鏡の上三分の一が割れ、その割れた破片が床に散らばる。掴まれていた右腕にはくっきりと手形が付いていて、動かすと少し痛む。その上、飛び散ったガラスの破片で切った頬もぴりりと痛む。なんで私こんなに傷だらけになってんだろ。しゃがみこんで割れた破片に手を伸ばす。前と同じように鍵に変わったりしないかな、と少し希望を抱いての行動だったけど何も起きない。

「そんなに簡単じゃないか...」
「朝倉さん」
「何?」
「その、これ」
「?なんで?」
「腕、冷やした方がいいと思って」
「水出るとこあったんだ」
「美術室に水道があったんだ。一応水は出るみたいだったから」
「ふーん。ありがと」
「それで、何してたの?」
「家庭科室の鍵ないかなって探してただけ」
「俺も手伝うよ」
「えっ、いやいいよ別に」
「何も役に立ててないから、少しは貢献したいじゃん?」

鏡を見つめる私に声をかけてきたのは伊月。差し出された水で濡らしたハンカチをありがたく受け取って右腕に当てる。そのまま帰ればいいものを隣にしゃがみこんで鏡に目を向ける伊月が手伝うとか訳の分からないことを言い始める。いや別にお前がいた所でどうにもならないものはどうにもならないから。正直、役に立たない人とか邪魔なだけだから。

「あれ...?」
「何?」
「何か映ってる...」
「は?鏡に?」
「偽物は同じ、って書いてる?」
「偽物は...同じ?」
「どういう意味だ?」
「でもこれもヒントって事だから...」
「危ないっ!」
「う、わぁ!」

鏡を見ていた伊月が鏡に何かが映っていると言い出した。私には全く見えないけれど、伊月には見えているらしい。そういえばコイツ鷲の目とかいうチート能力持ってたんだっけ。だとすれば、伊月じゃなきゃ見えないものがあるってこと...?それともたまたま...?分からないことがまた増えた。最悪だ。にしても、『偽物は同じ』ってどういう意味何だ。同じ、とは何と同じなのか。物なのか人なのか。そもそも偽物は何人いるのかそもそも私たちの中にいるのかどうか。偽物、という一つの単語ですら分からないことだらけなのにそれと同じ何かが存在する、なんて頭が痛くなりそうだ。

私ここに来てから頭痛の種増えてない?なんてアホなことを考えていると伊月に突然押し倒される。おかげで間抜けな声が出た。文句を言おうとしたけど顔を上げて、目の前にあった鏡が粉々になっているのを見て言葉を飲み込んだ。まともに破片を浴びていたら顔面血だらけは避けられなかっただろう。私をかばった伊月もジャージのお陰で皮膚に直接傷は付かなかったみたいだ。

「大丈夫?朝倉さん...っ」
「大丈夫だけど...顔赤くするの止めてくんない?」
「い、いや!ご、ごめん!」
「別にいいけど、変に動くと手切るよ」
「えっ、あ、えっと...」
「後ろに手付かないように起きたらいいんじゃない?」
「あ、うん...そうだね...」

私の頭の横に手を付いて伊月が頭をあげる。顔の距離が思ったよりも近かったせいかぴしりと固まって顔を赤くする伊月に冷めた目を送る。テンパってるのか慌てて起き上がろうとするが、私達の周りは今鏡の破片だらけ。下手に動けば切り傷だらけになる。忠告すると、吃りながら返事が返ってくる。ゆっくりと起き上がった伊月が私に手を差し伸べる。ありがたくその手を取って立ち上がる。足元でパリパリと破片が細かく砕ける音がして思ったよりすごいことになってることを実感する。

「ありがと、お陰で助かった」
「あ、いや...俺こそごめん...」
「何に対しての謝罪?」
「えっ...と、その...」
「私のこと押し倒したこと?」
「押し...っ!い、いや!ちが...!」
「ふっ...顔真っ赤」
「っ...朝倉さん!」
「はいはい、ごめんなさいね」

部室でエロ本広げる様な奴らしかいないウチの連中と違って初々しい反応をする伊月をからかうと顔を真っ赤にして声を荒らげる。ま、イイコちゃんであることには変わりないし別に好きってわけじゃないけどからかうのに最適な玩具を見つけたって感じかな。リアクションが普通に面白い。鏡の文字と鏡が割れたことについてはまこちゃんに報告しなきゃな、と足を動かした時足元に違和感を感じて視線を落とす。

「あ、鍵...」
「え?さっきまでなかったのに...」
「伊月が鏡の文字に気づいたから、ってことね」
「そう、なのか...?」
「うん。私もそうだった」
「そっか...」
「伊月が私を押し倒したお陰だね」
「だから...!」
「押し倒した...?」
「日向!?ちがっ!ちょ、違うんだって!」

私が持つ鍵に視線を落とす伊月と会話をする。伊月の頭がそこまで悪くないこともあってか比較的話しててイライラしない。残りは別だけどね、どいつもこいつもイイコちゃん丸出しのバカばっかりだから例外。視界に日向が映ったので、ニヤリと笑って態とらしくさっきの出来事を口にするとまた顔を赤くする伊月。そんな伊月に戸惑った様な表情を浮かべる日向。慌てて弁解する伊月と困惑を隠しきれない日向が話してるのを見て「ごゆっくり〜」と私は準備室を後にした。

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