つぶやきの部屋

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2025/05/13 19:40

愛しい彼女ために、報復を
※乱暴な表現があります。直接的な表現はありませんが、そういった行為を匂わせる描写があります。続くかどうかは知らん。※

『監督生は男女の力の差を思い知る』の続きみたいなもの

ゲラゲラと笑いながら空き教室から出て行った男子生徒達を追いかける気力なんて無かった。彼らのスマホで撮影された自身のあられもない姿をネットに公開されたくなければ、今日の出来事は誰にも言うなと笑っていた男子生徒達の顔を思い出して乾いた笑いが零れた。

「はは、人に言われたらマズい事してる自覚はあるんだ」

そう吐き捨てた監督生の瞳から涙が零れて落ちる。何度も声を上げて、何度も抵抗をして。それでもその度に大きな手で口をふさがれ、無理やりソレを押し込まれた。体に残った手の跡は器用に魔法で消されてしまい、証拠は何も残っていない。

埃まみれの床に横たわり、先程まで行われていた行為から目を逸らす。お腹の奥から何かが込み上げてくる感覚がして、数度咳き込む。強烈な吐き気と倦怠感。体が痛むのか、心が痛んでいるのかは分からない。

「なんで、わたしが」

目が覚めたら知らない世界だった。つい数時間前まで一緒にいたはずの家族や友人と会うことは叶わない。どうして、なんで、かえりたい、さみしい。そんなことを考える暇も無いほどに、色々なことが起こっていた。だから、考えずに済んでいたのだろうか。

それとも、考えたくなくて色々なことに首を突っ込んでいたのだろうか。呆然と横たわりながらこの世界に来てからのことを思い返す。どうして私がこんな目に遭わなければいけないの。どうして私はこの世界に来てしまったの。どうしたら帰れるの。どうして帰る手段が見つからないの。

「もう、やだ」

もう、頑張れる気がしなかった。いつ帰れるか分からない、そもそも帰れるのかも分からない。先生達だって、きっと面倒ごとが舞い込んできたと思ってる。頭をよぎるのは、そんなマイナスな考えばかりで息が苦しい。頬を伝っていた涙の粒が徐々に大きくなって、ぽたりぽたりと落ちる。

静かに目を閉じた監督生が次に目を覚ますと、何度か来たことのあるスカラビア寮の部屋だった。何度か瞬きを繰り返して、ゆっくりと体を起こすと扉が開いて、ジャミルが顔を覗かせた。

「起きたか」
「せん、ぱい」
「気分はどうだ?」
「…へいき、です」
「そうか。喉が渇いただろう、今水を持ってくる」

顔を覗かせたジャミルがそう告げて扉を閉める。少しして水の入ったグラスを持って戻ってきたジャミルが、それを差し出すけれど監督生は受け取らなかった。ふるふると首を横に振って小さな声でいらない、と呟いた監督生にジャミルは少し考えるような素振りを見せてからサイドテーブルにグラスを置いた。

「ここに置いておく。飲みたくなったら飲め」
「…はい」

サイドテーブルにグラスを置くために、監督生との距離を一歩詰めた瞬間に監督生の表情に影が落ちた。そのことにジャミルが気付かないはずも無かった。何があったのか、どうして使われていない空き教室にいたのか。聞きたいことは山ほどあったが、監督生の表情を見て踏みとどまった。聞いてはいけない、そんな気がした。

言葉に詰まるジャミルに監督生が「ご迷惑おかけしました。オンボロ寮に戻ります。すみません」と頭を下げて部屋を出て行こうとする。引き止めようと伸ばした手は、恐怖を宿した瞳と冷え切った小さな手に振り払われた。驚きで目を見開くジャミルに監督生の表情が真っ青になる。

「ぁ…っ、ごめ、なさ…っ、」
「監督生?」
「ひゅ、ぅ…っ、ごめ、なさい…ごめんなさい、ごめ…っけほ、」
「おい、落ち着け。監督生、大丈夫だから」

かたかたと震えながらしゃがみ込んだ監督生がひゅうひゅうと不自然な呼吸を繰り返す。背中を擦ってやろうと伸ばした手に必要以上に怯えて、何度も謝罪を繰り返す姿にジャミルの手が宙を彷徨う。ぽろぽろと涙を流しながら必死に謝る姿を見て、ジャミルの頭をよぎったのは最悪の出来事だった。

