毎度いきなりですが



あ、好き。と単純な一言しか、木兎の頭の中
には思い浮かばなかった。

久しぶりの東京で、友人達と楽しく飲んでいた
その夜。
駅の中を歩いていると、酔っ払って手元が思う
ように動かせなかったその女性は、乾く口元を
直そうとして、メイクポーチからリップを取り
出そうとすれば、手を滑らせキラキラとした
そのコスメを器用に床に転がし、広げていった。

『すみません、もう何やってんだろう。』

足元にコロコロと転がってそれはやって来て、
木兎も親切で拾い上げて見上げると、ほんのり
頬を染めたそそっかしい彼女は、恥ずかしそう
に笑顔を向けて、ぱちりと目が合うと、自分
好みのその雰囲気に、彼の動きは思わず止まっ
てしまっていた。

「名前、聞いてもいい?」

彼の突然の申し出に、もちろん彼女の動きも
止まる。
嫌そうな素振りも見せないが視線を逸らして
しばらく考えた顔をして、答えが出たのか彼を
見上げた。

澄んだその瞳は真っ直ぐ木兎を捉え、惹き込ま
れそうなくらい、美しい。

『えっと、その、お断りします。』

そんな悲しいエピソードをチームメイトの家族
の店で思い出して吐き、周りから人でなしと
よく言われる彼の仲間は、他人の不幸は蜜の味
といったところか、彼のフラれてしまった所を
想像し、ゲラゲラと自分の腹を抱え、楽しそう
に笑っている最中だった。

「いきなり会って早々名前聞くんは、そら断られ
るやろ!」

「でもでも、可愛かったんだもん。ツムツムも
絶対聞くじゃん!?」

「さすがに、軽く挨拶程度の雑談くらいするで?
ぼっくんは、ストレート過ぎんねん。」

「まあ、残念やったな。落ち込んどらんと、
これ食って元気出し?」

賑やかに笑う侑をその店の店主である治は笑い
すぎやと注意して、木兎を元気づけようと今回
は特別、焼肉のカルビを乗せたおにぎりを彼に
差し出した。

「お、美味そう!」

ジューシーな肉の食感と、甘いお米、そして
パリッとした海苔には塩とごま油がまぶされて
いるのか、いつもとはまた違った美味しさに、
木兎の目はキラキラと輝いている。

もう一度会いたいと願ってしまうが、距離と
いう名の物理的な意味でも、それは難しい。

もういっそ、この美味しすぎるおにぎりの味で
頭をいっぱいにして、忘れてしまおうと木兎が
考えていると、それは正に運命と言ってもいい
のだろうか。

ガラリと引き戸が開く音に視線を向けると、
その人物を目にして木兎の動きはまた止まり、
ごくりと音を立てて喉を鳴らして、おにぎりを
ゆっくりと飲み込んだ。

「いらっしゃいませ。」

これはきっと、見間違いじゃない。
先日は緩く巻かれていた髪は綺麗に纏め上げられ
ていて、千鳥足もピンヒールで真っ直ぐ歩いては
いるが、カウンター席に座るその女性は、紛れも
ない、東京で出会った彼女だ。

『わー、噂のお店に来ちゃった。』

その声を聞いて、木兎は間違いないと確実し、
迷いの無い彼は、また見つけた!と大きな声を
出して、彼女を驚かせていた。

『見つかっちゃった…て、何がですか?』

木兎の大きな声に肩を揺らして反応を見せるが、
何の事か分かっていない名前はきょとんとした
表情で首を傾げている。

「ノリツッコミて、オモロイな自分。」

侑が彼女を見た感想はまずそれで、確かに彼が
一目惚れしてしまうのには、納得だった。

勝手に話が広がっていくことに戸惑いながら、
自分を指さして言い出したその人物の顔を彼女
も思い出したのか、あの時の!と驚いた顔を
見せ、木兎はまず嫌な顔をしなかった彼女に
安心をするのだった。

『先日は親切にして貰ったのに、失礼な態度を
とってしまいすみませんでした。』

「いえいえ、とんでもございません!」

「いや、突然声かけられたんやから普通の反応
やで?」

「ここで会えるって事は、なんかご縁があるって
ことやな。」

『びっくりしました、まさか東京で会った人と
ここで会うなんて。』

こんな所で再会すると、彼女も警戒が少し解け
たのか、先日の事を詫びて、木兎にふんわりと
笑顔を向ける。

そして、注文した鮭おにぎりを齧り、その美味し
さに名前が感動をしていると、その表情を見て
いた治も「ええ人やな。」と太鼓判を押し、木兎は
「でしょ!」と何故か誇らしげに彼女を褒める。

