続く始まり
人間に必要なもの。すなわち衣食住である。
まずはこの人間が纏う皮、衣服。個体によって好みであったり様になる皮は違うらしい。ひとまずはオススメとやらを数着見繕った。
次にエネルギーの補給、食事。人間はエネルギーの形状や味にこだわりを持ち、いくら細工しようも、質量も採取量も変わらないエサをひたすらに加工することを好む。この過程で余計なことをし、とても補給できるようなものじゃあないものにする愚かな人間もいるらしい。また、これも同じく好みがそれぞれにあるらしい。エサを三、四種類、一週間分を購入。
最後に縄張りである巣。ミニボット等の人間とかろうじてサイズに釣り合いが取れる場合は購入はあまり必要はない。しかし、10mと1,5m。8,5mという釣り合いに引き出すのがバカらしくなるような数値をあらわす我らには(正確には人間には)必要不可欠であった。ワンルームという名称の巣を購入。
最低限の必要物を購入完了。
不備はなし。確認終了。
帰還を開始する。ビークルモードに変形中、人間の容態を確認。
生きている。
規則的な息遣いをしているあたり、おそらく寝ていると推測した。
移動中に死なないよう、速度は少し落とした。
ディセプティコン本拠地、地下深くにあるラボラトリーはショックウェーブの要塞といってもいいだろう。
ラボは誰であれ立ち入りは可能ではある。一時期は同期だってこの場に存在はしていた。しかし、好んで近づこうとする者はいなかった。仮に立ち入るのであれば、誰もが必ずショックウェーブに許可を取りに来る。
もはやこの要塞は、ショックウェーブの根城、住居である家なのだ。
家と言い張るなら玄関であるドアが存在するであろう。ショックウェーブはドアにロックはかけていない。そもそもかける意味がないのだ。元は出入り自由の場なのに、勝手に私物化するなどあり得ない話なのだから。決して、ラボラトリーはショックウェーブの家ではなかった。しかし、この場に居着き続けているあたり、実質家と言えるだろう。
ラボに入れば、ドリラーが開けた大きな穴と、穴から吹き出す軟風が私を迎え入れた。
開放的だとは思うが、やはり見栄えは悪いなと横穴に目をやっていると、正面からドリラーがこちらへ向かっているのが遠くに見えた。私の元へたどり着く間、器物破損はないあたり、だいぶ器用になってきているようだ。
「今戻った」
私をゆるく囲み、帰還を喜ばしいと表現するドリラー。労いとして胴体の一部分を撫でていると、私の荷物に興味を示したのか触手が近づいていた。
「人間だ。殺してくれるなよ」
その言葉に納得したかはわからないが、若干のからかいを帯びていた触手は素早く引っ込んだ。危険性は皆無だ、と付け足せば、怯えてなどいない、といった様子をドリラーは見せつけてくる。
「 、 …? …。」
聞き慣れない生体音によりドリラーは無様にも慌てる様を見せた。ドリラーを落ち着かせるために触手を撫でながら、人間の様子を視認すべく、ケース取り出した。
「 … ! 、… ?!」
ふむ。またなにか主張したようだが、何を表そうとしているかさっぱりだ。人語プログラムをインストールしなくてはならない。先の帰還中にできたはずではあるが、この生物のせいで運転を疎かにするわけにも行かなかった。故に今から実行する。
人間の無駄に多い言語をインストールをしながら、人間の巣の設置場へと足を向ける。
巣は、一角の収納庫を改造した仮眠室に設置することにした。あの仮眠室は私以外誰も使っていないからだ。
踏み潰したら跡形もなく消えるであろう巣を設置完了。餌は貯蔵庫に入れておけば勝手に食べるのか。餌を全て貯蔵庫に入れ込んだ。人間サイズであるめ、開閉に無駄なエネルギーを使ってしまう。
「わあ…お部屋?」
それは、聞き慣れない音だった。
ノイズがない。が、クリアとも言えはしない。どことなく、透き通っているような音声。遠くまでは聴こえはしない、小さな主張。しかし近くにいればはっきりと聴覚センサーに残る意思。
「そうだ。お前の部屋だ。…エルヴィーナ」
人語プログラム習得完了。聴き取ることは可能。話すことは可能か確認をする。
「……、…。…?」
目をパチリと瞬かせたエルヴィーナは周囲を見渡して、私を見た。そして、自身に己の右指を指し、またも目の開閉を繰り返す。その動作は、エルヴィーナは自分のことなのかと私に問い出しているようだった。
「そうだ。お前だ。エルヴィーナ」
「…、…あ、あの……エルヴィーナは、えと、うん。わたしの名前でいいんだよねっで、ですよね!」
人間は確定事象を一々疑うらしい。ひとりでに再認識をしたエルヴィーナはまさにその事象を再現させた。
「……あ、あなたは?」
あなたは。エルヴィーナの差した対象は私だ。その言葉の先に何が続くのだろうか。
「な、名前です。あなたの名前。わたしはエルヴィーナ、です。…お、教えて、くれませんか!」
「ショックウェーブ」
「しょっしょっくうえーぶ、さん! ショックウェーブさんですね! はい!」
