夢でもいい/宮治【番外編】

ぱっと目を開いたその景色は、見慣れた教室と
角名の背中だった。

「はっ!?なんでこんな所に!?」

「ちょっと、いきなり大きな声出さないで。」

片手には何故かおにぎりを持っていて、教科書
を立ててそれを隠している状態。
そんな現状に驚いて声を上げると、先生に目を
付けられてしまうと角名に怒られてしまった。

彼らの座る席は程よい光が差し込む窓際で、
当たりを見渡せば他に変わった様子など無く、
治はとりあえず手に持つそれをペロッと手早く
平らげると、子守唄にも聞こえるその音を耳に
しながら、外の景色を見下ろす。

どうやら体育の授業を行っているクラスがある
らしく、すぐに治は可愛い後輩の姿を確認した
のか目尻を下げ、頑張るその姿を温かく見守っ
ていた。

「やっぱり、真面目にやっとるなあ。」

名前のいるクラスは100メートル走をしている
らしく、ちょうど走り出した彼女が予想通りの
綺麗なフォームで駆け抜ける姿を眺めて、治は
それに見蕩れる。

先輩からの熱い視線は彼女に届いていたのか、
ぱっちり名前と治目が合って、名前は治が
自分を見守っていた事に気が付いた。

『あ、治さんや!』

ふんわりと笑って、嬉しそうにひらひらと手を
振る名前に治も小さくてを振り返し、可愛い
仕草に堪らなくなった彼は、1人顔を伏せて
悶絶する。

「宮、楽しそうやな?」

「あ。」

その動作が教師にまんまと見つかってしまった
彼は、ピッと背筋を伸ばすと、何事も無かった
素振りを見せてノートを取り始める。

「いや、無理があるでしょ。」

前から角名のそんな呆れた声も聞こえて来たが
彼は見事に次の質問を当てられてしまい、そこ
でときめく時間は終わりを迎えてしまった。

「角名、お前今日めっちゃ大人しいやん。
一番に名前見つけて騒がしいのに。」

授業が終わり、治がまず不思議に思ったのは
角名の冷静なリアクションだった。
いつもなら自分よりも先に名前を見つけ、彼女
に手を振る勇気は無くでも、窓をじっとりと
凝視するはずなのに。

「は?人の彼女見て喜ぶ趣味なんて持ち合わせ
てないけど。」

「人の彼女?名前に彼氏なんていつの間に!?」

「何寝惚けたこと言ってんの…。彼氏は自分
じゃん?」

角名の口にした信じられない言葉に、治は目を
丸くさせ、治の反応にまたため息を吐く角名は
「公認の癖に。」と補足を入れる。

角名が嫉妬する様子を全く見せないでそう言い
出すので、自体を読み込めない治はその言葉に
固まっていると次の授業が始まってしまい、
角名に詳しく聞けないままに昼休憩を迎えた。

「彼女?公認?…あかん、全く記憶に無い。」

終わりのチャイムが鳴るのと同時に弁当に手を
付ける治は、彼女に告白した記憶、された記憶
を辿ってみるがそんな大切な場面は思い出せ
ない。

寧ろ、彼女に自分の気持ちを告げようとした時
には侑の邪魔が入ったり、タイミング悪く北と
鉢合わせてしまったりと、残念な過去ばかり。

「治、彼女が呼んでる!」

虚しい思い出を振り返ってしまい、視線と眉間
に皺が寄せていると、クラスメイトの呼び声と
共にひょっこりと控えめに廊下から名前が顔
を覗かせていた。

「名前、どしたんや?!」

『治さんがなかなか来ないから、気になって
会いに来ちゃいました。』

バレー部の連絡事項以外なかなか顔を出さない
彼女が、今はそう言って自分を待っていると
嬉しい事を言い出すので、治はぱちぱちと何度
も瞬きをして、冷静さを保とうとする。

「名前と約束しとったんかな?」

『お昼はいつも一緒やないですか。』

「そうやったな!!!」

最初はそうやったっけ…?と尋ねそうになる治
だが、名前の抱えている小さな弁当を見下ろす
と、都合良く考えるその男は美味しいお決まり
事をすぐに肯定をして、そそくさともう1つある
弁当を手に持つと、彼女の手を引いて教室を後
にする。

こんな夢みたいな事…。この際夢だろうが関係
ない!

