自分の身くらい自分で守れ

体育館に戻り、探索の報告をしに赤司の元に向かう花宮と今吉さんを見送って古橋達が座る場所に足を向ける。おかえり〜とヘラヘラ笑う原を無視して古橋とザキの間に腰を下ろす。壁に寄りかかって目を閉じて大きく息を吐く。身体的な疲れよりも精神的な疲れの方がひどい。頭は回らないし、正直あの子の存在が怖い。毎回探索に行くたびに迫ってくる明確な悪意は受けていて気分のいいものじゃない。私が色々と参っていることに気づいている花宮のお陰かは分からないが次の探索まで少し時間を空けるらしい。

花宮のことだから使えない状態の私を連れて行っても足手まといになるからとか何とか言ったんだろう。目を閉じれば睡魔はすぐに襲ってきてゆるりと意識がどこか深いところに沈んでいく。いつもならそのまま眠りにつくはずなのに、頭の中に流れてくるのは断片的な何かの映像。さっきの出来事も踏まえて考えるとあの子の記憶だということは容易に想像できる。意識はしっかりしているのに目は開けられないし、体を動かすこともできない。映像では親し気に話しかけてくる女の子の姿や、あの子にそっくりな母親と父親の姿、あの子が死ぬ直前から、死んだその瞬間まで。何度も何度もループする映像に吐き気が襲う。ああ、気持ち悪い。

「はあ…」
「何ため息ついてんの?」
「頭痛いの。うるさいから黙ってて」
「機嫌最悪じゃんクッソうけるんだけど」
「笑えないんだけど」
「大丈夫か?」
「大丈夫。今の頭痛の主な原因はアレだから」
「ああ、そういうことか」
「え?何であんなアホみたいな会話が出来るわけ?正気?」
「そういう奴らなんだろう。いい加減に割り切ったらどうだ」
「隣であんな茶番されてもムカつくだけじゃん」
「それは否めないわ〜」

先頭を歩く私たちの後ろを歩くのは西条さんと誠凛の奴ら。正直このメンバーで探索に来るのは本当に避けたかった。マジで勘弁して欲しかった。西条さんが絶対安全だと思い込んでる誠凛とそんな誠凛を隠れ蓑に選んでいる西条さんの組み合わせが危険じゃないわけがない。首謀者は恐らくこうなることも計算の上で彼女を誠凛の生徒に仕立てあげたのだろう。いやらしいやり方だ。何かあったら守るだの、怖いだの、如何にも、と言ったリアクションで怯えたフリをして誠凛に縋る西条さんとそれを間に受けているのか何なのか真面目に取り合う誠凛に頭が痛くなる。

「…あのさあ、それ楽しい?」
「は…?」
「本気でやってるんだとしたらほんとにおめでたい頭だね」
「んだと…!」
「葉月もあまり噛み付くな。機嫌が悪いのは分かるが」
「…はぁ…。ごめん、完全に八つ当たりだね」
「あ、ああ…」
「なによ?」
「いや…」
「私が謝ったことに驚いてんの?私だって自分が悪いと思えば謝るわよ」

第二音楽室の前に到着し、鍵を差し込んで回す。カチリと軽い音がして鍵が開く。後ろに視線を向けて冷たく言い捨てれば火神が噛み付いてくる。イライラした気持ちをぶつければ古橋が私の肩に手を置いて窘める。一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから謝れば驚いたように目を見開く誠凛の奴らに抑えたイライラが湧き上がる。どうせ悪いと思ってんなら木吉のことも謝れとか言うんでしょ。あれに関しては私、悪いなんて一ミリも思ってないから。別にラフプレーだって作戦のひとつだもの。あれはたまたま起きた事故でしかないもの。

「さっきとは雲泥の差って感じ」
「音楽室、だよな…?」
「唯一あるピアノも使えないみたいだな」
「これで演奏するって線は消えたな」
「血、ね…悪趣味ですこと」

音楽室に入って真っ先に感じたのはさっきと全く違う雰囲気。第一音楽室に比べて第二音楽室は全体的に汚くて暗い雰囲気を感じさせる。肖像画はべったりと血が付着していて誰の肖像画なのか判別がつかなかった。今までよりも低い位置に飾られた肖像画に何となく嫌な予感を感じながら音楽室のど真ん中に置かれているピアノに足を向けた。肖像画から一瞬だけ目を離したその瞬間、ぞわりと鳥肌が立ち振り返る。目の前に迫っていたゾンビの手に反射的に身を仰け反らせて避ける。近くで誰かの呻く声が聞こえてチラリと目を向ければ攻撃を食らったのか日向と火神が座り込んでいた。

「チッ…ほんと使えないな…っ!」
「うっわ、やっば!なにこれ人と殺り合ってるみたいなんだけ、どっ!」
「何テンション上がってんの気持ち悪い、っ!」
「にしても厄介だな…っ」
「今はさすがにアイツら気にかけれるほど余裕ないんだよ、ねっ!」
「自分の身くらい自分で守れっての!」

視界に入っているだけでもゾンビは五体。ナイフを持っていて動きも限りなく人間に近い。向けられたナイフを避けて確実に相手にダメージを与えていく。武器を持っているのはゾンビだけじゃなくて、こちらも同じだ。正直西条さんがどこにいるのかはっきりしていないのは怖いけれど、誠凛の奴らのことだから西条さんがその場から離れようとした時点で引き留めるだろう。これに関しては安心して任せられる。まっすぐに目の前のゾンビを見据えて右足を振りぬいた。

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