「ショックウェーブでいい」
「…、へ!? あっそれは、つまり呼び捨てでいい、と?」
「そうだ。呼び捨てでいい。…その珍妙な敬語らしい言葉遣いは癖なのか」
「珍妙!? く、癖じゃあないと思います。その、なんだろ。なんだろう…ええと、だって、ショックウェーブさ、っショックウェーブは私のご主人様なんですよね…ですよね? 私ペットの経験は薄くて…どう、すればいいのかわからなくて、っです」
「今まで通りでいい」
「………? …? 今まで、通り? ……それは、…自然体、でいろということになり…ますかね?」
「そうなるな。……あの店ではどのように過ごしていた?」
「あのみせ、……ああ! えーと、起きてーご飯食べたら……、……何してたかな、…何もしてなかった、かな? あっ何もしてなかった、です!!はい!!」
「敬語は使わなくていい」
「えっえっ…えっ!? いいんですか!? あっ! い、いいのです!? っあれ!? “です”!? 」
これは、中々面白い。
一を聞いて十を知る。とはまったく違う言葉だが、一つ問えば十以上に返ってくる。礼儀よくあろうとおかしな努力をしているような彼女に畏まらなくても良いと言えば、砕けかけた態度はまたも正しくあろうとする。
角という概念がない球面体が、コロコロと延々に転がり続けるように、ひとりでに反応を示すエルヴィーナは見ていて飽きがない。むしろ興味ばかりが増えていく。
この人間は、非常に愉快だ。
私を良い気分にする。このような状態は、久しい。
エルヴィーナの手が宙を舞に舞った話をまとめると、エルヴィーナはペットとしての日が浅いらしい。
幼体からペットとして育成させるのが基本の中、成体からペットとして育成を開始された。さらに、他星から輸入された外来種の個体だという。彼女を購入した店主は何か言っていたかと記録を呼び起こす。彼女に関連するであろうモノを全て出し、一つ一つを確認する。
『人間は非合法である。故に廃品である。しかし、私は廃品を修理したために人間は合法である。』
『黒髪で顔の堀が浅い人間はワに固執する』
『私は人間の主人である。従者である人間の所有権は私にある』
『この子は違法的な形で他星から密輸入された人間です。いわゆるジャンク品に相当しますが、どうか、可愛がってあげてください』
これだ。小さく、小さく。見つからないようにと言わんばかりに記された文章。あの店主から入手したデータと信号が一致するあたり、店主からの言葉であろう。なぜこうも、絶叫が得意なあのオートボットでも使わないと気づかない暗号にしたのか。謎である。
人間は、世界らの狩人からすればイイカモである。逃げ足が遅く、攻撃性もない。少なからず労働源にはなるし、そして時には愛玩動物にもなる。さらに星を汚す害虫である故に、捕まえれば賞金が待っている。資産に目がくらんだ者が、人間を非正規な手で捕まえてでも…と駆り出すほどに割にあっているのだ。人間からすればたまったものではないのであろう。
ふむ、エルヴィーナは違法的存在である。か。
「元の星に帰りたいか?」
「へ? …元の、星……? …んう? 実家に帰りたいか、です?」
あっま、またですって付けちゃった…! と零したエルヴィーナに動揺はなかった。素直に、疑問である。と、いった眼をしている。
私は続けて質問を投げかける。
「そうだ。お前にも親は居ただろう。家族の元へ帰りたいと思わないのか?」
エルヴィーナの表情の動きを一フレームも逃すことなく記録しつつ、私はそれが可能である。と、付け足した。先と変わらず、私の問いを理解しきれないような様子を見せたエルヴィーナは右手を顔に添え、目線を落とし考え込む姿勢をとった。
時折、眉毛が動く。眉間にシワがよる。まつ毛は瞳を隠し、何を考えているか読み取れなくなってしまった。
「……それは、結論は多分、私が帰りたいか、帰りたくないか、です、じゃなかった、だよね……だ、だよねですよね?」
少しの沈黙だった。此方の意図を組み込むような自論を持ちかけるエルヴィーナは、面白い。
「ああ、正しい」
「なら……うん。帰りたくない。を、私は選びまっ選ぶ、かな」
「…………ほおう」
顔を上げ、私のアイセンサーを真っ直ぐに捉えたエルヴィーナの瞳に曇りはなかった。みずみずしい白灰は薄く赤に染まらんと反射していた。これは、これは。実に賞賛に値する美しさであろう。
「確かに、私には親がいたし家族もいたんでっいたんだけども、帰る…ほ、星? もあるんだけども、……んー…。別に、いいかなあって……思っちゃう、なあ〜…。…あっ!?! お父さんやお母さんのことは嫌いじゃあないよ!? 好きな方!! お家だって住み心地はいいし! あーーあと! お魚は……美味しくないけど………美味しいものもあったから星も好きだよ!?」
エルヴィーナの瞳に見惚れていた私に彼女は言葉を続ける。家族や星と別れても、構わない。たとえそれらに情があったとしても。
「それは何故だ?」
「なぜ、ううん……なんでだろう……。…………」
