天邪鬼ですね

「いっ、たぁ…!」
「大人しくしてろ」
「いや無理でしょ、いっ…!?」

体育館に戻ってすぐ、探索の結果報告をしようとした私を遮って大声で「お花ー、葉月ちゃんがまた怪我したー!」なんて言うもんだから体育館全体が良い気に静かになった。無言で立ち上がって私の元まで来た花宮にふざけようと思ったけどニッコリ笑いかけられた瞬間にそんなアホな考えはなくなった。あんなに爽やかさ百パーセントの笑顔を向けられて鳥肌が立たないはずがない。引きずられるようにステージ前まで連れて行かれた私は観念してブレザーを脱いだ。

ネクタイを外してワイシャツのボタンに手をかけた瞬間赤司と今吉さんに止められたけれど「下にTシャツ来てるんで問題ないです」と言い捨ててワイシャツも脱ぐ。腕を見れば思ったよりもザックリいっていたようで傷口を見た花宮と今吉さん、赤司の三人が珍しく眉間に皺を寄せていた。容赦なく消毒液をかけられてあまりの痛みに声が漏れた。逃げようと身を捩るけれど花宮が離してくれるはずもなくそのまま包帯を巻かれる。最後に傷口を叩かれて痛みで目に涙が滲む。

「大丈夫か?」
「花宮の治療の方が怪我した時より百倍痛い…」
「泣いてるし」
「泣いてないから。痛いけど泣いてないから」
「はいはい、分かったから」
「ま、でもそれで済んだだけよかったけどね」
「?どういうことだよ」
「姫ちゃんいなかったら今頃葉月グッサリいかれてるよね」
「はあ!?」

古橋から話を聞くからお前は休んでいろと追い返された私にザキが心配そうな目を向けてくる。いつもなら軽口で返せるけど今は痛すぎてそれどころじゃない。腕を押さえて痛がる私に瀬戸が驚いたような目をする。さっきに引き続き余計な原のセリフにザキが首を傾げる。確かに間違っていないけれどその言い方はいろいろと誤解を招かないか。そう思った私の心配は大正解だったようでザキが目を見開いて驚いていた。ほら、だから言ったのに。ため息をついて事のあらましを話せば納得したような顔をした後「勘違いするような言い方してんじゃねえよ」と原に文句を言っていた。

「葉月、ちょっと来い」
「なに?」
「あの女に触れたんだよな?」
「ああ、それ?私も何も起きないの変だなって思ったんだけど、私があの子を引っ張った瞬間かなり驚いてたんだよね。多分私が予想していなかった行動をとったせいだと思うんだけど」

じわじわと熱を持つ傷口を押さえて原とザキが離しているのをぼんやり眺めていると隣に古橋が座ってきた。声をかけようと私が口を開いたのと同時に花宮から名前を呼ばれて視線を向ける。赤司や今吉さんも真剣な顔をしていて、小さく息をついて立ち上がった。三人の元に行き、花宮と赤司の間にわざと座れば「傷つくわぁ〜」と言いながら笑う今吉さんと目が合ってしまった。嫌そうな私に構うことなく話を進める花宮に返事をすれば赤司が考えるように顎の下に手を当てる。

「つまり、彼女が意識して朝倉さんに触れないと何も起きないということですか」
「多分ね。あんまりビクビクしてないでこっちから接触した方が逆に時間稼ぎできるかもね。まあ、匙加減は考えなきゃいけないだろうけど」
「なるほどなあ…。ほんま、さすが花宮のとこの参謀やな」
「どういう意味ですかそれ」
「やり方がいやらしい、っちゅーことや」
「あはは、今吉さんには負けますよ」

赤司の言葉に頷いて考えていたことを話せば今吉さんが感心したように喉を鳴らして笑った。花宮の、という部分を強調する今吉さんにジトリと視線を向ければ、今吉さんは私を見ながらわざとらしく肩を竦めて笑う。これだからこの人は好きじゃないんだ。ニコリと笑って返せば声を上げて笑い始めた。花宮が心底うんざりしたような顔をしているからきっと今吉さんの中ではここまでがシナリオ通りなのだろう。今吉さんを見て今吉さんを理解しようとするより、大体理解できている花宮を通して今吉さんを見る方が分かりやすいかもしれない。

「朝倉さん、大丈夫ですか?」
「平気。赤司こそ疲れてるんじゃないの?」
「そうかもしれませんね」
「…赤司でも疲れることあるんだ」
「さすがに俺も人間なので人並みに疲労は感じますよ。まあ、今は俺より朝倉さんの方がお疲れだとは思いますけどね」
「疲れてないって言ったら嘘になるけど、かなり休ませてもらってるしね。意外とまだ大丈夫だよ」
「それならよかったです。もう少し休憩したら探索、お願いしてもいいですか」
「お願いって言われるより行けって言われた方が気持ち的には楽なんだけどね」
「ふふっ、天邪鬼ですね」

嫌そうな顔の花宮に構い始めた今吉さんとそれを死ぬほど嫌そうにして逃げる花宮を横目に見ていると赤司が少し眉を下げて口を開く。赤司が疲れてるなんてまずないだろうなと思いながら笑って返せば、苦笑いで返ってくる。一刻も早く脱出するためには休んでいる暇なんてないだろうに、赤司が私に気を使って休む時間をくれていることは知っていた。お礼を言うつもりはないけれど、言葉の中にほんの少しだけ混ぜた感謝に赤司は気づいたんだろう。赤司は一瞬驚いたように目を見開いてその後に、ふわりと笑った。

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