だが、それを言葉にすることは監督生の心を深く傷つけることになりかねない。とは言え、荒い呼吸を繰り返してパニックになりかけている監督生をこのままにしておくこともできなかった。少しでも触れようと手を伸ばそうものならビクリと肩を揺らして怯える監督生に一度手を引っ込めたジャミルだったが、再度手を伸ばして監督生を抱き寄せた。

華奢な体が必死に逃れようと抵抗を繰り返して、悲鳴にも似た震える声が嫌だ、やめて、たすけて、と何度も繰り返す。背中を撫でて、何度も名前を呼び、根気強く声をかけ続ければ、少しずつ抵抗が弱まっていく。

「大丈夫だ。何もしない、ゆっくり息をしろ。大丈夫、大丈夫だから」
「じゃ、みる、せんぱい」
「ああ、そうだ。ゆっくり息をしろ、そう…上手だ、偉いな」

背中を撫でて、声をかけて、なるべく視線を合わせるように顔を覗き込む。目の前にいるのは監督生に危害を加える男ではないのだと、理解させるために。恐怖に怯えていた瞳がジャミルを捉えて、少しづつ呼吸が落ち着いていく。

けほけほと咳き込む監督生の背中をそっと撫でてやれば、くたりと体が凭れかかってくる。聞いても良いものなのか、聞かずに知らないフリをした方が良いのか。もしもジャミルが考えていることが真実だとすれば大問題だ。

生徒同士で解決できる問題ではないし、監督生のメンタルケアだって当然必要になる。そしてそれも、専門家の知識や指導が必要になる。このまま見ないフリをするにしては、あまりにも事が事だった。

「監督生、聞いても良いか?」
「やっぱり、そうなりますよね。あ、はは…ほんと、ぜんぜん、大したことじゃないんですよ。ほんと、本当に…ごめんなさい、私が、犬に噛まれたとでも思ってサッと流せばいいだけなんで、嫌な思いさせて、ごめんなさい」

つらつらと、まるで自分に言い聞かせるように言葉を並べる監督生があまりにも痛々しかった。口元はへらりと笑みを浮かべていても、震える指先と揺れる瞳は誤魔化せない。下手くそな笑い方をする監督生の頬を両手で包み込んで無理やり視線を合わせたジャミルはゆっくりと口を開いた。

「君が、どう思っているのかを聞いているんだ。他の人がどうとか、一般論を聞いているんじゃない。痛みの感じ方は人それぞれだと、俺に言ったのは君だろ」
「じゃみる、せんぱい、」
「何があったのか、俺に教えてくれるか?」

ぽろ、と零れた涙を皮切りに監督生が事の経緯を話し出す。眉間に皺を寄せて、何度も咳き込んで、言葉を詰まらせながら話す姿にジャミルの腸は煮えくり返った。魔法も使えない、か弱い女一人を相手に集団で押さえ込んで乱暴をするなんて到底許される行為では無い。

まして、その行為の目的が己の欲を満たす為では無く、監督生の心を折る為だなんて、非道にも程がある。嫌なことを聞かせてごめんなさい、面倒事に巻き込んでごめんなさい、と。何度も謝る監督生を、ジャミルは堪らず抱き締めた。

「話したくない事だろうに、話してくれてありがとう。後は俺が何とかする。もう大丈夫だからな」

縋るように背中に回ってきた監督生の手に力が入る。しがみついて、わんわん声を上げて泣きじゃくる監督生を抱き締めながらジャミルは静かに思考を巡らせた。監督生に手を上げたこと、これほどまでに傷を付けたこと、死んだ方がマシだと後悔させてやる為に。

泣き疲れて眠った監督生をゆっくりとベッドに下ろし、スマホを取り出したジャミルは真っ暗な画面に反射する自分の表情を見て、自嘲した。監督生が寝ていて良かった。こんな怖い顔、監督生が見たらまた怯えてしまうだろうから、と。




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