気持ちも打ち上げろ
「マジで、本当に!?いいの?!」
『うん、その日は本当に大丈夫だよ。』
勇気を出して、初めて彼女にお誘いをしたその日、
ダメ元で問い合わせたものが、予想外の大成功を
遂げて、木兎の口からは歓喜の声が思わず沸き
上がる。
以前から気になっていたその子は、いつも目の
前には何かしらの邪魔がいて、なかなか彼女と
2人になる時間は取れず、互いに部活で忙しい
のもあって、そこでやっとデートの予定が決ま
ったのだ。
音駒の隙を狙って、名前から連絡先を聞いた
甲斐があった。
もれなく、ちゃっかりと赤葦もゲットしている
のは不服だが。
運がいいことに、次の日曜日は互いに体育館
点検の為に部活はオフ。
その日はいつも彼女の傍から離れない邪魔者も
いなかった模様で、待ち合わせ場所はすんなり
と決まった。
あとはどこに行こうかと頭を悩ませるばかり。
彼女が喜ぶ場所を考えて、胸を弾ませ、待ち
遠しかったその日は、いよいよとやってきた。
『木兎君、遅くなってごめんね!』
「大丈夫、俺も今ちょうど来たところだから。」
待ち合わせ場所に先に到着したのは木兎の方
で、自分の元に慌てて駆け寄る名前の姿は、
既に堪らなかった。
赤いジャージ姿ももちろん似合っていたが、
私服はまた違って見え、久しぶりにスカートを
履いたとはにかんで笑う名前が、木兎の中では
既にツボに入っているのか、走ってきた彼女より
もとりあえず自分の方が息切れをしそうになる。
さあ、お楽しみの始まりだ。
いつもノープランで突き進む木兎が柄にもなく、
前持ってクラスメイトに聞いて、下調べをした
女子が喜ぶというデートプランをスマホ画面
から呼び出し、行こうか!と恋人のように手を
引いてみる。
最初はその行動に名前も驚いていたが、そこ
は自分のペースに持っていくのが上手い木兎。
「名前ちゃん、小さいから見失いそう!」と
照れることなく言い切って、彼女も彼に流された。
『うん、エスコートお願いします。』
「ヤバイね、もう楽しい。」
『ふふっ、まだ少ししか歩いてないよ。』
果たしてこれは、帰りまで持つのだろうか。
でも私も楽しい。名前からと嬉しい返事が
返ってきて、照れ臭そうに笑う彼女を見たら、
思わずもごもごと彼の口元は緩みそうになって、
そんな顔を見られたくなくて、木兎は前を向く。
浮かれた気持ちで街を歩き、その気持ちはあと
数分後には、一気に沈む。
その事をまだ知らない木兎は、その彼女の柔ら
かい手の感触をしっかりと味わうのだった。
「嘘だろ〜〜〜!!!」
彼の下調べは甘く、尽く向かおうとした店は
定休日であったり、改装工事の為臨時休業で
あったり、下調べの甘さよりも運のなさの方が
勝っている気もするが、とりあえず彼の企てた
計画は、ほぼ邪魔されていた。
唯一入れたパスタの店は、何となく食欲旺盛な
自分には物足りない気もする。
そしてオマケに寄ったゲームセンターでいい所
を見せようとしたのに、細かい作業が得意じゃ
ない彼は、UFOキャッチャーをしても、残念
ながら商品は全く取れず、自分のカッコイイ所
を見せることなく終わってしまった。
店を出てから、名前も彼の異変に気がついた
のか、それは以前合宿で時々見てきた、所謂
しょぼくれモードと言ったもので、先程まで
ニコニコと笑っていた彼の口元は、子どもっ
ぽく尖らせていた。
「俺、カッコ悪いよな。」
そして、段々と歩くスピードも落ちてきて、
立ち止まってしまった頃には、何とも言えない、
悲しそうなその子犬の目。
自分の為に、わざわざ調べてくれていたのだと
思うと、彼女も胸が痛くなった。
でもせっかくなら、今日は彼とは笑ったまま
一日を過ごしたい。
『全然カッコ悪くないよ。自分の為にいっぱい
調べてくれて、ありがとう。』
その手を名前は彼の両手をそっと握り、優しく
微笑んで、彼の言葉をすぐに否定する。
そして、彼の目をしっかりと見つめていた。
『木兎くんの事、いっぱい知りたいから教えて!』
久しぶりに足を運ばせた、そのレトロな外観に
名前の目は輝いていた。
「空振りの名前ちゃん、可愛いな。」
『うぅ…久しぶりに押し寄せる羞恥心。』
貸し切り状態のその場で、割とゆっくりめに
飛んで来た球に見事な空振りを見せると、
木兎は吹き出してしまった。
2度目は何とか名前も目が慣れて、楽しそう
に打ち返し、木兎も成功した彼女に拍手を送る。
満足そうにバットを渡す彼女の笑顔を見たら、
