これは運命/夜久【番外編】

「なんか、こうビビっと来た感じ。」

教室で着替えながら、夜久が嬉しかった出来事
を熱く語る横で海はニコニコと頷き、黒尾は
あからさまに嫌そうな表情を見せる。

それはまだ彼らが高校一年生の出会って間も
ない頃の出来事で、海のいる5組の教室で、
自分の落し物を拾ってくれたその女子生徒が
タイプだったと語る彼は、目がキラキラと
輝いていた。

『どっかで見た事ある子なんだよな。
…どこだっけ?まあいっか。』

その頃、まだ夜久とは出会ってない名前は友人
に呼ばれ、その頃はまた別のチームを支える為
に奮闘をしていた。

「苗字さん、あの丁寧にお手入れされてた
煌びやかな髪はどこへ行った?」

『うん、軽くしてみた!どうかな?色も黒だと
似合わないから明るめにしてみたけど…。』

「研磨、名前が不良になった。」

「え?!不良?!…って、ちょっと栗色なだけ
じゃん。別に、変じゃないでしょ?」

「あの指通りが、もう味わえない。」

『待って、そんなに落ち込むこと!?
…というか、クロのあの触り方もちょっと。』

「セクハラ地味てたもんね。その色の名前も
すごく似合ってると思うけど。」

『ありがとう、研磨。』

暑いという理由で挑戦したい気持ちも混ざり、
バッサリと切った彼女に出会った黒尾の練習
終わりの時間は、不貞寝に終わった。

落ち込む幼馴染みに慌てるのは名前だけで、
もう1人は放っておこうと黙々とゲームを始め、
それだけでも気分は良くないのに、会話だけで
すぐに分かる、その翌日の夜久の一目惚れ。

「ロング!!!」

「何でそんなにムキになってんだよ。」

名前と黒尾の関係をクラスの同じ海は知って
いて、まだ会ったばかりだから気に停めなくて
もと彼が心の中で思う横で、夜久と黒尾は何故
か好みのタイプの討論を始め出し、きっと今の
彼は聞く耳を持たないだろうと海も諦めた。

『思い出した、夜久君だ!』

海も夜久に言えないままにその話は終わり、
黒尾達が様々な口論を繰り広げながら月日は
流れ、名前と夜久が出会った二度目のその日。

休憩中に廊下ですれ違った時に、彼女が記憶を
辿って思い出せた事を嬉しくしていて、彼女の
名も知らない夜久は、まず自分を知ってくれて
いた事に胸を弾ませた。

「俺の事を知ってるんですか?」

『あ、すみません。驚かせちゃいましたね。』

目を丸くした夜久を見て、彼女は慌てた様子で
自分の口を塞ぎ、相手を驚かせてしまった事を
謝った。

「あ…その!全然嫌とかじゃなくて、こっちも
驚いて。」

『夜久君、バレー部でしたよね?中学の時に
試合を見た事があって、その時レシーブが
凄かったから、覚えてたんです。』

彼女の説明から、同じくバレー経験者だと知る
夜久は、むずむずと喜びから口元が緩みそうに
なるのを我慢して、そうなんだ。と震える声で
返した。

「覚えて貰えてて嬉しいです。えっと…名前。」

『そっか、私ばっかり知ってるのは変ですね!
苗字名前っていいます。』

「その…苗字さんはバレー部なんですか?
すみません、練習中に見かけた事が無くて。」

『いや!私バレー部でもマネージャーで、まだ
雑用ばっかりで洗濯とか裏方の作業ばっかりを
走り回ってて。』

会話がまさかの嬉しい方向へ広がって、彼女が
以外と自分の身近な所にいると知った夜久の
テンションは上がる一方で、これはもう運命
なのでは!?と思い込みそうになる。

「そっか、じゃあまたどっかで会うかもな。」

『絶対にまた会うと思います。あ!そうだ。
これ、良かったらどうぞ。』

仲良くなれた印にと、名前が手に持つ紙袋から
夜久に手渡したのは、可愛いらしく包装された
クッキーで、それはどう見ても手作りにしか
見えない。

まさかの、気になるその子から会ってすぐに
仲良くなってプレゼントを貰うなんて、思って
もみなかった夜久は、目を見開いた。

『もしかして、甘い物はアウトだった?』

「いや、そうじゃなくて!貰っちゃっていいの
かなと。」

『全然、大丈夫!それに実は、友達が凄く
お世話になってるし。』

「友達…?」

『そうそう、友達!試合も友達と夜久君を見て
知って。』

きっと、その言い方だと海の事ではない。
名前の説明を聞いて、夜久の中では自分と試合
をした人間は一人しか思い当たらなくて、彼女
の発した友達というフレーズに目が点になる。

