「姫さんっ!」

その声が聞こえた瞬間にやばいと思った。嫌な予感というものは当たるもので、声の方に視線を向けるとまっすぐに私に向かってくる西条さんの姿が見えて、反対の視界の端で何かがキラリと光ったのが見えた。焦ったように私を呼ぶ一哉と康次郎の声が聞こえてゾンビが私に向けてナイフを振り下ろそうとしていることが分かった。全員の動きがスローで見えて、頭の中はびっくりするくらいクリアだった。私に向かってくる西条さんの腕を引いて自分の方に引き寄せる。ゾンビと自分の間に彼女を挟むようにすれば予想通り、ゾンビの手は西条さんを避けて振り下ろされた。

「きゃあっ!」
「姫さん!」
「葉月!」
「っ、大丈夫!」

腕に焼けるような痛みが走ってその箇所が一気に熱を持つ。西条さんの悲鳴に誠凛の奴らが面白いくらいに反応していて、一哉と康次郎が私を呼ぶ声も聞こえた。抱きかかえていた西条さんを誠凛の方に突き飛ばして咄嗟のことでバランスを崩したゾンビの横腹に蹴りを入れる。低くなった頭に思い切りナイフを突き立ててればうめき声をあげて、ゾンビは消えていった。じくじくと痛む腕に手を当てればぬるりと温かい何かが手のひらを覆った。

「大丈夫か」
「ごめん、ありがと。そっちは?」
「もう終わる」
「…アイツめちゃめちゃ楽しんでるじゃん。何体倒したのアイツ」
「原は二体だな。あとは俺と葉月と誠凛が一体ずつだ」
「誠凛雑魚かよ」
「事実でもそう言ってやるな」

これはあんまり傷口を見たくないやつかもしれない、なんて思いながらため息をつけば康次郎が隣に立つ。視線を一哉に向ければ楽しそうにゾンビにとどめを刺していて、思わずため息が出た。日向と火神はナイフで切り付けられたわけではないらしいが、一応攻撃は受けたらしい。殴られそうになって咄嗟に庇ったことで自分の腕を負傷したらしい。まあ、私からすればどうでもいいことなのだが。黒子は当然の如く戦力外だったため、西条さんと一緒にいたがゾンビと戦っていた伊月と木吉に気を取られた瞬間に隣にいたはずの西条さんが私に向けて駆け出していた。

誠凛のメンバー、と言っても主に黒子と火神、そして日向の三人は私がゾンビからの攻撃の盾に西条さんを使ったと思っているらしく私に向けてもの凄い目をしていた。確かに盾にしたことは間違っていない為、すいませんでしたととりあえず謝っておく。そんな私の態度が気に食わないのか、尚も文句を言い続ける三人に西条さんが口を開く。可愛らしく「私なら大丈夫だから!ね?」と言われて「お前がそれでいいなら…」と引き下がった三人に死ぬほど呆れた私は絶対に悪くないと思うんだ。彼女に関しては職員室の一件で襲われないことが分かっている。それを利用して何が悪いっていうんだ。

「っ、」
「葉月?」
「っあ、何?」
「どしたの?顔色悪いけど」
「んーん、大丈夫。鍵あった?」
「あるよん。つーかお前また怪我したっしょ」
「…あ、バレてた?」
「バレてるに決まってんでしょ」
「出血も中々ひどいみたいだしな。体育館に戻ったら手当するぞ」
「はあ…りょーかい」

いつでも茶番をしていなければ生きていけないのだろうか、こいつらは。また始まった茶番をぼんやり流して聞きながら眺めているとぐにゃりと一瞬視界が揺れた。瞬きをしても視界はぐにゃりと歪んだままで、俯いて目を閉じていると隣から声をかけられる。顔を上げて返事をすれば不機嫌そうに口元を歪めた一哉が立っていて、思わず嫌そう顔をしてしまった。態度の通り不機嫌丸出しの声で私の腕を指さす一哉に苦笑いで返せばいつのまにか後ろにいた康次郎からも冷静に指摘されてしまう。隠しきれるとは思っていなかったけれどこんな暗い場所でよく出血がひどいことまで言い当てられたなと感心してしまった。

「朝倉さん、ちょっといいかな」
「なに?」

ドロップアイテムの鍵を拾い、第二音楽室を出て体育館に向かって歩いていると後ろから伊月が声をかけてくる。まるで前を歩く誠凛の面々に聞こえないようにするかのような抑えた声。目だけで隣を歩いていた一哉と康次郎に少し前を歩くように促して歩調を緩める。伊月と並ぶようにして歩けば意を決したかのように伊月は口を開いた。

「あの時…西条さんを盾にするようにしたのはわざと、だよね?」
「わざとだったらどうするの?」
「いや、どうもしないけど…。もしわざとだったとしたら何か理由があるんだろうなって思ったんだ」
「…職員室を探索した時、変だって思わなかった?」
「…そ、れは」
「私はあの時探索に行ってないから分からないけどアイツらから聞いた話だと相当分かりやすかったって言ってた。少なからずバカじゃない伊月なら気づいてたんじゃないの?」

私が彼女を盾にしたのは、ゾンビ達は絶対に彼女に攻撃しない事を知っていたから。職員室でのこともあるけれど、三階の探索が始まって彼女が探索に参加するようになって。何度もゾンビと対峙しなければならない瞬間があった。でも彼女には一度もゾンビ達が向かっていくことはなかった。だから今回も、私にナイフが直接刺さることを防ぐために使わせてもらった。日向達が私に文句を言っている時、伊月と木吉だけは静かだった。それはきっと、西条さんがこちら側の人間ではないことに薄々勘づいているから。だから私にその質問をしたんでしょう?


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