重ねる君に
気がつけば、彼女を目で追っていた。
目の前で揺れる髪が綺麗で見惚れていると、
目が合って、自分の方から目を逸らす。
そこで、孤爪自身は気がついた。
恋に落ちるとはこういう事かと。
『困ったねぇ、どうしよっか。』
帰り道の途中にとある女子がしゃがみこんで、
睨めっこをしている姿を見て、孤爪は何事かと
首をかしげながらも、面倒事は極力避けたい。
彼はそう思いながら、静かにその場から姿を
消そうとしたが、こういう時に木の枝をパキッ
と踏んでしまい、彼女と目が合ってしまった。
『あれ、孤爪君。今、帰り?』
「うん、苗字さんも?」
クラスメイトの苗字なまえ。
もちろん彼女と会話をする機会はあまりなくて、
なまえと会話をする事に慣れない彼は、目を
逸らしながらそう尋ねる。
これが彼女がただしゃがみ込んでいるだけなら、
彼もそのままスルーして帰ろうとするのだが、
今の状態は先程聞こえた言葉の通り、彼女は
困った様子を見せていたので、存在を気づかれ
たのなら、素通りはしにくい。
『そうなんだけどね…。』と彼女が言葉を
途切らせながら手を差し出す先には、にゃあ
にゃあと小さく鳴いた、小さいふわふわの毛の
塊が2匹見えてきて、それを見るとつい孤爪も
彼女の隣にしゃがみこんでじーっと見つめた。
「捨て猫?」
『みたいなの。』
そこには黒色の猫と金色と茶色のマーブル模様
の猫がなまえの手に寄ってきて、ゴロゴロと彼女
に甘えてきた。
その様子から人見知りは無いようで、黒い猫は
活発的な、マーブル模様の猫は少しだけ控えめ
な性格に見えた。
『この子達ほっとけなくて…』
そう言って彼女がダンボール箱ごと運ぼうと
したら、その箱は劣化が激しいものだったのか
底が破れており、運ぶには心細いものだった。
『孤爪君、この子達運ぶの手伝ってくれない?』
そう言って彼女は猫を1匹抱えて、孤爪の方を
助けを求めるように見つめる。
面倒事には首を突っ込むことは絶対にしない
孤爪であったが、彼は断る事が出来なかった。
何故なら、なまえは孤爪が以前から気になって
いた相手なのだから。
彼女が気になったきっかけは、本当にひょんな
事だった。
『孤爪君、綺麗な髪色だよね!』
ある日突然、たまたま教室の席が隣になった
彼女が、そう言って孤爪に笑顔を向けていた。
その単純な笑顔と言葉だけで簡単になまえの事が
気になってしまい、それよりも褒められた自分
の髪の毛よりも彼女の髪の毛の方が断然綺麗で
気がついたら、彼女の方に意識が向いていた。
それはつい最近の出来事で、まさか今こうして
彼女と猫を抱えて話をしながら歩くとは思わず、
このまま彼女は自宅まで付いてきて欲しいと
言うものだから、突然の発展に驚かされる。
『孤爪君いて、助かっちゃった。』
「苗字さん、この子飼うの?」
『悩み中。里親募集して、いなかったら
飼おうかなと…。』
そうなんだ。と孤爪が返事を返していたら、
なまえの家まで到着したらしい。
孤爪にもう1匹の猫も預けて、慣れたように
ゲージを取りだし、中の準備が整えば、猫を
その中に入れようと、彼の腕の中にいる猫を
1匹ずつ抱き上げた。
『あ、ちょっとこらこら。』
1匹は大人しく入ったものの、もう1匹の黒猫は
やはり活発なのか、するりと孤爪の腕から抜け、
なまえの方へ飛んでいくも、大人しくゲージには
入らずに、もぞもぞと彼女の服の中へと、入り
込もうとするので、慌てる彼女を助けるべく、
孤爪が再び黒猫の首根っこを捕まえた。
「クロ、いい加減にして。」
何となく、その猫が自分の幼なじみと重なって
見えた彼は、思わず彼のあだ名を呼びながら、
注意をすると、なまえは可笑しくなったのか、
プッと吹き出して、肩を揺らしながら笑って
いた。
『孤爪君、もう名前つけちゃったの?』
「ごめん。何か知り合いにそっくりで…。」
自分が飼う訳でもないのに、無責任に勝手に
名前をつけてしまったことに気がつく孤爪は、
罰が悪そうになまえの顔色を伺ったが、彼女は
嫌がる素振りもなく、孤爪が発した名前を寧ろ
喜んでいるようにも見えた。
『決めた。この子達はやっぱり私が飼おう。』
愛しそうにクロと名付けられた猫の顎を彼女が
擽るように撫でれば、その猫は心地よさそうに
