勇者K/孤爪【番外編】
『これは結構大変そうかも。』
それは1年生が入る前のバレーボール部の春。
目を瞑ってきた部室の掃除をしようと決意した
名前はその空間に一人、その部屋と睨めっこを
してそう呟いた。
このままの状態だと新しくこちらに来る新入生
がガッカリするかもしれないと、着替えながら
ふと考えた彼女は掃除道具を持ち出して、まず
何からするべきかじっくりと考え込む。
「あれ、名前は?」
「部室掃除したいから後から来るって言われた
んスけど。手伝おうとしたら練習するように
言われました。」
「ゲッ、まじか。」
「夜久は見られちゃマズイもんでもあるの?」
「そういうわけじゃなくて、散らかしてないか
気になっただけだよ!」
「大丈夫、名前は気にしないと思う。」
「そういう黒尾の方こそ、この前段ボール箱
に何か詰めて置いてなかったか?」
「…やべえ、しまった。」
「お前こそ、部室に何てもん置いてんだよ!」
一方その頃、体育館では抜き打ち状態の部室の
掃除に部員の中ではそんな会話が繰り広げられ
海が黒尾の思い出すようにそう話せば、黒尾は
彼女に見られるとマズイ物でもあるのか、さあっと表情が青冷める。
秘蔵が…、コレクションが…とぶつぶつと呟く
主将の背中は普段の堂々としたものとは違って
丸く、それは軽蔑した目を送る幼馴染みを想像
したからだった。
「名前はプライバシー守るから開けないって。」
「うん、大丈夫だと思いたい。」
そんな黒尾の姿を見るのが耐えれない孤爪は
名前が練習が捗る為に一人で作業を行ってくれ
ているというのに、それを台無しにするのは
申し訳無いと考えるのか、黒尾の肩をポンと
叩くと、そう言って彼を説得する。
「取り乱す黒尾さんを見るのって、初めてかも
しれない。」
「つーか、置いてる方が悪いだろ。いっそ
見つかって引かれろ。」
驚く後輩、辛辣な言葉を掛けている同級生は
そう言いながらネットを張り終えてストレッチ
を始め、彼らもまた練習を始める。
「研磨に練習呼び掛けられるとは。」
いつもと立場が逆転したこの状況を海は新鮮だ
と笑い、孤爪は深く一息を吐く。
彼女が来てから時折頼もしい一面を見せる後輩
を海は暖かく見守っていた。
『わー、しまった!』
脚立を使っても上手く支えられなかったその箱
に、手の長さがもう少しあればと嘆く彼女は、
残念ながら荷物を崩した事を後悔した。
備品を壊してしまったのでは?と罰が悪そうに
恐る恐る除くと、自分には不慣れなその中身に
彼女は一気に赤面する。
『ちょっと先輩達は、何てものを置き土産に
してるんですか!?』
それを幼馴染みの私物だと分かっていない彼女
は、目をギュッと閉じると手探りで慌てた様子
でも元ある場所へと戻した。
『どうしよう、クロに相談しなきゃな。』
とりあえずマル秘と書かれたその箱は後で処分
だと端へ置くと、名前は荷物の置かれていた
その棚の埃を払い、丁寧に拭き上げていった。
そして物が少しずつ減っていくと、どうもそれ
はタイミング良く彼女の前に何故か現れる。
よりにもよって、一人でいる時に限って。
『え、ちょっと待って…キミが出るなんて
聞いてないよ!?』
カサカサとこちらに向かって走り出したその虫
の登場に、彼女は恐怖からかそう嘆く後は声を
発せずにいたのか、反対側の壁に手後ずさりを
して、動けずにいる。
『え、嘘でしょ?』
そして不幸なことにも、それが去ったら作業を
続行しようとしていたのに、彼女が怯えるそれ
は、彼女が今戻りたいポジションで動きを止め
てしまったのだ。
「…何か、嫌な予感がする。」
練習からしばらく経ち、何となくその勘をピン
と働かせたのは孤爪だった。
ボールを手に持ってそう呟く孤爪は、ふと頭に
名前の不運が過ぎったのか、部室の方向に視線
を向け、彼の動作に気がついた黒尾は彼に声を
掛けた。
「こういう時のお前の勘は当たるから、様子
でも見に行くか?」
こくりと頷いた孤爪と黒尾は部室へ向かい、
殺虫剤といった便利な道具は残念ながらこの部
には無かった為、黒尾は片手に新聞紙を持つ。
「名前、入るよ?」
『研磨、クロ、助けてー。』
ゆっくりと扉を開けると、案の定弱々しい声で
助けを求める名前はペタリと座り込んでいて、
少し泣きそうになっていた。
彼女のその様子から、予想は的中なのかと一息
吐いて、彼女に大丈夫?と尋ねれば、彼女は
勢い良く首を振ってそれを否定していた。
「ヤツは何処にいるの?」
『あそこの棚にまだ…。』
彼女の指差す方向に視線を向けて、孤爪も恐る
恐るその虫の様子を伺う。
