遠距離恋愛



夢か現実か、はっきりとまだ判断がつかないまま、
彼女は彼の頬に触れていると、彼は愛しそうに
笑顔を見せていた。

「そんな事したって、どこにも行かないよ。」

角名はその手を取って優しく握り締め、自分の額
を名前の額へとこつんと寄り添わせ、自分の熱を
しっかりと彼女に伝える。

『ちゃんと、本物やぁ。』

嬉し涙をほろりと流して、顔を緩ませる名前を
目にしたら、その愛しさはより増していくばかり
で、ゆっくり唇と唇を重ね、抱き締めた。

「だから、本物だってば。」

彼もまた彼女の存在をしっかりと確かめて。

名前が大学を卒業してから時は経ち、角名の想い
は通じて、名前と惹かれ合い、邪魔者達からは
何とか潜り抜け、晴れて角名と名前は結ばれた。

しかし、角名の所属するチームと名前の働く場所
とは距離があり、なかなか治が戦力的な意味で
彼女を手放すはずが無く、会える時間は限られ、
2ヶ月に1回会うことが出来ればマシな方。

しかし、信頼し合う2人だからこそ、そこの間に
亀裂が入ることも無く、交際は順調だった。

『また、会うのは来月ですよね。』

「名前、寂しくない?」

『正直、ちょっぴり寂しいです。』

「じゃあ、ちょっと待ってて。」

長続きの秘訣は、素直に気持ちを伝えること。
会えない事を全く寂しくないと言えば、それは
もちろん嘘になってしまう。

何気ない夜に彼と電話をすれば、よりいっそう
彼が恋しくなり、電話中に恋人に思いを馳せて
いる時、彼の待っててと言う意味が分からない
まま電話は切られ、そのすぐ後に彼女の家の
インターホンが突然鳴った。

すると名前は玄関先の思いがけない人物を見て
固まり、角名は、そのリアクションを面白がり
ながら、彼女に微笑みを向ける。

「寂しいって言うから、来ちゃった。」

本物だと実感できないまま、名前はすぐに角名
の頬に触れていた。

『突然やから、ビックリしました。』

名前は彼のコートを預かりながら自宅に招き入れ、
それをハンガーに掛ければ、少し拗ねた様子で
口を尖らせる。

すっかり夜道で冷えきった彼にコーヒーをいれて、
言ってくれたら迎えに行ったのにと言いながら、
ソファに座る彼の横に彼女も腰を掛けた。

「うん、こっちでのイベントが急遽決まったから
言うのが遅くなったんだよね。せっかくだから、
練習終わってから、前倒しで来てみた。
名前、明日はゆっくりするって言ってたし。」

嫌だった?と聞かれてしまえば、今すぐにでも
会いたかった彼女は、ブンブンと必死に振る
しか無くて、彼女のそんなわかり易い返事も
角名は安易に想像付くのか、肩を揺らして笑う。

「名前はやっぱり、可愛いね。」

『倫太郎さんはまたそう意地悪言うて。』

「ごめんごめん。」

『…でも、嬉しい意地悪です。』

彼女に自分の名前を呼ばれることには、最初は
嬉しさから頭はショート仕掛けたが、今は大分
慣れてきた。

昔はこっちの方が目をどこに向けるのが正解
なのか困っていたはずなのに、立場はいつの間
にか逆転をして、視線を合わせずに照れ臭そう
に正直に吐く彼女が愛くるしく、角名は堪らず
また彼女の頬に両手で触れる。

「名前のその顔、やっぱ好き。」

『嫌や、絶対変な顔してますもん。』

「名前、敬語。」

『うぅ…、倫太郎はほんま意地悪や。』

「嬉しい意地悪なんでしょ?ってゆうか、
そっちこそ呼び捨ては狡いって。」

名前の視線を捉えることが容易い行為に変わり、
そのまままた彼女に優しいキスを落とすと、
昔と変わらない恥ずかしがり屋の彼女は顔を
紅潮させ、ゆらりと瞳は動いている。

「名前、大好きだよ。」

自分の素直な気持ちもしっかりと彼女に伝え、
角名は自分だけにしか見せないその表情に目を
細め、そこからは、彼女はすっかり彼に甘やか
されて蕩けてしまう一夜を過ごす事となった。

