雨の惹
そとから海の音がする…
雨の音と風の音がすごくて波の音がする。
雨の惹-あまのじゃく-
外から海の音がする。ポツリと落ちる雨粒のように呟いた彼女、オリヴィアは夜明かりすらも遮断するカーテンの役目を一時、終わらせた。開かれた先からは明かりは差し込まない。
今日はあいにくの雨だ。
幾多の水塊に襲われ、身を震わせる窓をオリヴィアはじっと見据えている。彼女に釣られ、サイドスワイプも窓の先を見た。しかし、直ぐに彼の視線はオリヴィアへと向いてしまう。薄っすらとした霜壁の向こうでは、雨は白い槍となり、暗闇を走り駆けている。発光能力がないために白色でも視認は出来そうにない。オリヴィアは右手をぺったりと窓に張り付かせている。低い体温でも霜壁は容易く一部を決壊させていた。腕先へと伝う水粒を払わないオリヴィアの小さな背中は薄藤色の髪たちで隠れている。あの藤布をめくれば、己のモノと示した痕が無数にあるのだと、サイドスワイプは先ほどまでの時間を思い返す。
「雨の音と風の音がなんだかすごくて、波の音がしますわ」
「……波、か」
それは、どの水源を指しているのだろうか。シンプルに海か? もしかしたら川かも? じゃあ空に浮かぶ雨雲だろうか? サイドスワイプは想像を膨らませる。彼女の何気ない呟きは、彼にとっては詩だ。サイドスワイプは、自分は感性豊かじゃあないほうだと認識しており、まわりくどい物言いは好まない方だ。詩なんて興味も関心も無かった彼だが、こうも耳を傾け、考え、空想をしてしまうのはオリヴィアの影響だった。続く言葉はなんだろう。と、寝かしつけの絵本の続きを聞きたがる子供のように、サイドスワイプは紡がれる言葉をねだった。
「散歩、行くか」
オリヴィアは緩やかなウェーブがかかった長い髪を揺らし、窓ガラスを撫で下ろす。キュイと悲鳴を上げた窓がさらに悲鳴を上げかねない声色でオリヴィアはサイドスワイプに物申す。
「深夜の2時、外は土砂降り。はい行きますと、言うと思いまして?」
冷たく言い放つ彼女が怒っているのではなく、むしろ嬉々としていることをサイドスワイプは知っている。
「乙なもんだろ」
「イカれてますわ」
「…海の音」
振り向いてサイドスワイプを見るオリヴィアの目はまんまるとしていて、小さく驚いている。サイドスワイプは少し、照れくさそうに続けた。
「海の音、聞きに行こう」
驚いたままのオリヴィアはパチリパチリとまばたきをした。次第にクスクスと笑い始め、彼女にしては力が抜けた顔で
「似合わないことを言いますわね。かわいい人」
「可愛いのはお前だろ」
「…ふ、ふふっ。お互い様ですわ……ウフフっ」
「どこにツボる要素があった? なあ?」
「今は何を言ってもかわいい人、なのですわ」
口元を左手で隠し笑うオリヴィアの右手を、サイドスワイプは右手でぐいと引っ張り込む。きゃっ、と小さく悲鳴を上げたオリヴィアは体勢を崩し、ベッドに倒れこむことになるが、それはサイドスワイプが彼女を支えたことにより阻止された。
「俺は常々カッコいい人と認識してほしいがな」
「あら、赤面を治すまでは難しいですわね」
「まだ俺赤面中なの」
サイドスワイプは苦い顔をして、顔の熱を下げた。あっズルしましたわ、とオリヴィアの非難が確かに彼の耳は聞こえたのだが、涼しい顔をして知らんぷりをした。
「私は詩人じゃあないけれど、貴方はもうちょっと喩に慣れるべきですわね」
呆れたように肩をすくませたオリヴィアは、サイドスワイプの手からするりと逃げ出す。鬼ごっこが始まったかのようにサイドスワイプは再度オリヴィアを捕まえようと身を起こすが、すでにオリヴィアは素早くベッドから降りていた。
「ねえ、サイドスワイプ」「連れてってくださる?」
いたずらげに首を傾げ、オリヴィアは手を伸ばし、サイドスワイプをせがむ。
「仰せのままに、オリヴィア」
差し伸べられた手を受け取ったサイドスワイプは当たり前の様にオリヴィアを抱きしめ、額に唇を押し付けた。