つぶやきの部屋
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2025/05/13 23:30
きっとこの先何度でも思い出す
※乱暴な表現があります。直接的な表現はありませんが、そういった行為を匂わせる描写があります。続くかどうかは知らん。※
『愛しい彼女ために、報復を』の続きみたいなもの
事の経緯を知ってからのジャミルの行動は早かった。監督生の許可を得た上でクルーウェルに話を通し、監督生の体に残った魔力の痕跡から傷跡を消した男を特定。その男から芋づる式に例の件に関わった人間を全員もれなく特定した。
そして、例の件には関わらずとも監督生へのイジメに加担していた人間についても片っ端から特定し、クルーウェルの目の前に引きずり出した。当然、己のクラスの生徒に手を上げられたとなればクルーウェルの怒りも買うことになる。
ジャミルの目論見通り、クルーウェルの怒りを買った生徒達はこっぴどく叱られ、表向きは校則違反による無期限の停学処分という形で罰せられた。何も知らない人からすればただの停学処分だが、多少なりとも監督生へのイジメに対して自覚のあった人にとっては良い抑止欲になったようでぱったりとイジメ行為は無くなった。
監督生には専門家によるカウンセリングとアフターケアが行われたが、どれも効果は芳しくなくクルーウェルと始めとする教師陣は頭を悩ませた。如何せんナイトレイブンカレッジは男子校だ。女子生徒への扱いに長けているはずも無く、どうしたら良いものかと対応に困ってしまっているのが現状だった。
「という訳で、頼みましたよ!」
「どの辺がという訳でなんですか」
華麗にサムズアップをした学園長にジャミルがげんなりとしながら返すが、適任と言えば適任だった。学園内で教師陣を除けば、今回の件に関わっている唯一の生徒であり、監督生が全てを語ったのはジャミルにのみである。つまりは専門家相手よりも、ジャミル相手の方が監督生も安心できるのではないか、というのが学園長の考えだった。
「彼女も君には心を許しているようですし、我々大人よりも歳の近い君の方が気持ちに寄り添えるでしょう」
「それはまぁ…一理ありますけど、そもそも俺は男ですよ。彼女の痛みに寄り添えるかどうかと言われると自信はありません」
「まあそのあたりは何とかなるでしょう。大丈夫ですよ、多分!」
再び華麗にサムズアップをした学園長に、今度は隠しもせずため息を吐く。とは言え、どれだけカウンセリングを受けても一向に効果が現れる様子が無く、日に日に諦めたように笑う監督生を見るのはジャミルとしても心苦しい。その上、一度あんな風に縋られてしまったら手を差し伸べたいと思ってしまうのも当然だった。
「という訳で、今日から君のカウンセリングは俺が担当することになった」
「…ジャミル先輩が、ですか…?」
「ああ。だが俺は専門じゃない。何が正解かは分からないから、不快だと思ったらすぐにクビにしてくれ」
「クビって…ふふ、わかりました。クビにしないように、がんばります」
「どんな頑張り方だ」
きょとんと首を傾げた監督生だったが、すぐに頬を緩めてクスクスと笑い出す。聞いていた話ほどカウンセリングの効果が無いようには見えなかったが、ジャミルのちょっとした動きや言葉に微かにだが反応を見せるあたりはトラウマになっているのかもしれない。
嫌なことほどふとした瞬間に思い出してしまう。思い出させないようにしようとすればする程、それはきっと逆効果だ。思い出してしまうものはどうしようも無い。思い出しても、上書きできる何かがあれば良い。下手に気を使ったりするのも逆効果で、いつも通りに接することが一番だ。
「監督生、一緒に料理でもしようか」
「えっ、料理ですか…?」
「前食べたカレー、美味いって言ってただろ」
「おっきな豆がごろごろ入ってるやつ?」
「ああ。それから監督生の好きなココナッツのジュースも作ろうか」
「!ほんとですか…?」
「ずっと部屋にいるのも退屈だろう。ほら、おいで」
花より団子の監督生には魅力的な誘いだったようで、パッと表情が輝いたのがハッキリと分かった。楽しみです、と言わんばかりの表情に釣られるようにジャミルの表情もふっと緩む。ぺたりとラグの上に座っていた監督生の前に立って手を差し伸べたジャミルだったが、真っ青な顔をする監督生を見てしまった、と思った。
上から見下ろされただけではなく、上から手を差し伸べられるのは今の監督生にとってはフラッシュバックの要因だ。きゅっと唇を噛み締めて今にも泣きそうな顔で必死に耐える監督生の姿に、ジャミルはすぐに手を引っ込める。それから監督生の前にスッと膝を着いてしゃがみ込み、手のひらを上に向けて監督生へと差し出した。
「悪い、驚かせたな。一緒に行こう、立てるか?」
「わ、たしこそ…ごめんなさい、ジャミル先輩は、そんなこと絶対しないって、わかってるんです…!ほんとに…っ、嘘じゃないんです…!」
「大丈夫、分かってるよ。でも、分かってても心と体は別物だ。君の怖いという気持ちに嘘をつかなくていい。ゆっくり慣れていけばいいさ」
はくはく、と口を開いたり閉じたりしながら必死に縋り付いてくる監督生の頭をゆっくり撫でて視線を合わせる。焦る必要は無い、ゆっくりでいい。一日や二日で消えるような生半可な傷で無いことは分かっている。
怖いものは怖い、嫌なものは嫌。それを口に出せることと、口に出すことで相手がそれを受け入れてくれること。それを監督生にはもう一度分かってもらう必要があった。その感情を殺させてはいけない、諦めさせてはいけない、とジャミルは思っていたから。
「怖くて俺の手に触れたくなければそれでいい。その程度で嫌いになったりしないよ」
「〜〜ッ、いやじゃないんです…!ただ、その…っ、ちょっ、とだけ、じかんを…もらっても、いい…です、か…?」
「ああ、勿論。いくらでも待つさ」
手のひらを上に向けて監督生に差し出したままじっと待つ。ゆっくりと、時間をかけてその手のひらに自分の手を重ねた監督生がきゅっと手を握る。それから大きく息を吸って、吐いて、もう一度吸って、吐く。大きく、ゆっくり、一回だけ瞬きをしてから安心したようにほう、と息を吐いた監督生がジャミルを見る。
「こわく、なかった、です」
「それは良かった。さあ、立てるか?」
「は、はい…!」
一歩前進、と言うべきだろうか。自分から手を繋いでジャミルの横を歩く監督生の姿にジャミルは頬を緩ませずにはいられなかった。これから先、幾度となくあの日の出来事を思い出して苦しくなる日がやってくる。
それでも、その時に思い出して、ほんの少しでも心が軽くなるような思い出が出来ればいい。あわよくば、その思い出にジャミル自身がいられれば、なんて。
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