わあっ、さすが悪童

花宮達三人にがっつり説教をされ、単独行動の禁止を命じられた私は今第一音楽室の探索に来ている。メンバーは桐皇、花宮、瀬戸、私、西条さんだ。完全に頭脳組で揃えられた赤司の采配に思わず「私そんなに信用ないの?」と呟いたのはついさっきの出来事だ。現に普段私と並んで歩いたりしない花宮が私の隣を歩いて、前を今吉さん、後ろを瀬戸が固めている。だから、大丈夫だってば。

西条さんは諏佐さんと一緒に先頭を歩いており、私との距離はかなり離れている。そもそも彼女はあの紙に自分について書かれていることを知っているのだろうか。あれだけ書かれていればバカでも彼女が裏切り者であることは明確だ。なら、なりふりなんて構わずに私に襲いかかっていてもおかしくない場面なのに彼女は相も変わらず可愛らしい女の子を演じ続けている。あの紙の内容を見れば本当に知らないという線の方が高そうなのだが。

「…嫌な感じ」
「あ?」
「すごい、こう…嫌な感じがする」
「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇよ」
「いや、マジごめん。でも何か…」

ザワザワと胸騒ぎがして、何だか落ち着かない。別に何がどうってことも無いけど、ただ漠然と嫌な予感だけが頭の中を支配する。嫌そうに眉間にシワを寄せる花宮も馬鹿じゃねえのと笑い飛ばさないところを見るに、何となく私の言いたいことが分かっているのだろう。頭をよぎる最悪のシナリオを振り払うように頭を振って音楽室の扉を見据える。西条さんが鍵を開けて、今吉さんが扉を開ける。ふわりと流れた風が嫌に生暖かくてぞわりと鳥肌が立った。

「…音楽室ってこんな感じだっけ」
「ピアノ使えってことじゃないの。こんなあからさまな置き方するくらいだし」
「ピアノかあ…。花宮と瀬戸は弾けるよね?」
「少しだけね」
「俺より健太郎のが弾けんだろ」
「なんや花宮ピアノまで弾けるんか。嫌味な奴やな」

中に入って、思わず言葉を失った。音楽室、と言ってもここまで何も無いとは思っていなかった。奥にピアノがぽつんと置かれているだけでそれ以外には何も置かれていない。ただ、だだっ広いスペースがあるだけだ。壁に飾られた肖像画は恐らくベートーヴェンやバッハみたいな学校によくあるものなのだろうが、顔の部分に靄のようなものがかかっていて、それが一体誰の肖像画なのかは分からなかった。

「探索、と言ってもピアノくらいしか探せる場所がないですね…」
「めんどくせえな」
「す、すいません!僕なんかが指示してすいません!」
「お前もめんどくせえな」
「面倒臭くてすいません!すいません!」
「1年うっさい黙って」

桜井がぽつりと呟いた小さな声が音楽室に響く。青峰がその言葉に反応し、更にその言葉に反応した桜井が顔を青くしてペコペコと謝り始める。気だるげな青峰に桜井がペコペコと謝り倒すという絵面に花宮の表情が歪む。もちろん、私も楽しくないし桜井のこういう態度はイラッとする。私がぴしゃりと言い放てば二人揃ってこちらを見て口を噤む。

「さすが鬼マネージャー」
「私より鬼がここにいるでしょ」
「誰のこと言ってんだ」
「花宮しかいないでしょ。鬼監督」
「ふはっ。イイコちゃんを絶望させる為なんだから努力は惜しんじゃいけないだろ」
「わあっ、さすが悪童」
「その呼び方やめろ」
「い、った!?」

そんな私を見て瀬戸がふっと笑う。花宮をちらりと見て肩を竦めて見せれば目敏く反応が返ってくる。本格的に悪役のような笑みを浮かべる花宮に手を叩いて笑えば額を襲う鋭い痛み。痛い。絶対におでこ割れた。絶対割れた超痛い。額を押さえて痛い痛いと騒ぐ私の頭をぽんぽんと撫でて「いたいのいたいの飛んでけー」なんて馬鹿げたことをする瀬戸にジト目を向ける。「治った?」じゃないよ、治るわけないでしょ。バカか。

「ほんま自分ら仲ええなぁ」
「仲良くないです。さっさと探索して戻りますよ」
「自分は関係ないですみたいな顔してるよアイツ」
「仲良いって言われて照れてるんだよ」
「ああ、なるほどね。ほんとツンデレだね」
「花宮の場合デレが先でツンが後じゃない?」
「デレツンってこと?ウケるね」
「ウケねえよ。てめえら後で覚えとけ」
「花宮大先生がお怒りだよ。瀬戸」
「真面目に探索したら許してくれるかもね」
「よし、頑張ろ」

私たちからすればこんな下らない話は割と日常茶飯事なのだが、今吉さんから見れば花宮がこんな事に乗っかってるのが珍しいみたいで。ニヤニヤと笑う今吉さんに花宮が嫌そうな顔で私たちと距離を取る。瀬戸とコソコソ話すフリをしつつもその声が花宮に聞こえるように意識して会話すればニッコリと笑った花宮がこちらを向く。本当にイラついている様子の花宮に私の口角がゆるゆると上がる。瀬戸がそんな私と花宮を見て肩を竦める。何自分は関係ないみたいな態度してるの。アンタも同罪だからね。

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