軽やか、なのかは知らないがピタリと演奏が止んだ瞬間に扉からなだれ込んできていたゾンビがピタリといなくなった。それぞれ目の前にいるゾンビを倒し、静かになった音楽室に全員の荒い息の音だけが響く。なんで私こんなに疲れてんだよおかしいだろふざけんなよ、とは思いつつ膝に手を当てて息を整える。吸って、吐いて、吸って。少しずつ落ち着いてきた息と、クリアになってきた頭でドロップアイテムを見つけるべく目を光らせる。キラリと光る鍵を見つけて拾おうと手を伸ばす。

「あ、」
「皆さんが言ってたドロップアイテムの鍵ってこれ、ですよね!」
「…おい」
「私のせいじゃないでしょ」
「てめぇがさっさと拾わねぇからだろブス」
「特大ブーメランだろオタマロ」

私が手に取ろうとしていた鍵を横からかっさらっていったのは私よりも小さな白い手。一瞬触れた指先が驚くほどに冷たくて、ニコリと笑ったその顔が不気味な程に歪んで見えて。思わずひくり、と頬が引き攣った。今吉さんに鍵を持って駆け寄る西条さんを眺めていると頭を小突かれる。隣に立ったまこちゃんが嫌そうに顔を歪めていて、考えていることは私とまるで同じだった。うるさいなあ。私だって同じこと思ってんだよ。気づいてんなら取りに行けよ愉快眉毛が。

「とにかく、この部屋はこれでミッションコンプリートって感じやな。皆ごくろーさん。瀬戸くんもおーきに、ええ演奏やったで〜」
「さつき連れてこなくて正解だったな」
「そ、うですね…。さすがに桃井さんにこんな危ないこと…ってああ、すいません!朝倉さんならいいとかそういう意味じゃなくて…ほんと、すいません!」
「…何も言ってないし私をあの馬鹿女と一緒にしないでくれる」
「も、桃井さんはバカなんかじゃ…!」
「はいはい。そういう仲良しお仲間ごっこは他所でやってくださ〜い。結構で〜す」
「葉月ちゃんもすぐ煽るのやめぇや」
「触んないでください」

西条さんから鍵を受け取った今吉さんがヘラリと笑う。名指しで褒められたにも関わらず、一言も言葉を発さずに眉間に皺を寄せただけの健太郎と思わず同じ反応をした私は悪くないと思う。だって普通に微塵も思ってなさそうだもんね分かるよ、その気持ち。言わないけど、お疲れ様とありがとうを込めて背中をポンと叩けば、頭をポンと撫でられた。多分私の言いたいことが分かった上で私に対してもお疲れって意味なんだろう。そんなやり取りをしている私たちの横で青峰と桜井が会話をしているのが聞こえて視線を向ける。

バッチリ目が合った桜井が途端に私に向けて謝り出すけれど、正直うざいしだるいし面倒だし何で謝ってんのかわかんないし勘弁して欲しい。わざとらしくため息をついて口を開けば自身のチームのマネージャーを侮辱されたのが気に食わなかったのか桜井が頬を膨らませてあからさまに不機嫌です、と言った顔をする。男のする怒った顔じゃねえだろそれ。全然怖くねえしむしろ女子か。八つ当たりするように口を開く私を止めたのは今吉さんで、頭を撫でてくるもんだからそれを払って距離を取った。

「葉月ちゃんすごいね!かっこよかった!」
「…ああ、そう。そりゃよかった」
「私、あんな風に動けないもん!…羨ましいなあ」
「っ…あっそ」
「どうしたの?葉月ちゃん。顔色、悪いよ?」
「何でもない。触んな」

一人、皆と少し離れた場所に立っていると西条さんが笑顔で駆け寄ってくる。もうここまで来てしまうと、この笑顔ですら不気味なものに見えてきてしまう。私を見て羨ましい、と微笑んだ彼女にぞわりと鳥肌が立った。私は彼女が怖い、のだろうか。床に縫い付けられたかのように動かない足と冷えていく指先。ぐらりぐらりと頭が揺れて、あの時と同じ感覚が襲う。やばい、触るな、触るな、触るな!

「でも…」
「っ、ぅわ…!?」
「西条サンだっけ?あっち、呼んでるよ」
「え?あ、ほんとだ…」
「早く行ったら?」
「そうだね。…じゃあ、またね!葉月ちゃん!」

私の言葉に微かに笑みを浮かべながら手を伸ばしてきた西条さんと目が合う。やばい、と思った瞬間後ろから伸びてきた手が目を覆ってそのまま後ろに引かれる。バランスを崩して後ろに倒れ込めば誰かに支えられる感覚。聞こえてきた声に健太郎だと分かって、肩の力が抜ける。目は覆われたままで声しか聞こえないが、西条さんがまた、あの不気味な笑顔で笑ったのは分かった。

「大丈夫?」
「…ん、大丈夫」
「死人みたいな顔してるよ」
「知ってる」
「あんなに一人になるなって原に言われてたのに一人になるからでしょ」
「一人って…同じ教室だしすぐ隣にいたでしょ」

目を覆っていた手が離れて、視界が明るくなる。後ろを振り返って健太郎を見れば、私を見て少しだけ目を見開かせた。そのリアクションだけで如何に私の顔色が悪いかはよく分かった。呆れたような健太郎の言葉に、私が呆れたくなってため息をついた。そんな小さい子みたいな扱いしなくたっていいでしょう。でも、彼女も状況は選んでられなくなってきたようだった。一哉が言っていた通り、常に誰かの隣にいた方がいいのかもしれない。そう思うとさっきとは違う意味でため息が零れた。


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