レストランに着いた私はウェイターに案内されテーブルに着いた。渡されたメニューを見つめ、ワインと前菜をいくつか注文する。カジュアルタイプのレストランだからか周りは若い家族連れや少し砕けた服装の人も多く、なんとなく楽な気持ちになった。1人でコース料理なんか虚しくて食べていられないし。
 
「お待たせいたしました」
 
 テーブルの上にワインボトルと料理が数品並ぶ。グラスに注がれたワインはほのかに甘い香りで飲み込んだ風味はさっぱりとしていて心地が良い。チーズの塩味がほどよく食欲を増進させるから、私は飲んで食べてを繰り返す。
 ボトルの半分を開けた頃、背後から声をかけられて振り向いた。
 
「お姉さん、1人?」
「そうだけど」
 
 声を書けてきたのは日本人の男性だった。連れはいない様子で私も1人だからと話しかけたようだ。私はこんな場所でナンパなんて正気じゃないと思いながらまたグラスを傾ける。
 
「一緒に飲んでもいい?」
「申し訳ないけど興味ないの。邪魔しないで」
「そう言わないでさ」
 
 しつこい男は嫌い。グラスを置いて手を挙げると気付いたウェイターが近付いてきた。私は男を指差して「1人で食事を楽しみたいのだけれど」とだけ言った。流石に気不味くなったのか男は踵を返して自分の席に戻っていく。ふと、その奥から巳虎の姿が見えて私はウェイターにグラスをもう一つ持ってくるように頼んだ。
 
「……お前、何してんだよ」
「何って、食事だけど」
「それ、一人で空けるつもりか?」
「その予定。……座る?」
 
 巳虎は私の向かいに座ると、ウェイターがグラスとカトラリー類を用意して並べた。巳虎は注がれたワインをさも当たり前のように飲み、それから残っていた生ハムを食べてしまう。思わずあっと声が出た。
 
「食べようと思ってたのに」
「知らねぇよ」
 
 どうせなら、と生ハムをもう1皿追加してメインをどうするか巳虎に問う。何でもいいとぶっきらぼうに答えるからとりあえずピザを2枚頼んだ。
 
「追いかけてきたんだ」
「別に。腹減っただけ」
 
 まったく素直じゃない男。今まで一体何人の女の子が巳虎に泣かされてきたんだろう。勿論私もその1人なのだけれど、こんな思いのままいたくないから決着をつけようと言ったのに、こうやって私を引っ掻き回すからペースはあっという間に崩れてしまう。
 向かいの巳虎は私の気持ちを知ってか知らずか、平然とした顔でまたワインを飲んだ。
 
「私のさっきの話聞いてた?」
「聞いてた」
「真剣に考えるつもりは……まぁないんでしょうね」
「そうは言ってねぇだろ」
 
 私の話なんかどうでも良さそうにしながら、ぱくぱくと食べ進める姿を見ていたら、私まで段々どうでも良くなってきてしまった。まぁ食事の席だし、色々とうるさく言うのは嫌だからつられるようにグラスを傾ける。
 飲むペースの早い2人では、あっという間にワインは空になってしまった。グラスでお代わりしながら熱いピザに悪戦苦闘しながらああでもないこうでもないと話をして食事は進んでいく。
 結局、巳虎と他愛もない話をして過ごす時間が好きなのだ。
 
「デザート食べたい」
「どんだけ食うんだよ。女ってわけわかんねぇよな」
「アイスくらいならいいでしょ。確かアイススタンドあったよね」
「外出たら寒ぃだろ」
 
 夜の海上だから巳虎の言うことはもっともなんだけれど、私はどうしてもデザート欲を捨てられなくて食べに行くことを決意する。バッグを持って立ち上がり、巳虎もそれに倣うように後を着いてきた。今度はちゃんと一緒に来るみたい。
 レストランを出て少し歩いたところにアイススタンドはあった。フランボワーズソルベを注文して、外に出ていた巳虎の元に行く。海を見ながら食べるフランボワーズソルベは酔いを覚ます意味でも非常に美味しい。
 
「食べる?」
 
 一口すくってスプーンを向けると、以外なことに巳虎は素直にそれを食べた。それが何だか餌付けしているような気持ちになって私は一口、もう一口と差し出す。流石にあげすぎたのか「もういらねぇよ」と断られてしまった。
 夜風を受けながらぼんやりと食べ進めて、カップの底をスプーンが数度掠った頃私はぶるりと思いっきり肩を震わせた。
 
