その香りに/国見【番外編】

「ねえ、久しぶりに缶蹴りやってみない?」

唐突にそう言い出した及川が、空っぽになった
空き缶を掲げて、周りはまた始まったと呆れた
反応を見せるのは、ほぼ貸切状態になった練習
終わりの日曜の練習終わりのこと。

「は?もう、さんざん走ったし身体はしっかり
動かしただろ。」

「このメンバーでやったらどうなんのか気に
なったんだよ!久々に楽しそうじゃん。」

「小学生かよ。」

空はすっかり夕日が射し込んで、主将の提案に
一番に答えたのは、げんなりとした顔の花巻で
それにも構わず及川はもう一度、やらない?と
彼らに聞き直した。

「多分コイツ、YESと言うまで聞かないな。」

「もちろん、金田一は及川さんの提案に乗って
くれるよね?」

「えっ、あ…その。」

「金田一、嫌って時はハッキリ言ってもいいん
だぞ?」

3年生は誰もそれに乗らないでいると、及川と
目が合ってしまった金田一が声を掛けられ、
その返事をNOとは言い出せず、目を泳がせて
いるとそれに助け船を出した松川は、彼の肩を
ポンと叩く。

『徹は空き缶を持って賑やかにどうしたの?』

そこに大まかな仕事を済ませた名前が現れて、
及川は彼女も巻き込もうと考えたのか、爽やか
さには似合わない、裏では企む笑みを向けて、
彼女が乗ってしまう魔法の言葉を使った。

『名前、アイス掛けてみない?』

上機嫌で1人、鼻歌を口ずさみながら空き缶を
セットする及川は、満足そうに缶の周りに円を
描き、腕を組んで参加したメンバーを観察を
する。

「何で、俺まで。」

練習で体力を削ったのにと心の中で悪態を付く
後輩の国見は、そのゲームから逃げ出すタイミ
ングを見失って、腕を組み缶蹴りメンバーに
参加する羽目になってしまっていた。

『英、アイスだって!』

隠れ切れたらアイスをゲットといったルールが
加わり、隣で楽しそうに目を輝かせた名前を
見てしまったら、帰りますとは彼の口から言え
なくて、その目に弱い彼は「息抜きに楽しそう
ですね」と答えてしまった。

結局、参加するメンバーはいつもの決まった
レギュラーメンバーとなり、オニとなる人物は
じゃんけんは無し、満場一致で言い出しっぺの
及川となる。

「じゃあ、最初に缶を蹴るのは?」

「そこは、エースの岩泉さんで。」

「おう、任せろ。」

「岩ちゃん、お手柔らかにって…早速ですか!」

カコォォン!と岩泉によって容赦なく蹴り飛ば
された空き缶は小さくなり、その合図で一斉に
周りは散らばり、及川の嘆く声だけが響く。

「ナイス、岩泉!!!」

最初は嫌々だった花巻や松川もいざ勝負すると
負けてたまるかという感情は湧き、岩泉の蹴り
上げた力を褒めて、隠れる時間がしっかり取れ
る事を喜んだ。

『えー、何処に隠れるのが正解?』

名前もまたそれに素早く移動して、及川の走る
スピードや洞察力を考えて、身を潜めた。

「矢巾、みっけ!」

案の定、及川に見つかった人物の名はすぐに
呼ばれていき、その声の大きさで数名が既に
捕まっていることを名前は把握した。

「あれー、意外と皆チョロかったりする?」

「…と見せかけて、隙あり!」

「待って、まっつんも本気じゃん!!!」

かくれんぼとは違い、缶を蹴られてしまえば
振り出しに戻ってしまうのが、缶蹴りの面白い
ところで、オニには辛いところ。

何人か捕まるのを見て、名前も助け出そうと間
を読んでいたら、それよりも一足先に松川が缶
を高く蹴り上げて、岩泉の時に負けない距離で
缶は遠くへと離れていく。

「だから、飛ばし過ぎだっての!」

及川が再び遠くへ飛んで行った缶を追いかけて
いる間、本心はあまりやる気の無い国見は早い
段階で及川に見つかり、次も一応身を隠す場所
を探すが、気怠い気持ちの方が強かった。

早く終わらせたいが、このまま次も及川に見つ
かりやすい場所にいれば、逆に矢巾や金田一に
怒られてしまう可能性もあって、それもまた
面倒臭い。

『英、こっち!』

国見はある意味戦略を練って頭を悩ませ、いか
に楽が出来るか走りながら考えていると、突然
自分を招く声が聞こえる。

そして彼はその声の方向から腕を引かれ、自然
と彼はそれに合わせて身体は動いていた。

「名前さん?」

『早くしないと、徹に見つかっちゃうよ!』

誰よりも楽しそうに笑っている名前も負けず
嫌いの性格からか、決して捕まってなるものか
と意気込んで、すぐにまた見つかりそうな国見
をエスコートすると、身を潜めるスペースを
見つけ、そこに2人は隠れた。

