つぶやきの部屋

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2025/04/18 12:10

アズール先輩と契約交際する話
「アズール先輩、私と付き合ってください」
「は?」

日頃から予測できない突飛な発言をする人だと認識していたがここまで意味が分からないとは思わなかった、と後にアズールはそう語る。

事の始まりは他学年の男子生徒に監督生が告白されたこと。何度断ってもお試しでいいから、1週間でいいから、好きな人がいないならちょっとだけ。そんな強引な誘いに苛立った監督生が啖呵を切ってしまった。

「好きな人も恋人もいるんで、辞めてもらっていいですか」

そこまで言ってからやっちまった、と思ったが時すでに遅し。驚いた顔をした男子生徒はたちまち眉間にシワを寄せて苛立たしげに舌を打つ。

「誰?」
「はい?」
「その好きなやつって誰?」
「いや何で言わなきゃいけないんですか…」
「恋人がいるなら最初から言えよ」
「それは、すみませんでした」
「どうせ嘘だろ。本当にいるなら連れてこいよ」

や、やっちまった〜〜〜!!!と、全く同じ感想を再び抱いてしまった。売り言葉に買い言葉。あまりのしつこさに苛立っていたこともあって、口をついて出てしまったが今この場を切り抜けるには大層不適切だった。とは言え、覆水は盆に返らない。了承せざるを得なかった。

「『わかりました。じゃあ明日のこの時間にここに連れてきます』って言っちゃったんですよね」
「言っちゃったんですよね、じゃないですよ」
「だから、付き合ってるフリをして欲しいんです。アズール先輩の大好きな契約ですよ」

一連の流れを聞いて盛大なため息を吐いたアズールにあはは、と笑った監督生が再び冒頭のセリフを口にする。当然はいそうですか、と素直にそれを了承する訳も無いアズールが首を傾げて監督生を見た。

「そもそも、どうしてそれを僕に言うんですか」
「アズール先輩が一番適任だと思ったからです」
「それはどう言う…?」

しつこい男子生徒に恋人がいることを信じて貰うためには、その場を上手く切り抜けられる演技力が必要。そして、男子生徒に完全に諦めて貰うためには、その辺の男では到底足りない。寮長クラス、もしくは学園内でも目立つ部類の人でなければならない。

「それに、アズール先輩なら他の人に何で監督生と付き合ってるんだって聞かれても色んな理由が付けられるでしょう」

身よりの無い監督生を哀れに思い帰る場所を与えた、とか。全く魔力の無い監督生が今後の自分に役立つ存在だと思ったから手駒として手元に置いている、とか。

付き合っている、ということが学園内に知れてもアズールなら上手いこと切り抜けてくれるだろうと思ったのが、アズールを選んだ大きな理由だ。

「僕のことをなんだと思ってるんですか」
「…悪徳業者?」
「はっ倒しますよ」
「うそうそ。ごめんなさい、冗談です」

心外だ、とでも言いたげな顔をするアズールにくすくす楽しそうに笑いながら両手を合わせた監督生だったが、すぐに肩を竦めて困ったように眉を下げて笑う。

「ダメならダメでいいです。とりあえずあっちの言う通り1週間お付き合いして、それから考えます」

半ば諦めたような、自嘲めいた笑みにアズールの眉がぴくりと動く。そこまでしつこい男の言うままに1週間だけ付き合ったとして、それで本当に満足してもらえると思っているのだろうか。男子校であるナイトレイブンカレッジで、唯一の、たった一人の女子学生。一度手に入れた、そんな貴重なお宝をみすみす手放すような男とは思えない。

「……はぁ、分かりました。付き合っているフリ、でいいんですよね」
「!本当ですか!?」
「その代わり、相応の対価は支払って頂きますよ」
「勿論です!私に出来ることなら何でもします」
「何でも、ですか。では、契約成立ですね」

ニコリと微笑んだアズールにホッと胸を撫で下ろした監督生は、翌日意気揚々と男子生徒の前に現れた。仲良く手を繋いで現れたアズールと監督生に男子生徒の目が見開かれる。まさか、オクタヴィネル寮長のアズールがやってくるなんて夢にも思っていなかった。

「という事で、私の恋人のアズール先輩です」
「僕の彼女が随分とご迷惑をおかけしたそうで、申し訳ありません」

にっこりと笑って繋いだ手を見せつけた監督生と、そんな監督生の隣でふわりと微笑むアズールに男子生徒がたじろぐ。物理的な距離は恋人そのもの、だが相手があのオクタヴィネル寮長のアズール・アーシェングロッドともなれば怪しまずにはいられない。

「どうせ俺に啖呵切っちまったから契約して恋人になってもらっただけだろ」

全くもってその通り。監督生の心を見透かしたかのような男子生徒の言葉にぎくり、と肩が跳ねた。適任かと思ってアズールを選んだが、アズールが故にこんな疑いをかけられるなんて。日頃の行いのせいだぞ、と恨めしそうな目でアズールを見上げた監督生だったが、その目がすぐに驚きで見開かれる。

唇に触れた熱と、眼前に広がる綺麗な顔。そして、後頭部と腰に回された手。ちゅっ、と可愛らしい音を立てて離れた唇を無意識に目で追いかければ、クスクスと笑ったアズールが再び距離を縮めてくる。

「そんな物足りなさそうな顔、しないでください。後で、貴方の気が済むまでしてあげますから」

親指でするりと唇を撫でて、妖艶に微笑むアズールに言葉を失った監督生がはくはくと口を開閉する。それを目の前で見せつけられ、ぽかんと口を開けて固まる男子生徒にちらりと視線を向けたアズールが監督生を抱え込むように腕の中に閉じ込めて、ニコリと微笑む。

「契約が、なんですか?」
「〜〜ッ!付き合ってる奴がいんなら最初に言えよ!このクソビッチが!!」

バカにするようなアズールの目に、男子生徒の顔が一気に赤く染まる。大声で捨て台詞を吐いて背を向けて走り去った男子生徒を見てアズールが声を上げて笑った。

「随分な捨て台詞だ。ねぇ、監督生さん?」

それからそっと監督生の頬を撫でて、無理やり顔を上げさせれば真っ赤に頬を染めた監督生と視線が交わる。

「私に出来ることなら何でもします、と言ったのは貴方でしょう」
「だ、だからって…!き、きき、きす…するなんて、聞いでないです!」
「そりゃあ、言ってませんから。当然でしょうね」

頬だけでは留まらず、ぶわりと耳や首まで真っ赤に染めた監督生に、アズールがふっと表情を緩める。

「さて、それではお支払いをしていただきましょうか」
「ぅえっ、!?さ、さっきのは…!?」
「まさかあれ1回で支払ったつもりなんですか?笑わせないでくださいよ。全然足りません」

貴方に出来ることなら、何でもしてくれるんでしょう?

そう耳元で囁いたアズールが監督生の呼吸を奪う。海の魔女は、慈悲深く、それでいて強欲。一度狙った獲物は逃がしたりしない。暗く、深い、海の底に引きずり込まれれば、もう逃げ場所なんてどこにも無い。




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