釣られて彼も笑顔が戻っていた。
『バレー以外の木兎君、見ることがないから
新鮮かもしれない。』
バットを手に持ち、身構える姿も様になって
いて、目の前に来る速球を目で追うその表情は
正に真剣。
球の速さはもちろん彼女のものよりも数倍速い
物に変わっていて、彼の運動センスは、ここで
も発揮させようというのか、早速バットにそれ
は当たり、見事に空振りなど見せず、確実に
彼は当てにいっている。
『木兎君、カッコイイ!』
そして、極めつけの魔法の言葉。
木兎のスイッチを切り替えさせるには十分な
やり方だった。
「名前ちゃん、それ最高。」
あ、コレ、きたわ。
その飛んで来た球は、木兎の視点からすると
スローモーションで見えていて、バットの位置
も角度も振りかざす力加減もいい感じ。
カキーン!とその見事に当たった球は勢いよく
打ち上がり、そのまま弧を描くとホームランと
書かれている看板をカコンと音を立てて、揺ら
した。
『え…、嘘、。』
突然の出来事に、頭の理解が追いつかないまま、
スピーカーの割れた音は、ホームランを祝う
ファンファーレが流れていて、それを成功させ
た当の本人も「アレ?」と目が点になっていた。
その興奮から、言葉にならない名前は木兎に
駆け寄り抱きついて、やっと状況を理解した
木兎も喜びから両手を広げ、彼女を受け止める
と一緒に喜びを分かちあった。
「名前ちゃん、俺のスーパープレー見た!?」
『見た見た!おめでとう木兎君。凄い、
さすがのエースだね!』
決して彼は野球部のエースではなく、バレー部
のエースなのだが、今の彼らの周りにはそんな
突っ込みむ人間もいないので、木兎はお馴染み
の「ヘイヘイヘーイ!」と名前と2人で両手を
上げて、そこの店主だけが温かい目で2人を
見守っていた。
「はい、兄ちゃんこれ景品ね。」
「え、マジ!?景品くれるの!?」
『よかったね!わ、可愛い!!!』
そこで貰う景品は一体誰のチョイスなのだろう
か、まさかの大きな梟のぬいぐるみで、名前は
それを見て褒めていたが、木兎としては貰って
もどうしたらいいか、分からない商品で、彼は
それを無言で見つめる。
「これは、名前ちゃんにあげる!」
『え、そんな。せっかく木兎君が勝ち取った
のに悪いよ。』
「いやいや、俺の部屋にあっても変だからな。
どうせなら、名前ちゃんにプレゼントしたい。」
『それじゃあ、お言葉に甘えて。』
ありがとうと笑って、嬉しそうにその大きな
ぬいぐるみを包む梟に少しヤキモチを妬いて
しまいそうなくらい、彼女はいい表情をしていた。
「よかったー、最後はいいトコ見せれて。」
『ん?木兎君はいっつもいいトコを皆に
見せてるじゃん。』
「そういうコト言ってくれるの、名前ちゃん
だけだから。」
カッコ悪かった自分も落ち込んだ自分もしっかり
と木兎は、名前に見せていたはずなのに、彼女
の頭からはさっぱりと抜け落ちていて、今は
自分がプレゼントした梟と睨めっこを始めて
いる。
この調子のままだと、せっかくの高揚感がまた
ヤキモチで落ち込みそうだ。
自分をもっと見て欲しいと、彼は願う。
『この梟さん、木兎君になんとなく似てるね。』
「え、俺はもっとイケメンのはずだぜ!」
『この子もすっごく可愛いよ。』
「名前ちゃんの俺の認識って、まさか可愛い
じゃないよね?」
木兎は、彼女の発言にショックを受けそうに
なるが、自分の分身のようだと例えてくれて
いるそのぬいぐるみを大切そうに抱きしめて
くれていると、その言葉も何だか許せてくる。
「どうせなら、俺を抱きしめてよ。」
彼はそう言って、ぬいぐるみごと大きな身体で
名前をすっぽりと包み込むと、その行為は
恥ずかしかったのか、彼女は顔を真っ赤にさせ
て、木兎を潤んだ目で見上げた。
そのまま、彼女に告白してしまいそうになる
勢いになるが、何ともまあタイミングがいい
頃合いに、彼女のスマホから邪魔な幼なじみの
着信が鳴り響く。
「お腹すいたから、無視無視!」
プチッと停止ボタンを押したら、木兎は名前の
手を握って歩き出す。
ガッツリ系の自分の好きな定食屋を提案すれば、
私も好き!と目を輝かせてくれたので、木兎は
彼女にニカッと歯を見せて笑った。
「…そのぬいぐるみ、腹立つ顔してんな。」
『あれ、クロどうしてここに?』
「お前やっぱこえーわ!」
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