再び、エルヴィーナは考える素振りを見せた。そして、良くしてもらったからかなあ、と小さくぼやく。
「良くしてもらったとは、どう言う意味だ?」
「えっあっえーと、あの人。うぁっ正確には人じゃあないんだけども、……えー、ショックウェーブが私を買ったところのー……店長さん、なのかな? あの人に良くしてもらったの。そのー、ご飯とか、寝るところをくれて。乱暴なことはしなかったし。うん。むしろ助けられたのかな」
ああそうか。エルヴィーナを刈った者は別にいるのか。…ふむ。あの店主がエルヴィーナを助けたということはその者は処罰を与えらえている筈だろう。…残念だ。いや、死んでいなければ対面はできるだろう。考えておくか。罪人はいい材料になる。
「敵意がないからどう扱われようが構わない、という解析をした」
「あっそうかも、そうかも! 納得! 付け加えて、生きてるからいいかなあって感じ!」
人間は実に単純である。しかしその単純さは時に執念をみせてくる。つまり、
「では、私がお前を殺すとしたら?」
「へ? うわあつ!?」
右腕をエルヴィーナの顔につくか、付かないかといった距離に近づける。エネルギーを送ると銃口は熱を帯び、その熱にエルヴィーナは反応した。逃れようにも後ろにスペースはなく、泣く泣く熱を受け取る形になってしまう。人間は熱に弱い。火傷という状態にならないように調整はした。これで参ってしまっては困るからだ。
「えっ…えー……ショックウェーブは私を殺しちゃうの…? …ええー……?」
「………」
これは予想外だ。生に執着しているであろうエルヴィーナからは困惑しか見られない。
見当違いだったか? この私がそのようなエラーを起こすのか? わからない。
エルヴィーナは今、存亡の機を迎えている。それなのに彼女は何もその状況を写していない。理解不足なのか、思考放棄なのか。生命の価値観が違うのか。彼女は今何を思考しているのか。
「今、何を思考しているものを全て吐き出せ」
「うぇっ思考しているもの!? もの?! 全部?! えーとっまず! あつい!! あついですとても! すごくあついからもうちょっと離れてほしいかなって!!」
「続けろ」
「あっはい! がっかり、そう今とてもがっかりしてます! 落ち込んでます! せめて最後の晩餐くらい食べたかったなって! あーーあとお部屋入りたかったかなーー!! 入りたかったなーーー!」
こいつ、なんなんだこいつ。なんだ。間抜けにも程がある。
呆気にとられることはまさにこのことであろう。私はきっと情けない阿呆面をしているに違いない。人間はバカなのか。エルヴィーナが特別にバカなのか。死を直面にすると、大概の生物はおかしな行動を取る。死を恐れ、生に縋ろうと。滑稽にもがき狂う。
エルヴィーナからは何も本当に収穫がない。ないのだ。何も。
「死を前にした感想はそれだけか」
銃口を向けるのは辞め、光線の変わりに冷気をエルヴィーナに浴びせた。ほあああ冷たい?!、と奇声を発するエルヴィーナは私の口を歪ませる。けたたましいが、不快ではない。むしろ面白い。
「い、いやあ……なんか、大して面白いこと言えなくてごめんなさいって感じデス…さ、さむいのでもう勘弁を……」
冷気を止め、右手を下ろした。
「大喜利をしろとは言っていない」
「うそお…こっちにも大喜利あるんだ…。…あっ感想はですね、ショックウェーブはお金持ちなんだなあって思った」
人間って高いのに買ってわざわざ殺すだなんて、お金持ちの道楽みたいだねー。と、他人事のようにヘラヘラと笑うエルヴィーナは根本的に人類とズレているのだろう。生への執着をあれど、死への関心はない。と言ったところか。
「そこまで金は持っていない」
「……け、謙遜? …はっ!? 壁に穴が開いていたし貧乏!? 貧乏なの!? 大丈夫生きていけてる!? 私買って大丈夫だった!?」
「あれはドリラーが開通させただけだ。貧乏ではない。生きていけている。でなければお前を買わない」
無駄な買い物だったが。予定にない支出だったが。仕事が最近少ないために収入はまあ少し、ほんのちょっぴり減ったが。
「よ、よかった…」
じゃあ私の明日のご飯も無事なんだ…、と漏らすエルヴィーナは、決して不要なものではないのだろう。現に私に多大な影響を与えている。ああ、正解だ。
いい買い物をした。
「お前を穫って正しかった」
いつぶりだろうか。これらが、これからが、楽しみで仕方がない。
ああ愉快だ。
「歓迎しよう、エルヴィーナ。今日から共にする日々に苦労はないと約束しよう」
「はっはい!こ、こちらこそよろしくです! ありがとうございます!!?」
まずはドリラーとエルヴィーナを会わせて互いを慣れさせよう。あとエルヴィーナ自体に巣の機能確認をさせなければ。メガトロン様にペットを飼ったという報告はいるだろうか。
ああ、心が踊る。
実に、愉快だ。
短くも続く 良き日の始まり
(………ふっ)
(あっ!?)
(どうした)
(お腹が空いたなあって!!(わ、笑った、ショックウェーブが! ふっ、て笑うんだー!))