小鳥のさえずりと共に眩しく照らしてくる朝日 と、ご飯の炊けた香りが漂う、それはとても
穏やかな朝。

隣にいた温もりが消えている事に、すこしだけ
寂しさを感じていると、何かが焼ける音に耳を
澄ませ、その寂しさは不思議と消えていった。

この香りは鮭か?とぼんやり頭が働き始める頃
に、大好きな声が、角名の鼓膜と身体を揺すり、
満たされる気持ちの方がどんどん勝っていく。

『倫太郎さん、そろそろ起きないと。』

「んー、もうちょっと。」

本当はその声でとっくに目は覚めているのだが、
自分も今は名前に甘えたいので、態と寝惚けた
振りをして見せ、自分を撫でてくるその優しい
手が愛しい。

そして、名前の手を引いて抱き心地の良さから
彼女がそばに居ると実感をして、幸せのため息
が漏れ、彼女もそれに応える様に彼の胸にそっと
手を添えていた。

「もう少しぎゅってしてもいい?」

『私もしときたいけど、そろそろ時間やろ?
はよせんと、ご飯も冷めるよ?』

「ん、ちゃんと起きる。名前がせっかく 作って
くれてるんだし。」

彼女を自分の腕の中から名残惜しそうに解放を
して、むくりと起きて背を伸ばす。
そして両手を合わせ、久しぶりに口にするその
豪華な朝食に、角名は身体だけでは無く、自然
と心も温まっている気がしていた。

「全部、美味しい。」

『ふふっ、倫太郎さんのお口にあって良かった。
治さん所で頑張っとる甲斐があるわ。
あと北さんのお米のおかげもあります。』

「ここだけは、治と北さんに感謝だね。」

角名の褒め言葉を何処かくすぐったく感じながら、
名前も久しぶりに大好きな人と向かい合って摂る
朝食に、幸せを感じていた。

美味しそうに自分の作ったものを口にする彼を
見ていたら、少しだけ料理にも自信がついた
気分になって、今度は何を作ってあげようかと
ついつい考えてしまう。

『ここには、いつまでおるの?』

「明日には帰る予定なんだけど、実はまだホテル
は押さえてなくて。」

『せやったら、またウチに泊まって帰る?』

「そう言ってくれるかなって期待してた。」

『もう、ほんまにいきなしなんやから。』

角名の無茶なお願いも困った顔で笑う彼女は、
決して嫌そうな顔はしておらず、寧ろほんの少し
嬉しそうに口元を緩ませているので、角名は
まずその表情に安心をした。

「実は、ちょっとダメ元覚悟でお願いを聞いて
貰えるかなと思って。」

『ん、お願い事?』

「おかえりなさいって、名前の口から聞きたく
なった。」

角名が首を傾けてでも真剣な眼差しで言ったその
お願いに、名前はきょとんとした顔を見せたと
思いきや、なんとなく、それが夫婦の真似事
みたいだと思い、恥ずかしくなってきたのか、
みるみる茹でダコ状態に。

角名は目の前であたふたと表情を変えながら、
最終的にはこくんと言葉で返さず頷いて返事を
する名前を見ながら、「あ、面白い反応。」と
心の中で思い、そのまま彼女お手製のだし巻き
玉子を口にしていた。

『ご飯は食べて帰るん?』

「いや名前の作ったもの食べたいから、終わったら
真っ直ぐこっちに帰るよ。」

『はい、わかりました。せやったら、晩御飯
のリクエストをしてください。』

「それなら名前で。」

『それ、リクエストにならへん!』

「冗談だって、それじゃあ鯖の味噌煮が食べたい
かも。」

『うん、お任せ下さいな!』

忘れ物が無いかチェックをしながら、角名の
帰宅後のリクエストもしっかりと聞いて、それ
に満足した名前は張り切った様子で、玄関先で
彼を見送ろうとした。

『おかえりなさいの前に言わんとあかんこと
があったね。』

「言わないといけないこと?」

このまま角名が扉を開けようとした時、彼女は
何かを思い出した様にそう言い出したので、
思い当たる事が浮かばなかった彼は、不思議
そうに首を傾げると、彼女に向かい合わせに
させられた。

『ちょっとだけ、膝を曲げて貰えますか?』

「ん、こう?」

角名が名前の言われた通りに屈むと、彼女は
ひょいっと逆に背伸びをして、彼女の唇と角名
の唇は優しく触れて、はにかんだ笑顔を名前は
角名に見せていた。

『行ってらっしゃい、倫太郎。』

ほんのり顔を赤く染めている、初めて彼女から
自分にしてくれた行為に、嬉しさから彼の思考
はもちろん停止。

「ああ、もう、名前、好き。」

昔なら、このまま気を失って倒れ込んでいたが、
それから何とか成長した今、言葉は途切れ途切れ
でもちゃんと返事をして、名前の肩に顔を埋めて
いても、地に足をつけている自分を褒め讃えたい。

彼は『おかえりなさい』とまた笑顔で自分を迎えて
くれる名前の姿を楽しみにしながら、重たく感じて
しまう玄関の扉をゆっくりと開いた。

一緒に暮らすことをその時はっきりと決意して。








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