前の言葉覚えてる?
美月が松川の家に来たのは初めての事だった。『会いたい。』
宮城に転勤で戻ってきて、慣れない人間関係や
東京とは違った生活に美月はすっかり疲れ果て
てしまっていた。
彼女からの電話越しのその声を聞くと、松川の
体は勝手に動いて気がつけば、駅で待っていた
彼女を思い切り抱きしめて、冷え切った手を
握り締めて彼女を車に乗せた彼は、自分の家へ
連れ込む。
テーブルに財布と車のキーを投げて、松川は
「適当に寛いで」と彼女に呼びかけるも、彼女は
正座して身を縮ませて松川を見ているので、
それがかなり可笑しくて、「別に取って食わ
ねーよ。」とクシャりと彼女の頭を撫でた。
「飯は食った?」
『ごめん、まだ。…松川は?』
「謝らなくていいって。俺だってまだだし。」
何があったかな?と冷蔵庫のドアを開け、 中に
ある食材と睨めっこを決めていたので、美月が
何か作ろうか?と言って立ち上がり、松川は
彼女に甘えて、中身が確認出来るように隙間を
開ける。
『うん、十分作れそうだね。』
ご飯をお急ぎモードで炊いてみれば、彼女は
ものの30分で手際良くぱぱっと完成して見せ
て、松川は久しぶりの美月の手作りのおかずに
舌を唸らせた。
「さすが…美月の生姜焼き、安定にうめーし。」
『今回は副菜、電子レンジの手抜きなんだけど
ね。』
「いや、それでもちゃんとした手作りだろ。」
互いに飲みの席以外の誰かと一緒の晩御飯は
久しぶりで、向かい合って食事をする2人は
ふと照れ臭くなって笑い合う。
彼女が作った味噌汁は心も身体も暖かくさせて
くれる気がした。
ホッと吐いたこの一息は、先程までの緊迫した
空気を一気に和らげてくれている。
「昔は、よく一緒に食ってたよな。」
『そうそう、勉強会って言っておきながら、
食べる方がメインになって。』
楽しかったねと懐かしい思い出話に微笑む彼女
は昔と変わらずにいて、優しく柔らかい表情で
松川へ笑いかける。
そうそう、くしゃって笑ってたな。
その仕草、表情、全てが松川の好きな所だった
りするので、そんな彼女を見れば、胸の奥を
擽られるこの感覚に妙な懐かしさも感じて
いた。
「今日、泊まってくんだよね?」
『松川、迷惑じゃない?』
「迷惑だったら、美月をここに呼んでないから。
…寧ろ、ここにいて。」
松川が箸を置いて美月に向かってそう言い、彼女
の左手を彼の手で包むと目を潤ませて彼女は
こくんと頷いた。
彼はその返事に満足すると、再び箸を持って
金平ごぼうを口にして「うまい。」と一言呟く。
「美月、座っとけって。」
『やだ、これくらいしないと私が落ち着かない
から。』
彼女が食べ終えた食器を流しへ持って行くと、
そのままそれらを洗い始めたので、松川は彼女
の好きなようにさせるべきかと一息吐く。
流しに立つ美月の姿をただ見ていると、ああ
このまま何回もこの光景が見れたらと松川は
ふと考えた。
彼女の後ろ姿を目にすると独占欲が沸いて、
自分の腕の中に閉じ込めてしまいたくなって、 気がつくと、身体はまた勝手に行動に出て、
そのまま松川は彼女を包むように背後から抱き
しめていた。
このまま自分の傍にいてくれれば
この愛しい存在を自分のものに
『松川、どうしたの?』
「ちゃんと言えてなかった。美月、愛してる。
俺達、付き合おう。」
その想いをちゃんと言葉に出して、松川は彼女
を抱きしめる力を強めた。
手を滑らせて盛大な音を立てる美月に驚いて、
一瞬松川の動きは止まるが、彼女の持っていた
食器は運が良いのかアクリル製だったので、
大惨事には 至らず、目を潤ませた彼女にそっと
口付けを落とす。
美月がちゃんとそれを受け入れたので、この
返事はOKだなと彼は認識して、彼女をちゃんと
向かい合わせにして髪を優しく耳にかけると、
彼女に優しく微笑み、両手で彼女の頬をそっと
包む。
そして、もう一度と自分の唇を寄せ、ゆっくり
2人は互いを確かめあった。
「あ、美月の好きなアイスあったよ。」
『ほんと!?やったー。』
足りない物を買いにコンビニに寄れば、餌付け
癖の変わらない松川はすぐに美月の好きな物を
見つけてしまう。
嬉しそうな彼女を見たいが為に、なかなかこの 癖は抜け切れそうに無いようだ。
「こんなもんでいい?」
『大丈夫!』
美月が財布を出せば、それを遮る様に松川が
先に払い、エスコートの上手さも彼は未だに
ご健在。
『隙が無さすぎですよ、お兄さん。』
「そりゃ、元ミドルブロッカーだしね。」
『それって、関係あったりするの?』
挙句の果てに美月の荷物まで持つので、彼女
が手持ち無沙汰にしていると、松川が彼女手に
自分の手を優しく絡めた。
「今度こそ、正式な恋人だな。」
『あっ、昔はよくごっこ遊びしたね。』
「鈍感美月ちゃんは、全然こっちが本気だって
気がつかねーし。」
『…あれ、本気だったの?』
「おっと、今更か。」
本気で驚く美月を見て、松川は彼女の鈍感さを
ちゃんとわかってはいたがと呆れたように
ため息を吐く。
「松川の彼女は幸せものになるね…とかなんとか
言っちゃってさ。」
『そんなこと言ってたっけ?』
「言った言った。」
『ごーめーんー!!!』
松川に必死に美月は謝って、彼の腕にぎゅっと
しがみつくのでつい許しそうになるが、今回は
少し彼女へ意地悪をしてみたくなって、彼は顔
をふいっとわざと反らす。
『松川さーん。』
「・・・・・・。」
『おーい。』
美月が彼を呼んで伺うように彼の顔を覗くも、
わざとらしく振り向かずにいると、彼女は彼の
耳元に手を当て、彼にだけわかる声でこそっと
彼の耳元へ囁いた。
『…一静、大好きだよ。』
「〜〜〜〜っ、許す!!!」
言葉にならない喜びに完成に負けて、松川は
美月を自分の元へ引き寄せ2人で笑い合い、
彼も彼女に仕返しするように耳打ちして、彼女
の耳を真っ赤にさせる。
いっぱい、幸せにしてやるから覚悟しとけよ?
そして仲良く指を絡ませて、家に戻れば仕返し
はまだ続くよ?と松川はニヒルに彼女に笑い、
彼女は冷や汗を流して見つめ合う。
今まで注げなかった分の愛情を松川はこれでも
かというくらいに美月に沢山注ぐのであった。