つぶやきの部屋
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2025/04/13 23:20
海の魔女は慈悲深い
あ、と思った時には遅かった。
頭を庇うように手を当てたけれど、効果があるのか無いのか。ゴロゴロとスタントマンさながらに階段を転げ落ちた監督生に、たまたま居合わせたアズールはヒュッと息を飲んだ。
「監督生さん!?」
「…あ、ずーるせんぱい、」
慌てて駆け寄って地面に転がる体を抱き起こす。頭を打ったことで脳震盪を起こしているのか、視点は定まらずレスポンスは遅い。視界に入った足首は酷く腫れ上がっていて良くて捻挫、下手をすれば骨が折れているかもしれない。
「何をしてるんですか貴方は…!少し揺れますよ」
「…つぶれ、ますよ」
「貴方一人くらい余裕で抱えられますが?…というかこの状況でよくそんなふざけた事が言えますね?」
アズールがなるべく揺らさないように、と監督生を抱きあげれば、監督生はへらりと笑っていつものような軽口を叩く。それでも顔色の悪さから、強がりだと言うことはすぐに分かった。
保健室へと運び込まれ、あれよあれよという間に意識を失い、目が覚めると日が暮れていた監督生がベッドの横に座って本を読むアズールを見て目を丸くした。
「あずーるせんぱい、」
「ああ、目が覚めましたか。具合はどうです?」
「すこぶる良いです」
「それは良かった。起き上がれますか?」
「……あずーるせんぱい、暇なんですか?」
「引っぱたきますよ」
「冗談です。ありがとうございます」
甲斐甲斐しく面倒を見てくれるアズールに驚きながらもお礼を言えば、ニッコリと綺麗な顔で微笑まれる。ぞわりと背筋を這った不気味な感覚に表情を引き攣らせずにはいられない。
「ところで監督生さん、一つ宜しいですか?」
「は、はい…」
「貴方を階段から突き落とした人物に心当たりは?」
「ひえっ…や、やっぱり気付いてらっしゃる…」
「やっぱり、という事は分かっていて泳がせてたんですか」
「あ、や…まさかこうなるとは思ってなかったっていうか…なんて言うか…あはは…」
数日前から『学校を辞めなければ酷い目に遭う』と脅迫まがいの手紙を貰っていたのは事実だった。そして、その手紙をただのイタズラだろうと思って相手にしなかったのも事実。その結果がこれである。
監督生としては申し訳ない、と言うよりも自分の情けなさに涙が出そうだった。結果的にアズールに助けてもらい、貴重な彼の時間を奪っている。
「すみま、」
「貴方がもっと早く、僕に相談してくれていたら犯人の男達に交渉…ごほん、お話が出来ていたのに」
「…そうですね。アズール先輩のコレクション集めに一役変えたかもしれなかったのにチャンスを棒に振ったということですか」
「おや、誰もそんなこと言ってないでしょう」
「言ってるようなものですよ」
心配してくれたのかと期待して損をした。まあただの一ミリも心配の心がなかったとは思っていないけれど、限りなく心配の心はゼロに近そうだ。
その後、監督生を階段から突き落とした犯人はモストロラウンジで半年間無償で働くことと引き換えに退学を免れたと風の噂で聞くことになるが、嘘か誠かは神のみぞ知るらしい。
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