彼がその動作を躊躇うのは、普段それを行う役
は黒尾だからだ。
「クロ、やっぱりあそこにいるって。」
「お…おう。」
孤爪の後ろにいる黒尾は、普段だと率先して
手に持つ新聞紙で仕留めるはずなのに、今日は
何故か動きが鈍く、孤爪がそれを不思議に思う
と、黒尾の視界に彼が今一番見られたくない箱
が置かれてあった。
その箱を見られてしまったと知る黒尾は、その
ショックで動けずにいるのか、顔色も悪い。
仕方無しに孤爪は、黒尾の手に持つ新聞紙を
代わりに手に持ち、ゆっくりと棚へ近づいた。
「しょうがない、あとの処理はクロがして。」
『研磨?』
「名前も大丈夫だから、そこにいて。」
部室ダンジョンに野生のGが現れた。
背後の仲間の主将Kは、入口の魔法の箱のせい
で混乱中、自分の仲間のマネージャーはGの
威嚇により金縛り。
以前家でプレイしたゲーム音が頭の中に流れる
孤爪は、そんなストーリーも一緒に組み立てて
平常心を保とうとする。
こういうのは、むやみやたらに叩かずに相手の
タイミングを見てリズム良く叩き上げるだけ。
この前のボスよりはグロテスクじゃないし。
孤爪は自分にそう言い聞かせて、逃げ出さない
ように様子を見計らって、カサリとその敵が
動く瞬間に新聞紙を振り上げると、彼の普段の
成果のお陰か、見事にそれは仕留められた。
「うん、ミッションクリア。」
すっかりと動かないそれを確認したら、勝利の
音楽が再び頭の中で流れ、何となくそれと共に
自分の経験値が上がったような気もした。
『研磨すごい!助けてくれてありがとう。
カッコよかったよ!!!』
「そんな、褒め過ぎだから。」
背後から、ヒロインみたいな褒め言葉を送る
幼馴染みの声は胸を擽ったくさせ、目を細めて
「名前が無事なら」と勇者の様なセリフ
を吐く自分にクスッと笑いたくなる。
『先輩の忘れ物を動かしたら出てきちゃって、
ビックリしたよ。』
「古い部屋だから、どうしても出ちゃうよね。
気がつくのが遅くてゴメンね。」
『ううん、結果研磨達が来てくれたから
助かったよ?ありがとう。』
「先輩…、ああ、そうだよな…先輩。」
孤爪と名前の会話を耳にしてやっと動き出した
黒尾は、自分のものだと気が付かれていない事
に胸を撫で下ろし、さっさとそれを処分すると
孤爪に労いの言葉を送る。
「いやー、俺だと勢い付け過ぎて備品壊すかも
知んねえって思ったから助かったわ。ありがと
な、研磨。」
「帰りにプリン奢ってくれたらチャラにした
げる。」
「ぐっ…、仕方ねえ。」
ジロリと孤爪に冷たい視線を送られ、今は何も
言い返せない黒尾はそれを素直に承諾をして、
孤爪は黒尾にだけ勝ち誇った表情を見せた。
「よし、このままチャチャっと掃除したら練習
に戻るか。」
「そうだね、名前立てる?」
『お恥ずかしいのですが、腰が抜けてます。』
「名前一番アレが苦手だもんね。」
残りは皆でやろうと孤爪が他のメンバーにも声
を掛けようとすれば、孤爪達の様子が残りの
仲間達も気になっていたのか、ぞろぞろと部室
に顔を出し、名前を心配して夜久は声を掛けて
いた。
「名前大丈夫か?」
『それが虫に驚いちゃって!情けない姿を見せ
てごめんね。』
「謝るなって。…つーか名前が掃除してくれた
所はめっちゃ綺麗になってる!」
「でしょ?あと少しなんだよ。もう残りは俺達
ですぐに終わらせるぞ。」
黒尾の呼び掛けに夜久と福永も頷き、皆で残り
の作業に取り掛かると、入り口に置いた箱を
不注意で蹴ってしまった山本は慌てて黒尾に
詫びを入れた。
「すんません、黒尾さんの大切にしていた
コレクションが!」
「馬鹿…、お前!」
『コレクション?…これってクロのだったの?
てっきり、卒業した先輩達のものかと。』
「…俺、なんかマズい事言いましたかね?」
「いや、グッジョブ山本。」
きょとんとした顔で箱を見つめる名前は、次に
気まずそうに目を泳がせる黒尾を見て、自分に
嘘をついていた彼に口を尖らせる。
「とりあえず、これには訳が…。」
「やっぱり、言い訳はさせない。」
言い訳を吐こうとした黒尾を遮って、まだ少し
勇者の気分が残る孤爪は、軽々と彼女を姫抱き
スタイルで担いで黒尾が遠ざけると、周りも
いつもと違う彼に騒然として、その状況に彼女
も戸惑う。
「名前は軽いから、これくらい平気だってば。」
たまにはこんな日があってもいい、そう考えた
孤爪は、また一つ自分へのミッションを追加
した。
「名前、変態はほっとこうか。」
「その言い方は傷付くわ!健全な男子の必需品
だろ!」
『持つのは良いとして、嘘はダメ!』