ここでしか使えない

探索、と言っても探せる場所は限られている。その上、ピアノの上には如何にもと言った具合に楽譜が立てかけられていた。怪しすぎるそれに思わずため息が零れた。鍵盤に触れてみるときちんと調律はされているようで軽い音が鳴り響く。触っても何も起こらないと言うことはやはり、楽譜の曲を演奏しなければならないということなのだろう。私がピアノを弾けないからなのかもしれないけれどパッと見かなり難しそうな譜面に本当にこれ弾けんのかと眉間に皺が寄る。

「…あれ?」
「ん?どしたん?葉月ちゃん」
「いや、これ」
「なんやそんな所にヒントがあったんか」
「ヒントってか答えでしょこれ…」

ピアノについた小さな傷がちらりと視界に入り、死角になっているピアノの裏に回っでみると何かで彫ったような文字が書かれていた。『操リ人形ガ鍵ヲ握リ、操リ人形ハ歌ヲ歌ウ。全テガ終ワル時、操リ人形は眠ル』つまり、次の特別教室に進む為の鍵はゾンビが持っている。ゾンビは演奏が行われている間動いていて、演奏が終わり全てのゾンビを倒した時鍵が手に入る、ということ。

この中でピアノが弾けるのは花宮と瀬戸の2人だけ。ゾンビとの戦闘が避けられない状況で戦力が一人減るのはかなり痛い。うんざりしながらため息をつけば隣で今吉さんが喉を鳴らして笑う。そんな今吉さんから逃げるように少し離れた場所に立っていた花宮と瀬戸の元に向かい、ピアノに彫られていた文字について説明をする。花宮は一瞬考えるような素振りを見せた後、瀬戸にピアノを弾くように指示を出す。

「え、俺が弾くの?花宮じゃなくて?」
「俺よりお前の方が上手いだろ」
「えー…しかもこれミスしたらダメな感じだし」
「見た感じかなり難しそうだけど大丈夫なの?」
「死の舞踏、ねえ…。嫌な選曲だよ、ほんと」
「できねぇとは言わせねえぞ健太郎」
「はいはい。やればいいんでしょ」
「瀬戸がんばー」

ピアノを弾くように言われた瀬戸が至極嫌そうに顔を歪める。花宮は当然、と言わんばかりの顔だけど瀬戸は珍しく嫌そうな顔をしている。曲のタイトルは死の舞踏。まさに今の状況にぴったりで嫌になる。渋々と言った様子で椅子に腰掛けた瀬戸を見て、その横に立つ。恐らく演奏が途中で中断されるのは避けなければならないこと。人だろうと人じゃなかろうと瀬戸とピアノには触れさせてはいけない。それは私だけじゃなく花宮も思っていたようで、花宮がピアノを守るように立つ。

ピアノから一番離れた位置にいる西条さんにも意識を向けつつ、瀬戸とアイコンタクトを取る。瀬戸から小さなため息が聞こえた後、ピアノが音を奏でる。音は軽やかなのに重苦しい曲調にぞわりと肌が粟立つ。その直後、扉がガタリと大きな音を立てて外れ、教室の外からゾンビ達が流れ込むように入ってくる。意外にも青峰と若松は戦闘要員として使えるようで、先程からばったばったとゾンビを倒している。

「アイツらめっちゃ使えるじゃん」
「ふはっ。ここでしか使えない、の間違いだろ」
「…確かに」

私の呟きが聞こえたのか、花宮が青峰達を見ながら鼻で笑う。確かにあの二人じゃ頭脳戦は使い物にならない。曲がどの程度の長さなのか、ゾンビ達はどの程度の強さなのか、西条さんがどう動くか。分からないことが多すぎるこの状況に舌打ちをする。八つ当たりするようにこちらに手を伸ばして迫ってきたゾンビの腕を叩き落として胴体を蹴る。横から襲ってくるゾンビの腕をしゃがんで避けて先程倒したゾンビと同じ方向に倒れるように蹴る。

重なって倒れるゾンビの頭を潰せば、ゾンビ達は灰になって消えていく。どんどん襲いかかってくるゾンビをピアノに触れさせないようにとあしらう。西条さんの様子をちらりと伺えば若松が守りながら戦っているようで、そのすぐ近くでは今吉さんがゾンビを撃退している。今吉さんが近くにいるのなら一応は放っておいても大丈夫そうだと息を吐いて手を伸ばしてくるゾンビを撃退する。曲も終盤に差し掛かり、迫ってくるゾンビも少しずつ強度が増してくる。一撃で倒せないゾンビが増えてきてスピードも上がってくる。

「ああもう!うっとお、しい!」
「ゴリラのくせにもうへばってんのか、!」
「誰がゴリラだ性悪眉毛!」
「そんだけ元気がありゃ充分だ、なっ!」

お互い手を、足を休めることなく動かしながら、口も動かす。なんでこのクソ忙しい時にまで喧嘩売ってくんだよ。一周まわって私のこと大好きだろコイツ。とは思ったけれど言ったら確実に三倍で文句が帰ってくるに違いない。いつもより三倍も機嫌が悪くなる花宮なんてそれは最早花宮じゃない。ただの鬼だ、鬼。ああ、鬼の方が可愛いか。つーか、瀬戸はさっさと弾き終われよ何の為のIQ160だよふざけんな。なんて頭の中でバカなことを考えながら目の前のゾンビの顔面に思い切り蹴りを入れた。

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