風邪
寒い。
寒すぎて頭が 寒い に占拠される。急に寒くなりすぎだろう。寒さに震える体に鞭を打ちながら何とか帰宅する。暖房をつけて炬燵に滑り込んでも寒い。やっと連勤が終わったというのに何という仕打ちだ。寒さで鼻水も止まらずティッシュが手放せない。
「なまえ?どうし、?!」
自室で仕事をしていた景光くんが出てきたが言葉が途切れる。
余談だが彼が自室で仕事をしている時は終わるまで声を掛けない。終わればおかえり、と柔らかい笑顔で出てくる景光くんが好きだ。でも今日はすごく焦った顔をしている。どうしたんだろう。
バタバタと薬箱から体温計やら冷却シートやらを取り出し私をベッドに移してから名残惜しそうな顔で今度はキッチンでバタバタと何かを作っている。あ、おでこきもちー…ウトウトと瞼が落ちかける頃柔らかな声で引き戻される。
「なまえ、ごめんね。寝る前に食べられるだけ食べて…?」
ふわ、と漂う匂い。景光くんに目を向けるとその手にはお粥。切り刻んだ野菜が入っていて薄味のやつ。体調が悪い時や食欲がない時でも彼が作ってくれるこれだけは不思議と食べられる。
「景光くん、お仕事、おつかれさま」
「ありがとうなまえ…すぐに気付けなくてごめん…」
熱上がってる、と掌で額を包みながらいつもの柔らかいのとは違う悲しそうな笑顔。
「どしたの、景光くん…?」
「…いや、何でもない。ほら、ちょっとでもいいから、食べて?」
連勤による疲労と急激な気温の変化で風邪を引いていた事に気付かなかった。いくら疲れていたとは言え不甲斐ない。景光くんからお碗を受け取り完食する。
「飲み物取ってくるから少し待ってて」
「…もうちょっとだけ、ここ、いて…」
「…うん。喉乾いたら言ってね?」
「ん、ありがと、景光くん」
ぬるくなった冷却シートを取り替えてくれると、そっと手を包まれる。大きくて、少し細いけどゴツゴツしていて、ひんやりとする景光くんの手。つめたくてきもちいい…けどあったかいなぁ…
*
スヤスヤと眠る彼女の横顔に安堵する。きっと連勤と急激な気温の変化による体調不良だろう。
帰宅したのはわかっていたが、オレが仕事中の時はそのままリビングで寛ぎオレが声を掛けると待ってましたの言わんばかりの弾ける笑顔で駆け寄ってくる。静かなのはいつもの事だが今日は物音すらしない事に不安になり仕事を切り上げてリビングの扉を開けるとグッタリと炬燵で丸まっていた。
連勤、気温の変化。わかっていた筈なのにすぐに気付けなかった己を憾むも、表情に出てしまっていたのか彼女に要らぬ心配をかけてしまう始末。
理由まではわからずとも人の気持ちの変化に聡い彼女は自分の体調よりもオレを気遣う。更に情けなく思うもこれ以上は弱っている彼女には必要ない。お粥を完食し少し顔色が良くなった彼女に飲み物を、と立ち上ろうとすると弱々しく、けれど、少し甘い声で懇願される。そんな彼女の手を振り払う気持ちはなくきゅ、と握り返す。
今日はシチューを用意していたけどそれはまた明日。元気になった彼女と一緒に。
きゅ、と小さく握り返された手に唇を寄せ、オレも寝よう、と布団をそっと捲り上げ静かに彼女の横に並ぶ。
おやすみ、なまえ。明日は笑顔でおはようの挨拶が出来ますように。
end.