「暗い、ね…」
「何も見えない訳じゃないしいいでしょ」
「あ、待って!葉月ちゃん!」

女子トイレに足を踏み入れると、一気に不気味さが増す。暗い場所はあまり得意じゃないけれど、西条サンがいる手前怖がってもいられない。奥へと足を進めて個室を一つずつ確認するが特になにも起こらない。やはりあるとすれば鏡か、とため息を吐いて鏡の前に立つ。久しぶりに見た自分の顔はやつれているように見えて思わず目を見開いた。

「ねえ、葉月ちゃん」
「なに、っ…!?」
「あ、のね…」
「っ、離して!…ぅ、っ…」

鏡の前に立つ私の半歩後ろに立った西条サンが鏡越しに私を見つめる。目を合わせた瞬間、ぐにゃりと鏡の中の私達が歪んで、一瞬私と彼女の顔が入れ替わる。ぞわりと粟立った肌に、彼女の手が触れると頭の中に真っ黒な映像が流れてくる。反射的に振り払い距離を取ったその瞬間、背後にあった個室の壁が大きな音を立てる。振り返れば予想通りゾンビが立っていて、ゆらゆらと体を揺らしている。

「チッ…めんどくさいな…」
「葉月ちゃん、」
「うっさい近付かないで」
「でも…」
「触んないで。怪我したくないでしょ」

ゾンビから目を離すことはできないが背後に立つ西条サンを無視することも出来ない。ゾンビに向き直ったまま、私に近づこうとする西条サンに向けて持っていたナイフをチラつかせる。ぐっ、と言葉を飲み込むような音と彼女が遠ざかる気配を感じて少し息を吐く。先ほど頭に流れてきた黒い映像が頭の中に居座って、気分が悪い。上手く頭が回らないし、視界も微かに歪んでいる。さっさと仕留めようとゾンビを真っ直ぐに見つめる。

ゾンビは振りかぶった腕を思い切り私に向けて振り下ろす。身を引いて躱せばぶぉん、と風を切る音がしてゾンビが一瞬たたらを踏む。懐に入り込んでナイフを腹部に突き刺し、抜く。痛覚はあるのかぐらりと前かがみになったゾンビの背後に回り、膝裏を蹴り飛ばす。膝をついたゾンビの頭部に再度ナイフを突き立てればゾンビの体がぐらりと倒れた。

「やっぱりすごいね!葉月ちゃん!」
「アンタ、いつの間に…っ、!」

倒れたゾンビが消滅し、ドロップアイテムの鍵が床に落ちる音が響く。ぐらりと頭が揺れて思わず膝を付いてふ、と息を吐いた瞬間、背後から聞こえた彼女の声にバッと振り返る。膝を付く私を見下ろして笑う彼女の表情は歪んでいて。伸ばされる手にやばいと分かってはいるのに、体が動かない。目の前がチカチカと点滅して、頭が揺れる。

「葉月!!!」
「っ、は…っ、けほっ…」
「だ、大丈夫?葉月ちゃん…!」

このままじゃまずい、と目を閉じようとした瞬間だった。女子トイレの扉が大きな音を立てて開き、一哉とザキがなだれ込んでくる。座り込む私とそんな私を見下ろすように立つ西条サンの姿を見た二人の空気が一瞬変わって、すぐに私の元に駆け寄ってくる。一哉が私と西条サンを隔てるように間に立ち、ザキが私の手を引いて西条サンと距離を取ろうとする。

二人の姿を確認した途端に、泣きそうな顔で私に声をかける西条サンに舌を打つ。よくもまあ、こんな演技力で私達を欺こうとしているなと思うのと同時に今すぐにでも吊るしてやろうかと思うとイライラする。確実に霧崎の面々は彼女のニオイに気付いている。生憎、人を見る目は鍛えられているのだ。気付いていないのはよっぽどのバカだけだが、如何せん此処にはそのバカが多い。

「わ、私を庇ってくれて…」
「そうだったんだ…。朝倉さん、大丈夫?」
「大丈夫です。鍵は入手しました。さっさと行きましょう」
「葉月ちゃん、本当に大丈夫?体育館までおぶって行こうか?」
「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」
「…ほんとに顔色悪いっスよ」
「ちょって目眩がしただけだから。ほっていて」
「…体育館、戻るぞ」

後から入ってきた海常の人達に泣きそうな表情で何があったかを話す彼女の声を聞くだけで頭がぐらぐらする。一哉とザキに支えられて立つ私に小堀さんや森山さんが声をかけてくるが口を開くのも怠くて冷たく返事をする。そんな私を見て黄瀬が眉間にシワを寄せながら口を開く。そんなこと言われなくても分かってる。だから早く体育館に戻りたいんだ。

額を押さえる私の様子に全員が口を噤む。そんな中、笠松さんが口を開き体育館に戻るように促してくれる。今回ばかりは助かった、と小さく息を吐いて歩き出す。おぶってくれようとするザキには丁重に断りの返事をして何とか重い体を動かす。さっきのは何だったんだろうか。真っ黒な映像は未だに頭の隅に居座っていて何度頭を振っても消えてくれない。ぼんやりとする頭で考えるのは意外と体力を使う。

「はあ…」
「ほんとに大丈夫かよ」
「大丈夫。ただ、戻ったら一回寝たい」
「は?どーせ寝れないでしょ」
「目を閉じたいの。ほんと頭痛い」
「古橋枕の出番じゃん」
「何だよそれ…まあ何となく分かるけど…」


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