「旅行か何かですか?だとしたら、この店を
選んでくれた事が嬉しいわ。」

『今月から突然、大阪に異動になったんです。
ここが美味しいって聞いて、行かなきゃって
思って。』

「わざわざ、ありがとうございます。」

治の質問に名前は丁寧に答えて、木兎と本当に
同い年か?と聞きたくなるほど、彼女の受け答え
は落ち着いて見えた。

それとは反対に、やはり少し子供っぽい所が
ある木兎は、彼女と自分の距離が近いところに
あると知って、嬉しく胸を弾ませる。

「じゃあ、東京生まれ大阪在住って俺と一緒
じゃん!」

『え、そうなんですね。』

周りにまだ知り合いが少ないという彼女は少し
嬉しそうな表情を見せ、話せば同い年である事、
住んでいる場所が近い事、地元の行きつけの店
が同じだった事など、互いの共通点が多く、
2人は話に盛りあがった。

「改めて、名前を聞いてもいいかな?」

そして、緊張気味に尋ねた木兎に名前は笑顔を
返す。

『苗字名前と申します。
私もお名前お伺いしても大丈夫ですか?』

それが、今の恋人との2度目の出会いだった。

頼まれていた資料を予定よりも早く済ませて、時刻を確認すると、急いで帰宅の準備を始める。

「苗字ちゃん、今日も行くの?」

『そうなんですよ、チケット取れたので。』

周りは名前の事を熱心なファンだと思っていて、
彼女は後からその情報を知ってしまったので、
それは残念ながら見当違い。

シーズンが始まり、恋人の活躍を少しでも多く
見ようと自力でチケットをゲットし、会場まで
急いで、オフィスカジュアルから応援スタイル
に切り替えた名前は、目いっぱい彼に声援を送る。

見事、力強いスパイクで点を決める彼を見て、
何故高校生の頃、近い場所にいたというのに
自分は知らずに過ごしていたのだろうと、毎度
勿体ないという気持ちが、芽生えてしまった。

それは、出会って10度目の出来事。

木兎と名前が打ち解け合うことに時間はいらず、
気がつけば互いに時間が空いた時に会っていて、
今日もキラキラと光るその街並みをのんびりと
歩いていると、木兎は立ち止まって、真剣な眼差し
で、彼女をじっと見つめていた。

「俺と付き合ってください。初めて会った時から
好きでした。」

手を差し出して頭を下げる木兎を見て、彼女は
彼と最初に出会った時と同じ反応を見せていた。
その態度にデジャヴを感じて、ただ一つ違うの
は、その返事がOKという事。

『出会った時に、好意を持ってくれていたのは
何となく、わかります。』

恐る恐るその表情から様子を伺っている木兎に、
あの時、声を掛けてくれてありがとうと彼女は
お礼を言いながら、彼の手をそっと握って笑顔
を返す。

彼は喜びからすぐに人目も気にせず、彼女を思い
切り抱き締めていた。

「彼女なってくれんの?やったー!!!」

『ちょっと、光太郎君!?有名人なんだから、
目立つでしょ?』

「お前、それ知ったのこの前会った時の癖に!
いーじゃねえか、もう恋人同士なんだから。」

スポーツに疎い名前が、何気なく一緒に立ち寄った
本屋で、たまたまと通り過ぎた所にあった、とある
バレー雑誌の表紙と彼を交互に見比べて、口をパク
パクとさせていたのは、つい先日の出来事。

バレー選手としてではなく、ちゃんと1人の人間
として、自分を見てくれていた事によりいっそう
彼女を好きだと思い、その次に会う時には自分
の気持ちをを告げると決意し、今こうして無事
にこの恋を実らせる事が出来た。

『まずは、ルールからちゃんと知らなくちゃ。』

「いっぱい聞いて、いっぱい教えるから。
んで、名前の好きなこともまだまだいっぱい
覚えたい。」

そして互いをしっかり知って、彼の魅力を最大限
に際立たせるそのスポーツが大好きになって、
何より、楽しそうに跳ぶ、打つ彼が大好きに
なってしまった。

『九州?新幹線ですぐよね、余裕。バッチリ
有給だってもぎ取ってやるわ。』

「名前カッケーな。」

また上司から大好きだねと呆れた顔で笑われて
しまうけど、構うもんかとさらっと言いのけ、
次の試合を2人で確認する、まったりタイム中に
名前は新幹線とホテルの予約を済ませていた。

気がつけば、その向けられた愛情は名前の方が
勝っている気がして、適わないと感じてしまった
並んでソファに座っていた木兎は彼女の、自分
の元へと引き寄せる。

ここまで愛情を注がれてしまったら、彼もこの
質問をぶつけるしかない。

「そろそろ、木兎名前ちゃんにならない?」

どうして毎度、彼は唐突なのだろう。ポチポチ
とスマホでスケジュールで組んでいた彼女の手
はとまり、そそっかしくそれを落としそうに
なった所を木兎が素早くキャッチする。

彼女はまた最初に出会った時と同じ表情を見せ、
ゆらりと動く視線で、木兎を困らせるのだった。




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