ヤキモチ/及川【番外編】
「もう、知らない。」
怒り任せに蹴散らされた椅子、その音にも名前
は物怖じせず、負けずに及川に言い返した。
『不満があるなら、ちゃんと言いなよ!』
それ以上は及川も名前に言い返さず、バタンと
部室のドアを勢いよく閉めて出て行くと、後悔
のため息は及川の口から漏れる。
あんな態度を見せたのに、ノコノコと戻れず、
及川はずんずんと大股で前進し、振り返る事
は無く、階段を降りていった。
『…ごめんね、ビックリさせちゃったよね。』
皺を寄せていた眉を今度は下げて、残る仲間に
謝る名前の表情はいつも通りに戻っていた。
「いやこっちは全然大丈夫だけど、苗字がそんな
一面見せるのは、珍しいな。」
「物に当たる及川も珍しかったけど。」
その場に岩泉の姿は無く、ポカンとした顔を
していたのは、松川と花巻。
後輩達は有難いことにその場にはおらず、彼ら
の言い合う瞬間は、2人しか見ていなかった。
それは、名前達が2年生になった時の事。
先輩達が引退をして、及川が主将になると、
そこから部の雰囲気も一気に変わっていった。
そしてまだチーム全体が未完成のまま新人戦を
迎え、周りも同じ環境下の元での試合だった
為、他校にはその違和感に気付かずに決勝まで
上り詰めたが、再びその学校と顔を合わせる
と、実力の違いを思い知らされる。
その苛立ちの中、名前が帰りの準備中に牛島に
引き止められる所を及川が目撃してしまい、
負けた悔しさを見せずに笑顔を返した彼女は、
別の人間にも呼び止められていた。
「名前ちゃん、何でここにゴミ付けてんの?」
『え、嘘?!さっき、急いで袋を開けたりした
からなあ。』
「あはは、名前ちゃんは本当に面白いよねー。」
語尾を伸ばして笑いながら、名前の肩に馴れ
馴れしく触れたのは、白鳥沢のMB天童覚。
天童は及川の存在に気がついているのか、動き
が態とらしく、及川と目が合うとニヤリと嫌な
笑みを向けた。
試合で嫌な攻撃を受けて、ただでさえ苛立つ
のに、天童がベタベタと触れる様子を見たら、
及川は苛立つ一方で、それを牛島が止めて彼女
に好感度を上げるのが尚更気にいらない。
声を荒らげるのを押えていると、振り返った
名前が急いで及川の元に駆け寄り、及川は強引
に名前の手を引き、迎えのバスまで黙って歩き
だした。
『及川、どうしたの急に。』
名前のその余所余所しい呼び方も嫌な及川は
無言を貫き、そのままバスに乗り込むと彼は
平然を取り繕って後輩に指示を出す。
そしてミーティングが終えると再び不機嫌な顔
に戻り、名前は皆が着替え終えたタイミングで
部室にやって来た。
彼女は及川のファンから言付けられていて、
ここに来た時は及川宛の紙袋を片手に持ち、
男女問わずにお人好しの性格が更に及川を
苛立たせたのか、彼はムスッとした顔で、
名前に言葉を発していた。
「名前は、誰にでも優し過ぎるんだってば。」
及川らしくない厳しい口調に、花巻と松川も
目を丸くさせ、花巻が及川に言い方がと注意
する前に名前が口を開いた。
『応援してくれている子の好意を受け取るのは
大切な事でしょ?徹、いつもは女の子達からの
差し入れに喜んでるのに。』
「それは凄く嬉しいし、ちゃんとわかってる。
でも名前はお人好し過ぎ。他校の奴とヘラヘラ
会話しないでよ。」
『ヘラヘラなんかしてないよ。確かに、知人と
少しだけ会話はしたけど。…徹は、何をそんな
に怒ってるの?』
「別に、怒ってないってば。」
『怒ってる。』
「だから、怒ってないって。」
『嘘、すごく機嫌悪い癖に。』
らしくないと言葉を付け足され、誰のせいだ!
