立会人という仕事は昼夜関係なく呼ばれることが多い。勤務形態も特殊だし、どちらかというとブラックな働き方だと思う。それでもこの仕事を辞められないのは数多の勝負に”立ち会う”ことへの執着、そして己の中に潜む潜在的な欲求を満たすために他ならない。101人いる立会人は言葉にしなくとも、皆同じような思いを抱えているはずだ。
そんな賭郎立会人という職を天職だと信じてやまない私は、今日もとある勝負に立ち会うため豪華客船に乗り込んでいた。海上パーティーを楽しむ旅行者に紛れ、日本の領海を離れたと同時に賭けに狂うギャンブラーたちは私の心を愉快にさせた。大人の社交場を少しだけ逸脱した雰囲気の中、よく見知った顔を見つける。
「巳虎立会人」
八號・能輪巳虎立会人。私より少し背の高い彼はじろりと睨み付けてすぐに視線を戻した。歩きながら互いにだけ聞こえるくらいの声量で言葉を続ける。
「奇遇ですね。違う立ち会いですか」
「子守りみてぇなもんだ」
「あぁ、それじゃあお帰りのところですか」
「お前は」
「私はこれから」
「ふーん」
興味の無さそうな返事を聞いて、彼と別れてカジノを出る。VIP専用のラウンジに侵入するため私は控えさせていた黒服と一緒にガードを制圧して扉を開けた。制圧と言っても危害は加えない。搦手はどこにだって潜んでいる。それだけのこと。
VIPラウンジは最低限の灯りで各テーブルを照らしている。ここは低レートの表のカジノとは違い高レートの勝負を楽しめる場所で限られた人間しか入室することは出来ない。酒、女、ドラッグと場を盛り上げるものならなんだってある。低俗なものを楽しみたい性は階級など関係ないのだ。
私は一番奥、カーテンの閉められたボックスシートの前に立ち声をかけた。
「ミスター、みょうじです」
『あぁ、開けてくれ』
「失礼いたします」
カーテンを開けると、シャツをはだけた一人の男がロックグラスを揺らしながら女と睦み合っている。私が長いこと専属立会人として付いている会員の男だった。テーブルの上には女の分と思われる酒と、オールドウィスキーの瓶が並んでいる。
私は少しため息をついてから背後のカーテンを閉めた。
「ミスター、私は勝負があるとお伺いして来たのですが」
「あぁ、そうだったな」
「して、お相手の方はどちらに?」
「いるじゃないか、目の前に」
そう言われても、私の目の前にはこの男女しかいない。まさかと思って問うと男はゲラゲラと笑いながら頷いた。
「勝負をするつもりだったのは本当だ。そうじゃなきゃわざわざアンタに来てもらわないだろう」
「私もそのつもりで参じておりましたが」
「こいつが俺に惚れちまってな。始まってすらいないのに俺がいないと生きていけないなんて言うもんだからよ」
「それでは、勝負は如何にいたしますか」
「あぁ、やるよ」
男は濃厚なキスを交わしてそれから女から離れた。一方の女は賭郎勝負は初めてのようで私は懇切丁寧に説明する。ゲームは私に任せると男は言い、私は胸元からトランプを取り出す。
「それでは、こちらのゲームは如何でしょう。どうやらお相手の方もなるべく早く終わらせたいようですから」
私は手早くカードを分けてシャッフルし、2つの山をそれぞれの前に置く。
「スピード、というゲームはご存知でしょうか?」
2人は頷き、私はそれに応えるように山札から一枚ずつめくって中央に並べた。それから4枚ずつ伏せて置きルールを説明する。
「基本的なルールはお二人がご存知の通りです。これは判断力と瞬発力が求められるゲーム……お望み通り手っ取り早く済むでしょう。伏せたトランプは私のスタートの合図が出たらオープンして下さい」
「じゃあ、賭けるものを決めよう。俺は今日の軍資金5000万だ」
「かしこまりました。……レディ、貴方は如何いたしますか?」
「私はそうね。オハイオの自宅と現金10万ドル。それから私自身を賭けるわ」
「レディ。もしもの時は権利書はすぐにお預かり出来ますか? そうでなければ受け付けかねます」
「代理人に連絡すればすぐに渡せるわ」
私は了承し、黒服を通じて代理人にコンタクトを取った。確認も完了し2人に向き直る。
「為替レートの差もありますが構いませんか? ミスター」
「下手すれば俺の方が少ないくらいだ。構わない」
「双方確かにお預かりいたしました。ゲーム中の暴力・妨害行為は禁止です。我々が関知しないイカサマは違反とはいたしません。それではゲーム、スタートです」
2人がトランプをオープンしゲームがスタートする。無言のまま2人は山札と台札、それから手札とにらめっこしながらひたすら積み重ねていく。私はその動きを視線だけで追いながらイカサマがないか監視する。無論、私がシャッフルし並べたそれにイカサマの余地はないだろう。会員同士でもないこれは、いわばお遊びの範疇でしか無いのだ。
「よしっ!」
先に山札を溶かしたのは男の方だった。そのまま手札に残った2枚を続けて出し、小さくガッツポーズをする。女は悔しそうにしながらソファにもたれかかった。
「この勝負、ミスターの勝利となります。……それではレディ、約束通りご自宅の権利書と現金、それから貴方を頂戴いたします」