目を瞑った。
猫と戯れる彼女は、孤爪には眩しく見えて、
新たな一面に魅せられて、よりいっそう彼女の
ことを好きになってしまうのだった。
「研磨ぁぁぁ!!!!お前、いつのまに
苗字なまえと仲良くなってんだよー!!!!」
なまえと猫を助け出してから数日が経ち、
教室から2人が会話をしている姿を目撃した
山本が朝から声を荒らげて、彼の肩をガシッと
掴みながら問い詰めるので、孤爪は面倒臭がる
様にため息を山本に向けてはいた。
「俺がクラスメイトと会話しているのが
そんなに変な事?」
「ぐぬぬっ、なんだその余裕な表情は。」
動揺一つしない孤爪に山本は悔しくなったのか、
下唇を噛み締めながら、それ以上は言葉を
返すことは無かった。
だが、それよりも面倒臭いのは「そりゃそりゃ
初耳だな。」とニヤついている幼なじみの反応
で、その表情を見た瞬間、孤爪の眉間には皺が
寄った。
「で、どの子だよ。」
部室から教室までの移動中に黒尾からの質問
攻めで、孤爪の表情はげんなりとしていた。
そんな中、運が悪い事に学校に今到着した
なまえと鉢合わせてしまう。
『あ、孤爪君おはよう。』
「苗字さん、おはよう。」
彼女の苗字を聞いた途端、むずむずと笑いを
堪える黒尾の表情を孤爪は見逃さなかった。
不思議そうに首を傾げるなまえに黒尾はどうも
と裏があるような笑顔を見せるので、孤爪は
彼の脇腹を肘でついた。
「クロ、怪しいからやめて。」
『…クロ?』
孤爪は彼女の前でその名前を呼んでしまった事
を後悔した。
すると色々と察したのか、少し嬉しそうな表情
を見せたが、彼女は深く追求することは無く、
『孤爪君、また後でね。』と手を振って、
彼女は彼らに背を向けて、先に教室へと
向かって行った。
「なまえちゃん、可愛いじゃーん。」
「クロ、馴れ馴れしく呼ばないで。」
「へーへー、横取りしねーから安心しろよ。」
「待って、そういうのじゃないから。」
やはり黒尾にはお見通しだったのか、孤爪の
表情を見たら何故か彼の方が嬉しそうに小突く
ので、彼は黒尾のその手を払い除けた。
『クロの名前の由来が判明しちゃったね。』
そう言ってなまえが微笑んでいる場所は、
彼女の自宅で、どこかの誰かさんのように
相変わらず彼女の服に入り込もうとする猫の
クロを誰かさんと重ねるように、孤爪はまた
摘み上げ、ゲージに戻す。
「ごめんね、3年生がいきなり来るから
驚かせたよね?」
『私は大丈夫だよ。それに、普段見ない孤爪君
の表情が見れて、私は満足だよ?』
なまえそう言いながら笑い、恥ずかしさを誤魔化
すように孤爪は二匹のいるゲージへと視線を
移す。
すると、あの大人しかったマーブル模様の猫が
猫のクロに妬いていたのか、怒るように軽く
パンチを見せるので、彼女は慣れたように
ハイハイとその子を抱き上げていた。
『ケンちゃんは怒らないの!』
「…え、ケンちゃん。」
実はマーブル模様の方は名付けに彼女は悩んで
いたらしく、なかなか命名出来ないでいたもう
1匹をさらりと呼んで、愛しそうに撫でている
ので、孤爪は驚いて目を丸くさせた。
それもそのはず。聞き間違いでなければ、自分
の名前と重なるものを感じたのだから。
「名前、決めていたの?」
『うん。今朝、孤爪君に会って閃いちゃった。』
やはりそれは聞き間違いなんかでは無く、彼女
はまたケンちゃんと愛しそうにその猫の名前を
呼び始めるので、彼は嘘でしょと頭を抱えた。
『猫のクロはクロさんに確かにそっくりだし、
何となく、この子も誰かさんにそっくりだな
とは思っていたんだけどね。嫌だった?』
「別に、嫌じゃないけどさ…。」
はにかんで説明するなまえには適わなくて、
孤爪も優しく彼女に微笑んだ。
そして、確かに自分と重ねるケンと名付けられ
た猫の表情を見れば、彼も恥ずかしがりなのか
素直じゃない。
このままだと、クロに取られてしまうと警告を
されている気分だった。
孤爪はケンを彼女から奪うように抱き上げて、
もう少し素直にならないと、後がしんどいよ?
とそれは自分に言い聞かせるように、ケンの頭
を優しく撫でる。
「苗字さん、あのね。」
勇気を出して、彼は自分の思いを告げる。
その言葉に対しての反応に孤爪は目を細めて
彼女に笑いかけるのだった。