ガシャーンッと何かが割る音がした直後からゾンビが増えなくなった。やっぱりあの鏡が原因だったようで、康次郎が「鏡からゾンビが這い出てきてた」と言っていた。壁に備え付けられた大きな全身鏡に向かって持っていたノコギリを投げたらしい康次郎に思わず一哉と微妙な顔をしてしまったのはしょうがないと思う。

「ほんとに人間っスか…」
「戦う朝倉さんも素敵だ…!」
「いや普通の高校生があんなに戦い慣れてるってやばくないスか!?」
「問題はそこじゃない。朝倉さんがどれだけ素敵かってことだ」
「森山はさっきからずっとそればっかりだね」
「だって見たか!?小堀!あの凛々しい姿を!あんな姿を見て惚れるなって言う方が難しいだろ!?」
「うるっせえんだよ!」
「でも確かにかっこよかったっす!お(れ)もあんな風に戦ってみたいっす!」
「お前もうるせえし近えんだよ!」
「全員もれなくうるさいですよ。静かにしてください」
「あ、あぁ…。わ、わりぃ…」

ノコギリ投げるって相当な絵面だよね、と三人で話している後ろで海常のメンバーがぎゃいぎゃい騒ぐ。いつゾンビが来てもおかしくないこの状況であんなに騒げるなんてすごい精神だと思う。でも、ゾンビの姿を見て最初こそ戸惑っていたけど後半はちゃんと起きている状況を理解して飲み込んでいたみたいだから、そこら辺は順応性が高いというか何というか。

けれど、うるさいものはうるさいので遠慮なく言わせてもらう。私の注意に不満げな顔をするのはもちろん黄瀬。森山さんはキラキラした目でこっちを見てて正直近づきたくない、怖い。小堀さんと早川くんはやべ、って顔してたから私の考えてる事がなんとなくでも分かったのだろう。笠松さんは私が口を開いた瞬間、ピシリと固まって声が小さくなる。おどおどしてる奴とかほんとに嫌いだからマジでやめて欲しい。

「この鏡…」
「どうした?」
「なんか、変…」
「変?普通の鏡だろう?」
「鏡っぽくないような…」
「何言ってんの?」
「気のせい、かな」
「気のせいっしょ」
「ならいいんだけど…」

なんとなく鏡に違和感があって、割れて小さくなった鏡を手にとって見る。どんなに小さくなっても鏡としての役割はきちんと果たしているようで私の顔が映る。鏡をじっと見つめる私を不思議に思った一哉が声をかけてきたので鏡を一度置いて顔を上げる。もう一度鏡に目を向けると鏡の中の私がニヤリと笑った。

「なっ...!?」
『偽者は、だあれ?』

鏡の中の私の口がゆっくりと動いて頭の中に声が響く。他の人には聞こえていないようで誰もこちらを気にしていない。動こうにも体は動かせず、呼吸だけが荒くなる。

『あなたが偽者?

それともあの子?

あなたは、だあれ?

あの子は、だあれ?

アノヒトが探すアノコはだあれ?

アノヒトが望むアノコはだあれ?

見たい?見たい?私の景色

あなたたちは選ばれた大事な子』

鏡の中の私が歌うように言葉を紡ぐ。動けない私の頭に直接語りかけてくるような声に頭がグラリグラリと揺れる。再度、鏡の中の私が微笑んだ瞬間鏡が私の手の中で割れた。小さな欠片が私の手に小さな切り傷を作る。ピリピリと手は痛むけれど、頭の中はさっき鏡の中の私が話していた内容で埋め尽くされていて。鏡が割れる音に反応した康次郎が駆け寄ってきて、血のにじむ私の手を取る。

「何してるんだ」
「私は、だれ...?あの子はだれ?アノヒトって誰?」
「おい、葉月!」
「康次郎、やっぱり私とあの子に何かある」
「?当然どうしたんだ」
「鏡の中の私が言ってた。あなたたちは選ばれた子って、ガラス玉はやっぱり重要人物を示すためのものだったんだ...そして恐らくガラス玉はもうない。私とあの子の二つだけ」
「すまないが、いろいろ意味が分からないんだが」
「とにかくこの教室、もう一回調べて何もなかったら体育館に戻ろう」
「それは俺に言われても困るな。一応この探索のリーダーは海常の主将だ」
「一応っていうな、一応って。後、その不服そうな顔やめなさい」
「なに手つないでいちゃついてんの?...って、葉月手どしたの?中々に血まみれじゃん?」
「いろいろあったんだよ、後で全部説明するから今は探索終わらせて」
「ふーん。ま、何でもいいけど」

とにかく鏡の中の私が私に言ったことはかなり重要なヒントになる。私だけで考えてると頭がパンクしそうだから、一刻も早くまこちゃん達に伝えて頭のいい人達に考えてもらいたい。血まみれの私の手を見て森山さんが「俺の天使の手が!」とか何とか言ってたけど今ほんとにそういう意味わかんないのいらない。

「あれ...これ...」
「鍵じゃん。葉月いつ拾ったの?」
「いや、多分さっきガラスが割れたときだと思う」
「...ガラスが鍵に変わったみたいな言い方だな」
「だからそうだって言ってるじゃん」

ぐっと握り締めた手に何か違和感があって、ゆっくり手を開くと手の中にはひとつの鍵。大きさからして、家庭科室か美術室の鍵だろう。恐らくさっきのガラスの違和感に気づかなければ見つけられない鍵だった、のだと思う。うん、普通に気持ち悪かったけど無駄な行動ではなかったのならまあそれはそれで良しとしよう。

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