「まさか…その、友達ってのは。」

その答えとなる人物は、彼女が返事をする前に
血相を変えて夜久達の元へとやって来て、彼は
その反応からマジかよ…とショックを受ける。

名前の話題を出した時に、やたら不機嫌な口調
で突っかかってくる黒尾の態度の理由が、夜久
はやっとそこで繋がったのだ。

『あれ、クロどうしたの?』

「どうしたの?じゃねえだろ!バレンタインに
男子にお菓子を渡すヤツがあるかよ!?」

『なっ!クロがいつもお世話になってるから
お礼に渡しただけだよ?』

名前の説明した友人、黒尾鉄朗は歩いている時
に夜久と名前のやり取りを見かけたらしく、
黒尾がその行動を許すはずがなく、彼女の頭を
軽く小突いていた。
そのやり取りが、わかり易く付き合いの長さを
象徴する。

「まさかの、お前かよ〜。」

予想外の人物が現れて落ち込む夜久に、黒尾は
意地悪に笑い、黒尾もあの時の会話を思い出し
て、わざとらしく「ウチのがお世話になります。」
と言葉を返した。

その距離感や黒尾の視線から、黒尾もまた名前
を大切に思っていると知ってしまった夜久は、
余計に負けたくないと言う気持ちがむくむくと湧いて出て、大胆にも彼女の手をぎゅっと握り
締める。

「仲良くしてこうな、名前。」

忘れもしない、彼女に近づけた2月14日。

それから1年、またその日が訪れて、あの時と 同じクッキーを貰ってじーっとそれを夜久は
眺め、当時家に帰って噛み締めたその味を
思い出して、彼はうんうんと頷く。

「やっぱり、名前が作ったヤツが美味い。」

『ありがとう、やっくんはそのクッキー大好き
だね。』

「うん、名前のケーキももちろん好きだけど
これが1番テンション上がるかも。」

「俺、貰うの初めてで勿体なくて食べれないん
ですけど。」

「要らねえなら、貰うけど?」

「要らないとは言ってないじゃないですか!」

あれから後輩も出来て、遠くで一生懸命別の場
で忙しくしていた彼女は、こうして今は自分達
の為に動いてくれていた。

身近になる事で彼女の事を沢山知っていき、
名前の髪は少し伸びていたが、今はそれに関係
無く、彼はひたすら彼女の好きな部分、面白い
部分を見つけ、よりいっそう、大切だという
想いは黒尾に負けず劣らず強かった。

山本が大切そうに見つめるそれに夜久が手を
差し出せば、彼女は困った顔で笑いながら、
また作るからと言って、それを見るとあの時の
記憶が蘇る黒尾は、遠い目をする。

「あの時のクッキー、俺用だったんですよね。」

『クロ、まだ去年のクッキーの事を根に持って
るの!?結局、帰ってから、私の家の余った
クッキーを食べてたじゃん!?』

「その話知ってるからお前に謝る予定ねえし、
同情もしないからな?」

「何なら、名前にあーんさせてたしね?」

「研磨クン、余計な事は言わなくてよろしい。」

「はーん、じゃあ美味しい思いはしてんじゃ
ねえかよ。」

あれからもう一人、彼女をよく知る人物は増え
その時を一緒に振り返っていた孤爪は他人事で
ポツリと一言だけ説明をして、ゲームのボタン
を黙々と押し続けていた。

『去年と違って、作る人数が一気に増えたな。
今年は梟谷分もあったし。』

「は?!お前、アイツらにもやったのか?!」

『雪絵ちゃんがどうしても食べたいって。
そしたら、それを聞いた木兎君からも連絡
あって。』

そして試合や合宿をする中で、厄介な人物は
着々と増えていて、黒尾の溜め息は部室に響き
優しい彼女の性格を嘆く。

この春や5月に、また新たな出会いもあって、
黒尾の悩みの種はまだまだ増えていくのだが、
今はちゃっかり名前に寄り添ってクッキーを
口にする夜久を黒尾は必死に引き剥がすの
だった。

「ほら、もう油断も隙もねえ!」

「ここで食うのが美味いんだろ!」


top