「大丈夫か」
「え、あ、えっと…はい、」
「…ならいい。おい古橋」
「ああ、わかってる」
「は、?なに、っわあ!?」
「大人しくしてろ」
「いやいや!ちょ、ちょっと…ぅ、っ」
「だから大人しくしてろって言っただろう」

まこちゃんの優しい声に戸惑いながら返事をする。なに…この男に優しさなんて存在してるの…え、怖いんだけど…。思わず敬語になった返事に一瞬眉をひそめたまこちゃんだったが特に何も言わずに私から後ろの康次郎に視線を移した。二人の間で去れたやり取りに首を傾げていると、ふわりと体が浮く。すぐに康次郎に横抱きにされていることに気づいて降ろしてもらおうと動く。

急に動いたことや大きな声を出したせいかぐらりと視界が歪む。ぐらりと頭が揺れて一気に体が重くなる。康次郎の胸に頭を預けるようにして凭れかかれば呆れたような康次郎の声が返ってくる。横抱きにされている恥ずかしさと、ニヤニヤしている一哉とザキへのイラつきも相まって眉間に皺が寄る。諦めて大人しく運んでもらおうと体の力を抜く。

「葉月、捕まってろ」
「は、なに…っわ、ぁ」
「さっきの人体模型がボスなんじゃねえのかよ!」
「ちょ、まっ…っ!」
「すまない。大丈夫か?」
「だ、大丈夫…です、」
「…?顔、赤いぞ」
「なんでもないってば!」

不意に私を抱える手に力が入って、ぐっと距離が近づく。康次郎の言葉に返事をする暇もなく、突然動いた康次郎に驚いて思わず首に腕を回す。ザキの驚く声が聞こえてそちらを向けばカタカタと動く骨格標本が目に入る。さっきの人体模型のことがあるから迂闊に近づけないようで距離を取りながら様子を窺っていれば骨格標本が私達の方にずいっと急に距離を縮めてくる。

反射的に足が出た康次郎の蹴りによってがしゃんと骨格標本が音を立てて倒れる。人に全体重を預けるというのは思っているよりも怖いもので少し揺れただけで何かに縋りたくなる。つまり、何が言いたいかと言うと康次郎が動くたびに制服やら首やらにしがみついてしまうということだ。正直なところ死ぬほど恥ずかしいし、ものすごく降ろしてほしいと思っている。

「やっとかよ…はあ、なんかすげえ疲れた」
「あと二階の教室ってどこあったっけ」
「校長室と放送室。だけど一回戻るでしょ、花宮」
「ああ」
「康次郎さん、降ろしてくれたり…」
「するわけないだろう」
「ですよね…ごめん、重いでしょ」
「まあ、人一人抱えてるからな」
「嘘でも軽いって言えよアホ」

倒れた骨格標本が崩れて、割れた頭蓋骨の中から鍵が現れる。ザキがそれを拾い上げて大きくため息をつく。面倒そうな声の一哉に同じく面倒そうに健太郎が返事をする。全員少なからず疲労がたまっているようで、尚更抱えられている自分だけが楽をしているようで降ろしてほしくなるが何度言っても康次郎は私を降ろす気はないようで頑なに拒否される。

申し訳なく思い誤ったが返ってきた言葉を聞いて一気にムカついた。そんなことないよとかいう場面だろアホなのかこの男。ザキから鍵を受け取ったまこちゃんが鍵を胸ポケットに入れて準備室の扉に手をかける。体育館までの道は当然ながら何も起きず、無事に体育館まで戻ることが出来た。のだが、体育館に戻ってからの方が正直精神的に疲れたと思ったのは確実に私だけだろう。

「ぶふぉ!葉月さんお姫様抱っこされてる!」
「うるさい黙れ高尾」
「しかも辛辣だし機嫌悪ィし!」
「つーか普通に満身創痍って感じっすね」
「あんた達と違って出ずっぱりだからね」
「ですよね!じゃ、まあ手当てしますかー!」

まさか、横抱きにされて帰ってくるとはだれも思っていなかったのだろう。康次郎に横抱きにされたまま体育館に入ってきた私に視線を向けるのは当然のことなのだが、どうしたって向けられる視線は痛い。チッ、と舌打ちを零していると救急箱を持った高尾がゲラゲラ笑いながら歩いてくる。ただでさえ他の人たちからの好奇の視線にイラついてるのに煽るような高尾の言葉に露骨に眉間に皺を寄せて返事をすればむしろ余計に笑い始める。ひとしきり笑った後、救急箱を置いて私の正面に座る。すっと高尾の手が首に伸びて、するりと撫でられる。

眉間に皺を寄せる高尾にどうしたのかと聞けば、「色、すごいっすよ。なんかもう、どす黒くなってる」と返された。まさかそこまでとは思っていなかったが高尾の表情を見る限り相当な色になっているのだろう。隣に座っていた康次郎を見ると高尾と同じような顔をしていた。ひやりと首に湿布が貼られて、その上から包帯が巻かれる。大袈裟ではないかと思ったが見えてる方が痛々しいからこれでいいのだと言われてしまえば何も言えない。湿布の冷たさがじんわりと染みてきて、指で痕が付いているであろう箇所を撫でた。


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