治の脳内は咄嗟にそう判断をして、 人の少ない
穴場の教室へと足を運んで、幸せそうにお弁当
を口にする名前と一緒だと食が進むと、彼は
その時間を堪能した。

「ほんま、名前は美味しそうに食べるな。」

『治さんには、負ける気がしますけどね。』

のほほんと笑い合って、ぴっとりと寄り添い
合って、ずっと前から望んでいたこのやり取り
に治は、「これや…これ!」と至福の時間を噛み
締めて、充分に彼女に癒された後は、ずっと彼
が待ち望んでいた時間が訪れた。

「サム、今日も名前の家寄って帰るんやろ?」

「…お前、どっか頭でも打ったんか?」

練習が終わった部室で、絶対にありえない発言
をする侑に治は驚いて、それを隣で聞いていた
銀島は治のリアクションに驚いていた。

「いや、お前が打ったんか?」

「角名が同じ方向やからて一緒に帰っとった
やん?」

「それを治が全力で止めてたでしょ。」

「どうせ、また向こうで食うてから帰ってくん
ねやろ?遅うなるっておかんに言うとくわ。」

侑からのフォローに治は妙な不気味さすら感じ
ていると、着替え終えていたら名前を待たせた
ら可哀想だとチームメイトにさっさと部室から
追い出されてしまう。

「おい、鞄を投げんな!」

「モタモタしとるお前が悪いわ!」

『ふふっ、先輩達は本当に優しいですね。』

「名前、このノロマは後は頼んだで?」

『侑さん、いつもすいません?お先に失礼
します。』

外で待っていた名前は侑がポイッと治の鞄を治
目掛けてポイッと投げ渡すので、家族の容赦の
ない行動に彼女は笑い出し、格好悪い所を見ら
れた彼は視線を逸らした。

「とりあえず、帰ろうか。」

『はい。』

彼女の口からはお馴染みだと言った様子の笑顔
が返って来て、その表情に自然と彼女の方へと
手を差し伸べたら、ぎゅっと握り締められる。

「ぐっ…!」

これは、彼が憧れていた名前と制服デート。
念願のそのシチュエーションに感極まる治から
は変な声が漏れて、にこにこと微笑んでいる
名前の顔は彼には眩しいのか、まともに目を
合わせれずにいた。

『治さんの手は、やっぱり大きいですね。』

楽しそうに自分の手に触れる名前はそれにもう
慣れているのか、しばらく会話をして歩いても
照れる素振りは見せることなく、寧ろ楽しそう
にしてにぎにぎと治の手に触れていた。

「名前の手が小っちゃいんやて。」

可愛らしい動作に治も目を細め、お返しに彼女
の手を握り締めると、次に恋人繋ぎに切り替え
てみれば、それはまだ恥ずかしいのかほんのり
と名前の頬は赤く染まる。

「これは照れるんやな。」

『何やろ。繋いどる事に変わらんのですけど
…その、密着面積が。』

「名前は指が細いな。」

『そんな、細うないですよ。』

彼女の指先に触れたら、治のその言葉に余計に
羞恥は増すのか、少し泣きそうな顔で見つめる
名前に悪戯心はつい芽生えた。

「名前はほんま可愛いな。」

『また治さんはそうやって…。』

立ち止まったその道は周りに誰もいなかった。
ずっと彼女の指を触り続けていたら、返す言葉
に戸惑う名前は目を泳がせて、見上げるその目
に治は引き寄せられてしまう。

誰もいないその状況が、名前の気持ちも緩ませ
ていた。

キス…してもええかな?

見つめられた名前がゆっくりと目を伏せると、
むくむくとどうしても湧き上がってしまうその感情に、ゆっくりと治は彼女との距離を近づけ
て、その距離はあと数センチとなっていた。

こういうの、ずっと憧れとったな。

脳裏で治はそんな気持ちを抱き、あと少しで
彼女の唇に触れる所で、どこから現れたのか
よく知る声は声を荒らげて、自分の元へと
降ってくる。

「おいくそブタ、いつまで寝とんねん!」

それは、名前の柔らかい唇では無かった。

代わりに降ってきた罵倒の声と勢いがついた
せいで硬さを感じる投げられた枕。

「…何すんねん、お前は!」

枕を放り投げると、息を荒らげる侑が今日は
早く行かなあかんて言うとるやろ!と怒って、
その痛みでこちらが現実なのかと彼は思い知ら
される。

「ホンマにお前はええ所で…。」

「は?どーせ名前のエロい夢でも見たんやろ。
夢でも許せんわ、俺と代われ!」

「…せやな、お前はそう言うヤツや。」

余韻に浸る余裕もなく、もう一度情けのない侑
に枕を投げられ、癒しを返せ!と怒り出す治が
侑の服を掴み始めて、取っ組み合いの開始。

「角名、名前って俺の彼女と違うたよな?」

「治は、それは何の冗談?」

その数時間後には、そんな質問をした相手から
鋭い視線が送られて、あの時の時間が恋しいと
思った時、大好きなその笑顔と視線がぶつかり
治の胸の奥はきゅんと締め付けられた。

「サム!!!今日は名前見んな!」

「あー、ほんまうっさいわ。」


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