と及川は言い返したくなったが、彼女が全て
悪い訳ではない事も分かっている為、返す言葉
を彼は飲み込む。
『今の徹、すっごく感じ悪いよ?』
「何それ。名前だって、もうちょっと言い方が
あるじゃん。」
名前も彼の態度が納得いかないのか、言葉は
厳しめに彼に伝えて、彼が次に発したものは
投げやり気味になり、その場にいるのが嫌に
なって、及川は椅子に当たって外に出た。
『…いけない、徹にムキになりすぎた。』
自分に負けず嫌いの自覚があるのか、松川達に
謝った後で頭を抱え、自分の態度も良くないと
名前は先程の会話を反省する。
「いや、そうやって直ぐに反省するお前が凄い
と思うよ?」
「ま、そんな時もあるって。」
他校とのやり取りを目で確認はしていないが、
なんとなく、及川の妬く理由の想像が付く2人
は、理由を分からず落ち込む彼女を不憫に思い
彼女にフォローを入れる。
そして先程の口論で落ち込むのはもう一人。
後輩からの相談を受けて遅くなった岩泉が、
部室の階段で鉢合わせた及川に「名前に嫌われ
ちゃったかもしれない」と岩泉の顔を見て早々
に弱音をこぼしたので、岩泉はいつもの仏頂面
で、及川に一発喝を入れた。
「あだっ、岩ちゃんは何で殴んのさ!?」
「理由は知らんが、こういう時はだいたい
お前が面倒臭い。」
「容赦ないな!」
岩泉はそのまま着替えに部室へと入っていき、
その日一人で帰った及川は、勿論気分は乗らぬ
まま、真っ直ぐ家に帰るという気持ちにもなれ
なくて、近くのゲームセンターに立ち寄って
から帰ることにした。
「あ、名前の好きな…。」
気分転換になる物をと物色すれば、そこには
彼女の大好きなキャラクターのポーチがUFO
キャッチャーに置かれてあり、及川の足は立ち
止まる。
自分が一方的過ぎなのはよく分かっている。
でも今日は気持ちが抑えられなくて、彼女に
キツく注意をしてしまった。
「こんなのがお詫びになるなんて、微塵も
思って無いけどさ。」
そんな言い訳をしながら、彼は小銭を入れ、
距離と位置を確認し、ボタンを押してごくり
と息を飲む。
「え、嘘。何で!?」
及川のその悲鳴はその場と戻った自室の2回、
思わぬ光景を目にして、響いていた。
いないと思っていた人物が、小さく丸くなって
座り、何とも言えない目で及川をじっと見る。
『おかえり。徹と仲直り…しようと思って。
本当は玄関で待ってたんだけど、徹のお母さん
に会っちゃって。』
及川が自分に怒っていると、彼女は流暢に及川
の母親に伝えていたのだが、構うなと言って
部屋に通され、いつもの様に寛がずに、小さい
三角座り。
「だから、怒って無いんだって。…ごめん、
試合に負けた事に拗ねちゃってました。
あれは名前に、完全に八つ当たりだった。」
『私も試合で徹の気分は落ちていたの分かる
はずなのに、軽率な事してごめん。』
及川も名前に寄って、正座で機嫌の悪かった
理由をきちんと説明をし、彼女も自分にも非が
あると言い出すので、子供っぽい姿を見せたの
は自分の方なのにと、及川は嫉妬深い自分に
情けなくなった。
「自分がまだまだガキなのを思い知らされて、
名前に反省されると胸が痛いな。」
『私だってすぐムキになっちゃうんだから、
まだまだお子ちゃまですよ。花巻達にも明日
お詫びしなくちゃ。』
「あ、お詫びで思い出した!」
及川はある物を用意したのを思い出し、急いで
鞄から先程必死に獲得したポーチを取り出すと
彼女に差し出した。
『可愛い、これどうしたの?!』
「いや、名前好きだったよな〜って思って、
お詫びの印というか、なんと言うか…。」
語尾をもごもごと濁らせて、これだと彼女に物
で許して欲しいと伝えていると感じて、それが
嫌だと途中で気が付くと、及川は気まずそうに
視線を逸らす。
『ありがとう、凄く嬉しい。…それと、
奇遇だね。私も徹に買ってきたんだ。』
こちらも物で釣る気は無かったと罰が悪そうに
彼女は紙袋を差し出して、それは及川の好物の牛乳パン。
「それって、あのお店の!?」
『うん、徹と一緒に食べようと思って。』
「名前はやっぱり、優し過ぎるんだって。」
困った顔で笑う及川に名前は柔らかく微笑み、
彼女も彼にそれを差し出す。
『ここはおあいこって事で。』
「うん、そうしよう。」
喧嘩しても仲直りするスピードは、自分達が
1番だと及川は誰かに自慢したくなるほど、
先程の喧嘩は嘘の様に楽しそうに2人は笑い、
それを並んで仲良く齧る。
「ん、うま!」
『でしょでしょ!』
後から合流した岩泉は、面倒臭そうに顔を顰め
ていたが、名前の笑顔を見たらそれ以上及川を
咎めもせずに、及川の牛乳パンに齧りつく。
「岩ちゃん、それ俺の!」
「お前ら、本当に面倒臭え!」
岩泉の言葉に2人ら揃って笑って誤魔化して、
翌日は、またいつもの様に楽しそうな会話を
しながら登校をし、それを半分羨む気持ちで、
花巻と松川は見届けていた。
「よっ、面倒臭川おはよう。」
「面倒臭川、大人な名前を見習えな?」
「うっさい、分かってるよーだ!」
この先にもっと及川が妬く出来事は待つが、
この時の彼はまだ知らない。
彼は仲のいい自分達を誇らしげな顔で歩き、
隣にいた岩泉から腹が立つと再び一発制裁を
食らうのだった。
「朝からうるせえ。」