めんどくせえ

「っ!」

がばりと飛び起きて辺りを見回す。保健室で出会った二人の男の子の言葉を聞いいて意識を失った、んだと思う。一面真っ暗で何もないだだっ広い空間に座り込む私。正直意味がわからない。そもそもここはさっきまでいた場所じゃない?それとも私の夢の中?夢にしてはリアルすぎるし、頬をつねってみても普通に痛い。というかそもそもゾンビが徘徊する学校って時点で現実でもなんでもないんだけど。

『いーち』

何もない暗闇に響き渡った声に、反射的に立ち上がる。意識を失う直前、彼らが言っていたセリフ。鬼ごっこをしよう、僕たちが鬼、お姉ちゃんは逃げる人。つまりこの声は彼らが私を捕まえる為にカウントし始めた、ということ。こんな何も無い場所じゃ、普通に逃げてるだけじゃ捕まる。

『にーい』

『さーん』

『よーん』

鬼ごっこ、と言ってもただ普通に逃げるだけではないのだろう。何かしらの障害物、もしくは私の逃亡を阻止しようとする何かの登場。それらの可能性を考えてもやっぱり鬼の姿が見えてからじゃないとどうにもできない。

『ごーお』

『ろーく』

焦って走り回って体力がなくなるのは避けたいし、走るだけじゃなくて戦わなきゃいけなくなった時の為にも体力は温存しておきたい。それにそもそも何をもって私の勝ちなのか。彼らにとっての勝ちは私を捕まえること。じゃあ私の勝利条件は?

『なーな』

『はーち』

制限時間が設けられてる、というのは考えにくい。だとすると、敵殲滅だとかこの空間そのものからの脱出が私の勝利条件になり得る可能性が一番高い。とにかく、このゲームに勝たないと私の大事なものを失うことになる。

『きゅーう』

『じゅーう』

そもそも私の大事なものってなんだ。まあ、そんなことは後で考えるとしよう。カウントが十までいって止まる。私の呼吸音だけが響く中、背後で何かが動く気配を感じて振り向く。そこに立っていたのはゾンビと男の子たち。

『お姉ちゃん、見つけた』

『お姉ちゃん、見つけた』

「自分たちは追いかけられないってこと?」

私に向かって歩み寄ってくるのはゾンビだけ。彼らはその場から一歩も動かない。目や足がない、ということは何かを追いかけ回すことができないってことなのではないだろうか。だとすると、彼らが追いかけてこないのも納得できる。

「鬼ごっこってことはアイツらにタッチされたら負けってことだよね…」

私があいつらを倒そうと手を出した時何かの拍子にゾンビ共の手が私に触れると、それはタッチされたことになってしまうのだろうか。明確に捕まえた、という意識の元でしかタッチしたとカウントされないのなら今すぐにでも倒したい。けれど、もしそうじゃなく私に触れた時点で私の負けが確定してしまうのなら。

「簡単に手は出せないってことね」

情報が少なすぎて何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。こういう時に限って頭の回転が馬鹿みたいに早いウチの主将様は行方不明。全く、必要な時にいないくせに必要ない時にはいるんだよなあ、あの人。この空間の大きさやどんな物が置いてあるのか、そもそもこの空間に出口が存在するのか。疑問点を解決する為にも一度この空間を見て回る方が良さそうだ。幸運にもゾンビ達の足は決して早いとは言えない。

「あとはあの子達が突然動き出したりしなきゃいいんだけどね」

恐らくだけど空間のの中央辺りに立って動かない彼らに目を向けて小さくつぶやく。後ろから追いかけてくるゾンビ達と充分な距離をとって空間内を見て回る。当然歩いてなんて余裕はないから駆け足だ。何かを見つけたり気になったりしても立ち止まって考える時間が無いため、何度もその場所に戻ったり遠ざかったりしなきゃならない。

「ほんっとにめんどくせえ」

つーか私遊んであげるなんて一言も言ってねえっつーの。

◇◇◇

(side:H)

赤い宝箱の中身は案の定真っ赤な鍵。本についた南京錠にはその鍵を差し込んで回せばカチャリと軽い音がする。恐る恐る本を開いた西条の手から本を取る。開けてもらって何だその態度は、だとか誠凛の連中が騒いでいるがお前らがこれを見たところで解決なんてできねえんだから大人しくしてろよ、と思わず口をついて出そうになった言葉を飲み込んで本の中を見る。

『裏切り者はひとり』

そう書かれた真っ赤な紙を見て、一枚目の紙を思い出す。一枚目は『偽物はいない』だったが、今回は裏切り者がいることを確定させる文。同じ色の紙イコール書いてる人物が同じだと思い込んでいたが一枚目と二枚目の紙を書いてる人間は別人なのか。それとも一人の人間が俺たちを混乱させるためにこうしているのか。そもそもこれを書いた人物にとっての偽物と裏切り者の定義とは何なのか。

「ま、どっちでもいいけどな」

手の中の紙を赤司に渡して一哉達がいる場所へ戻る。さっきのガキ共が言っていた鬼ごっこしよう、は恐らく今行われている真っ最中だろう。それも葉月の意識の中で。そうじゃなければ葉月が突然意識を失ったことも、今こうして魘されていることも筋が通らない。

「葉月全然起きないじゃん」
「おい、花宮。本当に大丈夫なのか」
「コイツ次第だな。ま、起きてもらわなきゃ困るのはこっちだ。起きなきゃ無理矢理にでも叩き起すから問題ねえよ」
「怪我人叩き起こすのかよ…」

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