思い出す興奮
それはまだ、シーズン開幕より前のお話。
食欲の秋、読書の秋、残る秋はスポーツの秋と
なって、観戦よりもまずは自分の体を動かす
そのイベントがやってきた。
町内を盛り上げる為にも、優勝商品をゲット
する為にも、前からふわっと名前から聞いて
いたその話は参加確定となり、もちろん参加
するメンバーは、治、北、名前のお馴染みの
3人。
地元にいる他の人間も全員参加者に加えようと
すれば、治がおるだけでもチートや!と運営の
オジ様達にビシッと止められ、ハンデも兼ねて
周りは6人に対して、名前達のチームは3人のみ
となっていた。
『2人に攻撃してもらうんなら、やっぱ私は
上げなあかんよねぇ。』
バレー経験のある彼女の過去のポジションは
実はセッターだったが、ブランクがあまりにも
空きすぎていて、本番で2人の足を引っ張って
しまわないかと、不安は過ぎる。
そうなると、やっぱり相談したくなる人物は
只今絶賛活躍中のあの人で、先日のファン感で
落ち込んでいる彼に遠慮の気持ちもあったが、
もう1人の自分の知るセッターは東京にいて、
彼もまた多忙で、頼りになるのはあの人しか
いない。
「そんなん、手取り足取り教えたるわ。」
名前の不安を吹き飛ばす勢いで、その返事
は直ぐに帰ってきた。
代わりに侑のお願いを聞くことを了承すれば、
その話を嗅ぎつけた彼の仲間達も、名前の為なら
と乗り気の様で、何とも豪華な練習時間。
「コイツらも、イベントで教える時の練習に
なるしな。」
明暗の優しい言葉にほろりと涙が出そうになれ
ば、惚れたらあかん!と侑は必死に彼女の目を
覆って、この人危ない大人やからと騒ぎ立てる
侑を明暗は静かに睨む。
おふざけはここまでとなって、練習は真面目に
開始し、そこからは名前の顔付きもしっかり
と変わって、周りもその表情に驚いていた。
「さすが出身校があそこだけあるね。」
「強くねえと、持たねえだろ。」
侑が容赦なく、「それ、アカン。」「ヘタクソ。」と
厳しい罵倒を送っても、集中をした名前は泣き
そうになる素振りも無く、侑の指摘にしっかり
と反応を見せ、寧ろどんどんとその瞳は研ぎ
澄まされていく。
「ちと、マシにはなってきたか…。
名前、その一歩目の判断が遅いねん。」
『はい、すみません!』
「名前ちゃんにあんな顔見せるツムツム
初めて見た。」
木兎も佐久早もその表情には驚きしかなく、
恥ずかしがり屋の泣き虫な彼女しか知らない。
途中の休憩で元に戻る侑を佐久早は、冷たい目
で時折見るのだった。
「あかん!名前に嫌われる思うたら息できん…。」
「じゃあもう少し言葉遣い考えてしろよ。
名前、体勢はもう少し…」
「どさくさに紛れて臣くんが触るなや!」
『皆さんに迷惑かけちゃってすみません。』
「俺達はもうオフの時間だから、大丈夫!」
「ほんま、なんで皆そろそろ帰らんのん?」
ブラックジャッカルのメンバー達は新鮮な彼女
を楽しそうに、そしてその根性に感心する様に、
終わりまであたたかく見届けていた。
「名前、動きがええな。打ちやすいで。」
『ありがとうございます!』
その練習の成果は、本番でもしっかりと活かす事
が出来ていて、得点を決めた北とハイタッチを
したら、彼から嬉しい言葉が降ってきた。
「名前、頑張っとるやん。」
「大きくなって…。」
「いや、子供の運動会か。」
残念ながらその大会の参加を止められてしまっ
た、大耳、赤木は応援に訪れて、同じくその地
に訪れていた尾白も、目頭を押える大耳に笑い
ながら突っ込みを入れる。
そしてその先輩達の横では、本日この場に来れ
なかった侑や角名の代わりに銀島が動画を撮影
していて、もはや子供の運動会だと言われても
否定は出来ないシチュエーション。
セットだけでなく、レシーブもしっかりと滑り
込んで上げて、北がそれを治に繋げると、見事
に勝利を勝ち取り、3人で抱き合う姿は、見て
いると何だか懐かしく感じてしまった。
『治さんのストレート、やっぱり何回見ても
痺れますね。』
「ええよ、もっと惚れとき。名前なら許す。」
「治、もう少しお前の打点高かったやろ。
ちゃんとせえ。」
「いや北さん、俺も一応ブランクあるんで。」
名前が目を輝かせて自分を褒めてくるので、
それに治が目じりを下げて、顔を緩ませている
と、冷静な分析をした北から、相変わらずの
手厳しい発言を食らってしまって、治は自分を
指さしながら、苦笑いを見せる。