子供みたいに無邪気に笑うが、身を潜める時は
妙に真剣で、コロコロと表情が変わっていく
彼女を隣で見ると、国見もそこだけは面白く
感じて、クスッと笑みが溢れてしまう。

『…私、そんなに変かな?』

「いや、名前さんが楽しそうだから何より
です。」

声が目立たないように、ひそひそとそう尋ねた
名前に国見はそう言葉を返して、狭い空間で
身を隠す2人は密着状態。

何とかして小さくなろうと、名前は国見に身を
寄せるので、必然的に触れてしまう彼女の柔ら
かい部分に、羞恥から変な汗が流れていた。

「名前さん、あの…距離が。」

『シッ!足音がするから見つかっちゃう。』

いや、美味しいから別にいいですけど。

国見が距離に注意しようとすれば、隠れる事に
必死な名前に遮られ、そんな本心は飲みこむ
彼は、視線に困るのか空を見上げた。

彼女とのその距離に胸が高鳴る反面、自分が男
だと認識されていないのか、彼女からは恥ずか
しがる素振りは全く見えなくて、自分の胸の
鼓動が聞こえてしまうのではと不安にもなる。

どうせなら、練習前の方が良かったのにと隣
から漂う名前の甘い香りに惹かれる国見は自分
の汗の臭いを気にして同時に後悔もしていると
足音はしばらくすると遠くなっていき、ホッと
胸を撫で下ろす彼女は国見に微笑んでいた。

『よかった、見つからなかったね。』

「誰かが見つかった声がも聞こえないし、もう
しばらくここで大人しくしてましょうか。」

『うん、そうしよっか。』

一旦キョロキョロと辺りを見回し、再び国見と
しゃがみ込んだ名前は彼の提案に頷いて、一先
ずこのまま時間を稼ごうと、大人しくその場で
待機する。

未だに密着する2人のその距離は0センチ。
最初はその距離に恥ずかしさの方が勝っていた
はずの彼も段々と居心地の良さの方を感じ始め
及川にはまだ見つからないと確信した名前は
少しだけ気を緩めていた。

『先輩達の遊びに付き合ってくれるから、
これだとどっちが大人か分からないね。』

そして段々と冷静になってきたのか、ふと今の
自分の現状に笑って、何だかんだそれに乗って
くれる国見にも申し訳ないと思うのか、いつも
ありがとねとそこでお礼を言って、彼女らしい
言葉に国見も目を細める。

「これも悪くないなって思ってきてるから、
俺は全然大丈夫です。」

それは、普段滅多に楽しめない2人の空間。
大好きな先輩が隣にいて、妙な息苦しさは至福
の証拠だと実感する彼は、正直な気持ちを名前
に伝えて、もう少しこの時間を堪能したいとも
願ってしまう。

このまま、静かに、2人で…。

心地よい風が吹き、再びふんわりと漂ってきた
名前のその香りに気持ちが癒される。

『英って、いい匂いするよね。』

「…は?」

首元にすんすんと近寄っていた鼻と思わぬ発言
に、国見の思考は一旦停止して、その真近に
見えた大きな瞳に、驚きの声が漏れて出た。

『さっきから、落ち着くなーって。』

確かに、国見もさっき彼女に対して同じ感想は
頭に浮かんだけれど、今の自分は身体を動かし
ているから、あまりその言葉は相応しくない。

それにも関わらず、にっこりと笑顔を見せる
名前からは予想もつかない意見が飛び出して、
自分の好きな香りだとまで嬉しい事まで言われ
てしまった。

その事実から、国見の顔はかあっと熱くなり、
思わず彼女に嗅がれてしまった首元を押さえて
立ち上がる。

「名前さん、それはズルいって!」

何なら、その言葉をそっくりそのまま彼女には
返したい。

そんな心の叫びは届けずに、羞恥に耐え切れ
なくなった国見の嘆く声だけが響いてしまう。

「あー、しまった…馬鹿か俺は。」

頭を抱えて、国見が自分の失態に気がつくのも
遅く、名前があたふたとする中、及川に自分の
声で見付かってしまった。

「国見ちゃん、何やってんの?…て、名前も?」

少しばかり、楽しいと思っていたその遊びは
儚くも終わりを迎えてしまう。
目が笑っていない及川と目が合って、国見は
このゲームに参加したことをやはり後悔した。

「美味しさを知った分、やっぱり辛いな。」




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