「いいわ。元からそのつもりだったもの」
黒服から携帯電話を受け取った女は代理人とやり取りをし、間もなく権利が男の名前に書き換わったことを確認した。男は現金を私用の口座に入金するように命じ、私は言う通りにそれをこなす。現金を持ち歩くのが嫌いな男は勝ち取った金はすぐに口座に入れることをルールにしていた。
「これでずっと一緒にいられるわね」
「あぁ、そうだな俺のお姫様。……少しだけ待っていてくれ。彼女と話があるんだ」
男はそう言って立ち上がり、私と一緒にカーテンの外に出た。それからボックスシートから離れたところまで歩いていき私の方を向き直って困った顔で肩をすくめた。
「オハイオに住むつもりなんてこれっぽっちもないんだ」
「そうでしょうね、ミスター。一体何人目のお姫様でしょうか」
「君がいてくれれば俺は満足するのに、一体いくら払えば俺の元に来てくれるんだい?」
「何度もお答えしておりますが、私はあくまで専属立会人で貴方の恋人ではありませんよ、ミスター。この話はこれで終わりです。あまり女性をお待たせしてはいけません。我々は既に賭郎勝負を終え精算も完了しております。これ以上はご一緒する理由がございません」
「つれないなぁ」
男は踵を返して手をひらひらと振りながら再びカーテンの向こうへと戻っていった。
世界中の女性を虜にする眉目秀麗なギャンブラー。その実は勝負相手の財を吸い付くし己に忠実な女性のハーレムを作り上げる詐欺師に近い。ヘドが出そうになりながらもあの男に付き従う自分にほとほと嫌気が差す。
彼のする勝負は勝敗が最初から決まっているのに近い。出会った女を骨抜きにし、勝負に勝てない心理状態を作り上げてからテーブルに着かせる。私がどんなゲームを提供しようとまるで意味がない。八百長に近い勝負は私の欲求を埋めることなんて出来ない。あまりのくだらなさに私はため息をまたひとつついた。
「みょうじ立会人」
「帰りましょう。ここにいる意味はもうありません」
黒服と共にVIPラウンジを出る。少し外の空気を吸いたい、と告げて私は一人メインデッキへと上がった。夜の潮風は心地よく髪を揺らし、遠くで聞こえた喧騒が非日常であることを物語る。これが仕事じゃなければどれほど良いか……と私は思案して携帯を取り出した。
「判事、みょうじです。勝負はつつがなく終了いたしました」
『ご苦労だった。……それで用件は?』
「このまま戻るまで休暇扱いにしていただいても? この所私も部下も休めておりませんでしたから」
『洋上なら急な呼び出しも出来まい。取った部屋も無駄になるより良い。ゆっくり休め』
「ありがとうございます。……あぁ、能輪立会人もおりましたけれど」
『聞いていなかったのか?』
「何をです?」
『あいつも今は休暇中だ』
「は? え?」
私の間抜け声を聞いた判事は珍しく大きな声で笑い一方的に電話を切られた。私はしばらく動けないまま水平線を眺めて、それからハッとしたように頭を振った。豪華客船、目的地まではあと2日。この休暇中でどうにかするしかない。
取り急ぎ黒服たちに貴重な休暇を楽しむよう電話で指示をして、足早に自分の部屋に戻った。立会い帰りにスーツ以外の服を着るのは本当に久しぶりだ。最低限にパッキングした荷物から私服を取り出し、気合いを入れてメイクを直して部屋を出る。
目的地はカジノ。きっと彼はまだそこにいる。私は何としても彼と決着を付けなければならなかった。
「巳虎!」
カジノ内のバーカウンターでグラスを傾けている彼の背後から声をかけた。今はもう休暇中だから、立会人とは呼ばない。振り返った彼は少し驚いた顔で私のことを見つめていた。
「何だよ」
「判事から聞いた」
「そうかよ。で、何で着替えてんだ?」
「私も休暇になったから」
私は巳虎の隣に座り、バーテンダーにミモザを注文する。巳虎は訝しげな顔をしながら「だから何の用だよ」と冷たい声で問う。でもそれくらいじゃ私はめげません。私は目の前に置かれたミモザを一口飲み、それからじっと目を見つめた。
「そろそろはっきりしてほしいの」
「何が」
「私たちって付き合ってる? それとも遊び? 今まで散々はぐらかされてきたけどもう我慢出来ないから、この2日ではっきりさせるね」
そう言い切ってグラスをあおって立ち上がった。私の行動に驚いているのか、巳虎はぽかんとした顔で私を見つめている。
「2日後の朝までに、絶対答え聞かせて。それじゃ私遊んで来るから」
「おい」
それだけ告げて、振り返らずにカジノから出た。心臓がどくどくとうるさい。一口でもお酒を飲まないとやってられないくらい緊張していたから彼があそこにいたのは好都合だった。
ピンヒールはデッキの上でカツカツと音を鳴らす。私は少しリズムを取って、高揚する気持ちを何とか押さえながらレストランへと向かう。
決戦は2日後。それまでに巳虎の気持ちを私に向けさせる。
立会い以上に最高にドキドキする休暇が、今始まった。
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