『でもやっぱり2人の攻撃は、昔よりも力強く
なってますね。』
治のフォローというわけでもなく、興奮気味に
名前は2人の攻撃を褒め始め、キラキラと純粋
な眼差しを変わらず向けている彼女を見たら、
北も調子が狂うのか、せやな。と満面の笑みを
見せ、次の試合に臨んだ。
最初は順調に勝ち進んでいたが、決勝に近づく
につれ、中には相手の中にも現役の大学生や
自分達の母校のOBがいたりもして、手強くは
なってきていた。
それでも、若さと気合と元強豪の意地で何とか
3人は粘りを見せて、決勝まで辿り着く。
「銀、ちょい…ここに来い!」
「は!?なんで俺!?そこはリベロちゃうん?」
『助っ人お願いします!』
「悪い、俺今日見る専だと思ってジーパンやから
無理やわ。」
「俺は出たらあかんやろ。ほらほらビデオは
代わりに撮ったるから、こっちに貸し。」
「何なん、このお父さんら。」
最後の決勝には、名前よりも体格の大きい男子
学生2人程混ざっていたからか、さすがにハンデ
を軽くして貰う事になり、ジャージ姿の銀島が
1番ここでの服装に適していた為、そこにすぐに
呼び出され、彼は慌ててウォーミングアップを
する。
決勝までにしばらく休憩を貰ったことに感謝を
しながら、軽く話し合いをして、決勝に向けて
の準備は万全。
空になったペットボトルを応援グッズに用いて
赤木は楽しそうに叩き、大耳も声援を送る横で
尾白は笑いながら、ビデオを回す。
他人事だと思ってからに!と怒り出したくなる
銀島だったが、名前と目が合うと、『銀先輩、
お願いしますね!』と久しぶりに耳にする、
懐かしい呼ばれ方とふんわりと笑う笑顔に満更
でも無い気持ちになるのだった。
「可愛ええやろ、惚れんなよ。」
「お前、ほんま身内にも厳しいな。」
「名前来るで、身構えとき。」
『はい、分かりました。』
相手のサーブから始まり、いきなりの助っ人に
慌てていた銀島もコートに立てば、余裕の表情
で名前がトスの上げやすい位置のレシーブを
返す。
『銀先輩、ナイスです!治さん!』
「おっしゃ、任し。」
早速得点はこちらが貰って、次は治のサーブ。
さすがにジャンプサーブは禁止され、柔らかく
も受け辛い位置を狙うが、決勝は一筋縄では
いかない模様。
決勝の相手も自分達と年齢は変わらないくらい
で、名前を狙って打たれてしまったスパイクが、
彼女の頬を掠ると、彼らのスイッチはカチッと
切り替わってしまった。
「おい、こっちは遠慮しとんのに何や。」
「自分より立場弱いもんを狙うんは、気に入らん。
何よりこれは、ふれあいが目的やで?」
『あの、私は全然大丈夫なんで!侑さんの
サーブの流れ弾より、怖いもん無いんで!』
「名前諦め、もう2人の耳には何も入っとらんわ。
現に、焼肉目当てで本気な自分ら棚に上げとる。」
表情が変わった治と北に戸惑いを見せている
と、銀島は呆れて笑いながら名前を宥め、
でも今のは俺もイラッとしたと彼もまた表情を
変えて、そこから春高以来のオーラを纏わせた。
「お、珍しく信介も怒ったな。」
「負けんなよー!」
3人の圧力に慌てて観客席を見上げると、頼り
の先輩達は面白がって野次を飛ばし、ここは
もう、素直にトスを上げるしかない。
その球、俺に寄越せや?
無言の要求には名前も頷いてしっかりと答え、
そこからは、ハンデのルールはきちんと守り
ながらも自分達の実力をはっきりと見せつける。
見事に優勝を勝ち取った彼らは、清々とした
表情で勝利を喜んで、最後の攻撃は気持ちいい
くらいにタイミングが決まったからか、名前も
そこには達成感があった。
「ほんま、よお上げたな!」
「俺ら、息ピッタリやったな。」
「ほんま、練習頑張ったな。」
銀島が驚きながら掛けた褒め言葉も、嬉しそう
に笑う治の言葉も、そしてその努力を認めて
くれる北の言葉も、どれも耳にするとくすぐ
ったくて、名前はわしゃわしゃと頭を撫でられ
ながら、照れ臭そうに笑う。
久しぶりのその勝利の喜びは驚く程に心地よく、
何度味わっても幸せな気持ちになり、彼女は
このメンバーが大好きだと、彼女は改めて思う
のだった。
「名前、お礼はデートでええからな。」
「は?なんの事や。」
「あ?特訓に付き合ったんは俺やし。」
「せやから、ツムはあかん言うたのに。」
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