信じているからこそ
『フロリダってことはアメリカ?うん分かった。行ってらっしゃい。』
「お前、そんなあっさりと…。」
それは、大学2年生になった日の事。初めての
二人きりの旅行で、はふはふと夕食の茶碗蒸し
を美味しそうに頬張りながら美月は答え、畏ま
っていた岩泉は拍子抜けといった様子だった。
『ハジメは前からその人の事ばっかり話する
からそうなんだろうなって思ってたよ?』
「お前には、お見通しって事か…。」
『どうやら、私の周りは視野が広い人間が多い
みたいだ。』
それは、先にアルゼンチンに旅立った及川の事
を言っているのか、若しくはプロになり世界を
見た牛島の事を言っているのか。
彼はその場で、少し先の将来の話を彼女に相談
をした。
それは必然的に遠距離を示すもので、せっかく
の旅行中なのに、もしかすればこのまま別れ話
になるかもしれないとそれなりの覚悟もして
いた。
それは本日の旅行で表情に出ていたのだろうか。
彼女は彼の話を耳にすると寧ろその修行の話には
乗り気で修行先の事ばっかりに話題は切り変わる。
美月が一番に心配をしていたのは、自分の専門で
ある栄養関連の事ばかりで、私生活で摂取するで
あろうカロリーの方が気になっていた。
『向こうは全てにおいてサイズ大きいもんね。
ハジメ、調子に乗って食べ過ぎちゃいそう。』
「さすがに計算するだろ。」
美月に引き留められる想像は付いていなかった
が理解があり過ぎるのも、岩泉はかえって心配
になったりもする。
『寂しがらないから、不安?』
付き合いが長いと、こうも意思疎通が早いもの
なのか。
食後にせっかくだからと部屋に付いていた露天
風呂に一緒に入って湯船に浸かり、自分の膝の
上にいる彼女が振り返り、そう尋ねると優しく
微笑んでいた。
岩泉が言い出しそうな事を先に美月が聞いて
きて、まあ…と視線を逸らす彼を見て、彼女は
目を細めてしっかりと彼に答える。
『そりゃ治安的な心配はあるけど、他の事なら
ハジメなら大丈夫だって信じてるから。』
「お前と離れて、俺が持つか。」
『大丈夫。マイペースなハジメさんに慣れっこ
なので、少々連絡来なくてもめげないから。』
「何も言い返せねえ。」
『私はきっと、卒業後もこのまま東京に住む
予定だし、仙台より近くて寄り易いだろうから
ハジメが辛い時は、いつでも待ってるよ。』
帰る場所はあるから、安心して君は飛び立って
欲しいなんて、頼もしい言葉を向けられたら、
堪らなく彼女を抱き締めたくなる。
「あーやべえ。やっぱ俺はお前じゃないとダメ
だわ。」
美月の手に腕を回し、彼女の肩に顎を乗せたり
してみて、昔は照れ臭くて素直に吐けなかった
自分の気持ちを今ははっきりと口に出せていた。
『愛されていて、光栄です。』
岩泉の腕の上から自分の腕を重ね、ニッと
美月
も岩泉に笑顔を向けると、自然と岩泉が顔を
寄せ、唇と唇とが触れていた。
『課題は色々あるだろうけど、学生のうちに
思い出たくさん作ろうね。』
「行きたいとこ、全部連れてってやる。」
『互いにバイトも励まねば。』
澄んだ空には満天の星が散りばめられていて、
その美しさに思わず幸せのため息が漏れる。
『ハジメが恋しくならないようにご飯の修行も
しなくちゃね。』
「後悔しねえように、しっかり食ってくわ。」
『徹は知ってるの?』
「まだ、言ってねえ。」
『私より、大騒ぎしそうだね。』
「お前を心配して、うるさそうだな。」
2人の幸せを一番に願って身を引いた幼馴染み
の姿を想像して、美月は困った顔で笑い、岩泉
はまた彼女を貰うと言い出しそうな及川が頭に
浮かんだのか、眉間に皺を寄せた。
『全く寂しくないって言ったらさすがに
嘘になるから、ちゃんと連絡は欲しいな。』
「多分、俺の方から毎日するだろうな。」
『なんか、徹みたいな事言うね。』
「うるせえ。」
もう、誰にも渡さねえよ。
呑気に楽しそうにお湯を掬う彼女に自分の手を
重ね、心の中でそう誓う彼に、恋人は微笑んだ。
美月の方が照れ臭くなっているのか、今は岩泉
よりも彼女の方が、冗談を多く吐いている。
『向こうのボン、キュッ、ボンなお姉さんに
見とれ過ぎないでね?』
「俺にはこれが丁度いい。」
『あ、もうハジメ!』
その心配は本当は全く心配しておらず、笑い
ながら彼女がそう言い出すと、岩泉は当たり前
といった顔で言い返す。
その言葉と同時に彼の両手はむにっと彼女の胸
を持ち上げる形で鷲掴み、彼のその行為に美月
は戸惑い、パチンと反射的に彼の手を弾いた。
「お前こそ、誰にも触らせんなよ。」
『しないってば。んんっ…!』
彼の大胆な行動もまた、距離が縮まったから
こそ出来るもので、彼女に抵抗されても、
わざとその手は止めない。
一瞬、その刺激で甘い声を漏らした美月を岩泉は
もちろん聞き逃す訳が無かった。
『ハジメの…馬鹿。』
「さすがに、ここだと逆上せるか。」
やばい、今の、可愛かった。
パチリと目が合った彼女に向かってそう言葉を
こぼしながら、彼は勢いよくザバッと彼女を
抱えて湯船から上がり、 彼女は突然の入浴終了
に戸惑う。
『わぁ、ちょっと…ハジメ!!?』
黙々とタオルで彼女を拭いて髪の毛も忘れずに
しっかりと乾かして。
どうせ脱がせるか?でも風邪引くもんなと勝手
に自問自答をした彼は、また美月を俵抱きで
抱えれば、そのままぼふんと布団に転がした。
まずい、まずい、まずい。
頭の中の警報音が鳴るも時は既に遅し。
スイッチが入ってしまったと美月が慌てた様子
で岩泉を落ち着かせるが、時は既に遅く、彼女
の声は彼にはもう届かない。
ギラリと光るその瞳に捕まると逃げ場の無い
まま、彼女は狼と化した彼氏に唇を噛みつかれ
積極的になってしまった彼を止めるのは不可能
だと分かっているのか降参し、美月は岩泉に
されるがまま、それを受け入れ首に手を回した。
「美月、愛してるからな。」
鋭い瞳とは逆に、優しく撫でてくる彼のその手
に美月はめっぽう弱い。
『ハジメ、それは…狡い。』
彼女が目を潤ませて岩泉の浴衣をぎゅっと掴め
ば、彼はお前には言われたくねーと、いつも
通りの仏頂面を見せて、また彼女に口付けを
落とし、それは段々と深いものへと変わって
いった。
楽しみにしていた自分の大好きなお風呂上がり
のアイスは、残念だが翌朝までおあずけだろう
と覚悟して。