二度目の大きな戦いへ向けて出発となるその日、
緊張感を抱く名前の表情は少し強ばっていた。
「名前ちゃん、面白いくらいに顔がカチコチに
なってるねえ」
「分からない事があるなら、遠慮なく聞いたら
大丈夫だからな?同じコート内にいるわけだし」
『瀬見先輩、ありがとうございます』
インターハイでの大きな会場を思い出してか、
応援席側にいる白布や川西との距離感が遠いのを
心細く思い、ミーティング後の新人マネージャー
は色々と不安を募らせる。
名前を見た天童は面白がって声を掛け、瀬見は
彼女が心配になって身を屈んでフォローを入れ、
自分を見上げる後輩の表情が和らぐと彼も目を
細めた。
「何も焦る必要は無い。普段通りにすればいい
だけだ。」
「そうそう、まずは憧れの先輩に慣れる所から
始めないとだねー」
「ちょっと待て、今少し落ち着いた所だろ!?」
名前達の会話を耳にした牛島は、冷静に自分の
感想を彼女に述べると、その言葉に背筋が伸びる
後輩を面白がる天童は、わざと名前の頭を押さえて
牛島の方へ向けて、戸惑う彼女の反応を楽しむ。
『天童先輩、ちょっと待ってください!』
「あれ、名前ちゃん…ほっぺモチモチだね。」
『もう、何するんですか!』
「ずっと触っていたい感触」
『引っ張らないでください、伸びます!』
「名前ちゃん、お正月休みの間にお餅を食べ過ぎ
たんじゃないの?」
『うっ…、それは…』
痛い所をつかれて泣きそうになる名前を見兼ねた
大平が天童を止め、解放された彼女は逃げ出す
ように白布達の元へ向かい、先輩に揶揄われて
疲れ果てた彼女の肩を静かに叩いた。
『うう…、牛島先輩の前で恥ずかしい姿を見せて
しまった』
私って丸く見えるのかな…と自分の頬を大真面目
に確認する名前は白布にも聞いて、まだ触れた
経験の無い場所に躊躇う白布は手を止める。
そんな中、天童同様に躊躇いも無く名前の頬を両手
で触れる川西は「確かに餅だ」と笑って答え、彼の
行動に嘆く彼女を見て彼は更に楽しそうにした。
「お前、本当に先輩に遊ばれてるな。確かに
そのリアクションは笑えるけど」
『太一まで酷い!せっかく課題のノートを一応
持ってきたのに。太一が見せてって言ってたから
夜にホテルで教えてあげようと思ってたのにな』
「名前様すみませんでした」
「太一、まだ終わってなかったのかよ。移動時間
くらい名前を眠らせてやれよ?」
「分かってるよ」
『ふふっ、賢二郎ありがとう。賢二郎の隣なら
ゆっくり出来そうだね』
三人で会話をすると名前もいつも通りに戻って、
『賢二郎の隣がいいな』と言われてしまうと自然
と白布の中にもあった緊張感が落ち着いていく。
自分が必要とされている言葉に浮かれてしまわ
ないように、「俺もお前との方が楽だから」と表情
を隠す為に巻いていたマフラーを口元まで上げ、
白布の様子を観察していた川西は「嬉しい時くらい
顔に出てもいいだろ」と呆れた顔で呟いた。
『うん、もう大丈夫そうです』
翌日、いざ東京体育館へ到着すると鷲匠やコーチ
の指示も落ち着いて行動出来て、自分が冷静だと
気がつく名前は、いつも通りの自分に戻った事に
胸を撫で下ろし、そう伝える彼女の笑顔は柔らか
くなっていた。
そこからは機転が利いた彼女に戻り、先輩同級生
問わず、チームメイトへの気配りもバッチリで
同じく緊張気味だった選手も気持ちが軽くなる。
「うん、その顔はもういつも通りだな」
『頼りないマネージャーで申し訳無いです。
ここからはサポートに励みます!』
「名前がしっかり者だって皆分かっているから
大丈夫だって」
瀬見は寧ろ後輩の成長に若干感動気味だった模様
で、思わずわしゃわしゃと名前の頭を撫で、少し
照れ臭くなる彼女はむずむずと口元を動かす。
その時再び牛島と目が合い、牛島は普段と変わら
ない無表情で彼女に向かって頷いて見せたら、
彼女から『頑張ります』と真っ直ぐな瞳で言葉を
返されるので、彼の方が驚いて目を丸くさせた。
「ふっ…」
「ん?若利君、今笑った?」
「・・・!!!?」
ポーカーフェイスのその人物の口角が上がった
一瞬を見逃さなかった天童は、意外な一面を見て
しまった事に首を傾けて、もう二人、自分達も目
にした事の無いその表情に顔を見合せる。
「いや、気にするな」
「牛島さんが笑う所初めて見たな」
ただ運がいい事にも、その時の名前は再び瀬見と
会話していて、牛島の柔らかい笑顔は見ておらず、
彼女が固まるハプニングは避けられ、次の試合は
スムーズに済んで、一回戦目は平穏に済む…はず
だった。
「ほんまや。サムの言うた通り、白鳥沢は女子の
マネージャー入っとる」
「ほら、言うたやんか。夏の時は人の事を嘘吐き
呼ばわりしよってからに」
「小っこいのにチョロチョロ走っとったら、幻覚や
って思うやろ」
『あの…、何かご用でもありましたか?』
珍しいものを発見したといわんばかりに楽しそう
に目を輝かせる同じ顔の二人に戸惑い、2人とも
見た事はあるが違いがわからないと視線だけを
動かす。
『(確か稲荷崎って、同い年の双子がいるって前に
賢二郎が教えてくれたけど)』
「自分、分かりやすいって言われへん?」
相手もそれを知って反応に悪戯心が芽生えて絡み
始め、慌てて仲間が助けに行き、新たな出会いが
そこであった。
「名前ちゃんやるねー。他県の人間にもナンパ
されちゃってる」
「なかなか戻らねえと思ったら!呑気に観察して
ないで行くぞ!」
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