったらブン殴ってやろう。
そう思いながら愛奈の方を見たのだ。
とたんに怒りで沸騰しそうだった頭に冷や水をぶちまけられたような、衝撃と寒けを感じた。
今までどんなに拭おうと思っても拭えなかった愛奈への嫌悪感の正体を、自分を見下ろす彼女の表情の中に見たからだった。


20150410
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