「だから言ったじゃねぇかよ」
「薄着なだけです」
 
 スーツの巳虎と違って、私は上着1枚羽織っただけのパーティードレスだ。流石にこの時間この場所では肌寒い。
 ゴミ箱にカップとスプーンを放り投げて後ろを振り向くと、巳虎がジャケットを脱いで私にぼふりとかけた。私はびっくりしながら顔を見る。
 
「寒いんだろ」
「あ、りがと」
 
 急にそんなことをされると動揺してしまって、顔が一気に赤くなる感覚がした。これは酔いのせいだと言い聞かせて船内に戻る。急にふわふわとした感覚に襲われて巳虎の顔を直視できない。私は巳虎のジャケットを抱きしめるように羽織って、自分の部屋まで戻る。その後ろを着いてきている足音が聞こえて「何で着いてくるの」と前を向いたまま聞いた。
 
「着いたら返せよ、ジャケット」
 
 あぁそうでした。こいつはこういう男でした。
 不遜な物言いに私は足早に部屋に戻り、鍵を開けて投げるようにジャケットを渡した。それを受け取った巳虎は少しムッとした顔で私のことを見つめる。
 
「なんだよ」
「別に」
 
 ありがとうおやすみと言ってドアを閉めようとするのを足を素早く挟み込んで阻止される。さすが八號立会人としか言えない体捌きにちょっと圧倒されたけど、こんな場所でしかも休暇中にバチバチにやり合う趣味は無かったから素直にドアを開けた。
 巳虎は部屋に入って後ろ手にドアを閉めながら表情を変えずに言う。
 
「文句あるなら言え」
「別に無いよ」
「んな顔しながら言うことかよ」
 
 ジャケットを着ながらそのままずんずんと部屋に侵入してくるから、私は少し眉根を寄せて巳虎を見つめる。ヒールもあって身長差はそこまでない。というかまず近い。これはもう號奪戦の間合いと言っても差し支えないレベル。私が今スーツを着ていたら覚悟を決めて胸ポケットからハンカチを落としていたところだ。
 
「何? 休暇中にやり合うほど野蛮じゃないんだけど」
「誰がお前なんかと戦うかよ。身の程弁えろ」
 
 単純な戦闘力で比べれば巳虎の方が悲しいかな圧倒的に上だ。私にとって戦いとはあくまでも勝負に加えるエッセンスに過ぎないから、より強い暴を持つ巳虎にはきっと敵わない。そもそも暴でのし上がろうとは思ってないし。
 
「俺から答え聞きたいんじゃねぇのかよ」
「えっ? 今?」
「2日も待つ必要無ぇだろ」
「それにしても早くない?」
 
 また一歩、巳虎は距離を詰める。いや近い近い。號奪戦の間合いとか越えている。これもうキスする距離じゃない? そうは思っていてもプライドがあるから視線は外さない。見つめ合うというより睨み合った距離のまま、巳虎はおもむろに私の顎を掴んだ。そしてそのまま後ろの壁に追い詰められ半ば無理やり口付けられる。
 驚きで目を閉じるなんてできなかった。何も考えられないまま雑なキスを交わす。これが初めてじゃないしとうの昔に体の関係だって持っていたのに心臓がどくどくとうるさかった。
 
「満足したか?」
 
 口角を上げて巳虎は笑い、反対に私は何も答えられなかった。それをどう捉えたのかはわからないけど魚のように口をぱくぱくとしている私の両手首をぎゅっと握り頭上で押さえつける。
 待って、そういうのはちょっと考えてなかった。
 
「いったん、待って!」
「何で俺が待たなきゃいけないんだよ」
「これいつもの流れじゃない?」
「あぁ、そうだな」
 
 それじゃ困るんですが?
 私の話、結局全然伝わってないじゃない! 真剣に考えたのかと思ったらまた私を振り回して反応を楽しんでいる。抵抗しようにも巳虎の力は強く両腕はびくともしない。ならばと思って蹴り上げた足ももう片方の手でいなされてそのままぐいと体を抱き上げられた。
 
