ディナーデートは
「景光くんごめん…!」
本当は定時で上がって景光くんとご飯に行く筈が突発的な残業が発生して1時間が経とうとした頃、あまりにも鳴り響くバイブレーションに先輩達から追い出されてしまった。
確かに粗方片付いてきてはいたが途中で自分だけ抜ける事に対して申し訳ない気持ちと、連絡もなしに待たせてしまった気持ちがごちゃ混ぜになりながらエレベーターで手短に【ごめん残業。今から向かう】とだけ送信し駅まで足をフル回転させ、見つけた瞬間頭をこれでもかと下げる。
「なまえ、顔上げて…?ああほら、折角の可愛い頭がぐちゃぐちゃだ…」
手袋を外して折角景光くんが可愛くセットしてくれのに最後の最後で見出してしまった頭髪をサッと整えてくれる。触れる指先と降りてくる声はどこまでも優しくて、寒さも相まって鼻の先がツンとする。
「ごめ、景光くん、急に残業になっちゃって…ううん、ごめん、寒かったよね…?本当にごめん…!」
「残業だろうなって思ってたから大丈夫…それに丁度近くの本屋さん気になってて見に行けたから。おつかれさま。」
「…ごめんねぇ、ありがとう景光くん…!」
「はい…これで大丈夫。どこ行こうか…?」
「ありがとう景光くん!あ、あのね近くに海鮮鍋が美味しいお店があるんだって!会社の人に教えてもらってそこに行きたいなぁ…て思ってるんだけど…」
「いいね、そこにしよう。案内してくれる?」
「…うん!」
冷え切った彼女の指先を暖めるようにぎゅうっと握り締め寄り添いながら歩く。
急な残業とはいえ連絡出来なかった事をしきりに謝る彼女に大丈夫だよ、と返しながら赤くなった鼻を気にする彼女を横目で見つめる。
定時の時間に連絡がなかったので心配にはなったが位置情報は会社から動かずにいたし音声は慌ただしいオフィスで彼女の声も時折聞こえた。
景光くんは私の事なんでもわかるんだねぇ、すごいね!と目を輝かせて言う彼女に、なまえの事、大好きだからね、と微笑む。
こんな物なくてもオレはなまえの事が大好きだし何でもわかっているけど、離れているとわからない事もあるし何かあったら不安なんて言葉じゃ済ませられない。勿論悪用なんてしないし残業に駆け回る家では聞けない凛としたなまえの声を聞きながらなまえを待てるなんて幸せな時間でしかない。そっと遠慮がちに擦り寄ってくる彼女の手に少し力を込めて握り返す。
幸せそうに微笑む彼女を見ながら、もう少し音声収集の感度を上げておくか…?と考えながら彼女おすすめのお店へと到着する。
「うわぁ…!良い匂い!」
「うん、楽しみだね」
「ね!」
今は嬉しそうに海鮮鍋を選ぶ彼女に集中しよう。
end.