「今更抵抗すんな」
「ちょっとそれは困るんだけど」
「何がだよ」
「私はアンタとの関係をハッキリさせたいわけ。その上でどうこうするなら一向に構わないんだけど、先に言葉が欲しい」
「……逆に聞くが」
 
 ベッドに寝かされ、そのまま私を組み敷く体勢を取りながら巳虎は口を開く。
 
「俺が嘘でも好きだって言えばお前黙って抱かれんの?」
「そういうわけじゃっ」
「そうだろ? キスもセックスもしてんのにうだうだうるせぇのは俺がお前のことどう思ってるか言わないからなんだろ? じゃあそれが嘘でも好きだ遊びじゃねぇって言えば何されても文句無いんだよな?」
 
 違う。決してそんなことは思ってない。でも巳虎が言っていることも確かだ。試すような真似して無理やりに言葉を吐き出させてもそれが嘘だったら何の意味もない。
 不覚にも泣きそうになった。それはきっとワインのせいで私が弱いからじゃない。そう思わないとやってられないほど巳虎の言葉が重く突き刺さる。
 
「可愛気無い女だな、お前」
「どうせ無いわよそんなもの」
 
 だって立会人にはそんなもの必要ないでしょう?
 貴方が私意外に抱いた女の子はさぞ可愛らしくて、女の子らしくて、巳虎に守られることを望んでいる子ウサギちゃんみたいな子ばっかりなんだろうけど、お生憎様私はそんな生き方はこれっぽっちも出来ない。
 貴方と同じ立会人という生き方を選んだ以上、強さを測る”號”がある以上、私は貴方を食い殺すことを考えるくらいの生き方しかできないよ。
 
「ねぇ」
「今度は何だよ」
「今までどれくらい女の子抱いたの?」
「趣味悪い質問だな」
「答えてよ」
 
 気持ちも体も萎えていて、こんな体勢なのにセックスする気力はこれっぽっちもなかった。酔いすらもうどこかに吹き飛んでしまっている。ならば同じくらい巳虎もげんなりさせたくて本当に趣味の悪い質問を直球でぶつけた。
 
「覚えて無い」
「ふーん」
 
 またはぐらかした。それを聞いたらもうどうでも良くなって、私は巳虎の頭を引き寄せて口付ける。もうどうにでもなれって思いながら絡める舌は熱いのに、心はどんどん冷え切っていった。
 唇を離して巳虎を見ると、眉根を寄せて私をじっと見つめている。どうしてそんな顔するのよ。そんな表情したいのは私の方だよ。悔しくてまた引き寄せて、何度も何度も口付けた。巳虎は一度も拒絶することなく大人しくそれを受け入れている。伝った涙は冷たくて、今の自分のようだと思った。
 
 目が覚めると隣に巳虎が寝ていた。結局最後までシてしまって罪悪感と後悔に苛まれる。巳虎と肌を合わせてこんな思いをするのは初めて抱かれた時以来だった。
 起こさないように慎重にベッドから出て、部屋にある狭いシャワールームで身を清める。頭からお湯をを被って体が覚醒していくと、同じくらい心も冷静になれた。
 髪を乾かしてベッドに戻ると巳虎も起きていて携帯を眺めていた。豪華客船と言えどそれぞれの部屋はスイートルーム以外ビジネスホテルとあまり変わりはない。つまり私の居場所はベッドくらいしかないわけだけど、そこには巳虎がいる。昨日の今日で隣に潜り込むのは少し気が引けた。
 
「……借りる」
 
 私の気持ちを察したのかどうかわからないけど、巳虎も立ち上がってシャワールームに向かった。入れ違うようにベッドに戻る。残された巳虎のぬくもりを感じ、段々またまぶたが重くなってきた。カーテンの隙間から入ってくる朝日が少しだけ眩しかったけれど、結局そのまま眠りこけて次に目が覚めた頃にはもう巳虎はいなかった。
 今までより遥かに後進した関係性に焦りを覚えながら私は準備をして扉を開ける。ここは海上を動く楽園。結局逃げ出すことはできないのだから部屋から出ざるを得なかった。
 
「……よう」
 
 そこには、巳虎がいた。昨日までのスーツではなく、私服で。
 
「お互い休暇には変わりねぇだろ。……付き合えよ」
 
 その言葉に私の拒否権はない。
 決戦まで残り一日半。私は戸惑いを抱えたまま、深く頷いた。
 
 
 
 
 
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