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体育館を出た時から確かに様子はおかしかった。視線がどこか別の場所に向いていたり、話を聞いていなかったりとボーッとしていることが多かった。本人はいつも通りを装っている様だったけれど、いつもと様子が違うことに花宮も気づいていた。まあ、装っていたと言っても猫を被らせたら誰にも負けない葉月のことだから陽泉の奴らには誰一人気づかせていないだろう。到着した音楽準備室で、至極機嫌が悪そうに腕を組んで壁に寄りかかる葉月はいつにも増してガラが悪い。

葉月が三グループに別れるよう提案し、花宮もそれに賛成する。部屋の奥に向かって歩き始めた葉月を追って歩き出せばその後ろから氷室もついてくる。葉月と西条を分けたのは今までの経験上近くにいられると面倒だから。間に花宮を挟んだのはアイツの目を盗んで何かをするなんてことはまず無理だから。上手いやり方だな、と思いつつ部屋の奥にある棚を探る。棚の配置上、場所によっては入口側から死角になっている場所やこちら側から見て死角になってる場所が思いのほか多かった。

棚には何も置かれておらず赤黒い何かが付着していて、正直あまり触りたくない。葉月や氷室の方は何かあったのかと振り返ろうとした時、ガタンと微かに音がした。音がした方を見れば、真っ青な顔で葉月が棚に手をついていて思わず駆け寄る。俺を一度チラリと見て、少しだけ口角を緩めた葉月が直後、崩れ落ちる。咄嗟に腕を掴んで床との衝突は防げたが、葉月の様子は明らかにおかしい。抱きかかえるようにして顔を見れば血の気の引いた顔と汗が浮かんだ額。荒くなった息と微かに震える指先。

何かやばいことが起きてるいることはすぐに分かった。こっちの様子がおかしいことに気づいた氷室が駆け寄ってきて葉月を見て目を見開いた。氷室の手が葉月の頬に触れて、その熱さに驚いて手を引っこめる。花宮に伝えようと、葉月を抱えて立ち上がろうとした瞬間だった。今じゃもう聞き慣れてしまった人ならざる者のうめき声。チラリと背後に視線を向ければこちらに向かって手を伸ばしてくるゾンビの姿。氷室がすぐに応戦してくれているお陰でこっちに被害はないが、数が数だ。いずれこちら側に流れてきてしまうだろう。

花宮達の方からも同じようにゾンビ達と応戦する音が聞こえて、迂闊には近づけない。そして最悪なことに今葉月が倒れたこの場所は入口側からは完全に死角になっている場所だ。どうしようかと、無意識に手に力が入る。そんな俺の手に葉月の熱い手が触れる。視線を向ければうっすらと目を開けて必死に口を動かす葉月の姿。口元に耳を近づければ掠れた声で行け、と言われる。けれどこの状態の葉月を放っていくのは正直心配でしたくない。そんな俺の考えていることが分かっているのか自嘲気味に笑って、大丈夫だと言った葉月を見て再度手に力が入った。気休め程度にしかならないけれど、着ていたブレザーを葉月にかけて極力ゾンビから離れた位置に座らせる。壁に凭れられるように少しだけ壁から離して座らせる。

荒い息を繰り返す葉月を視界に入れながら向かってくるゾンビに応戦する。振り下ろされた拳を避けてその頬に思い切り拳を打ち込めばぐしゃりと音がする。肉なのか骨なのか、何かは分からないが何かが潰れる音と感覚がリアルに伝わる。最早慣れてしまったその感覚を振り払うようにもう一度拳を打ち込む。今度は頬ではなく鳩尾に向けてその拳を向ければゾンビの体がぐらりと揺れる。そのチャンスを逃すことなく胴体を蹴り、ゾンビを倒してその頭を潰す。ぐちゃりと音がしてさらさらとゾンビが消えていく。何回かそれを繰り返せばゾンビはあっという間にいなくなる。

葉月に駆け寄れば、未だに荒い息を繰り返していて名前を呼ぶ声に反応こそするものの目は開かない。ふと、傍に鍵が落ちていることに気づいて拾いあげる。ポケットにそれをしまって、葉月を抱えて花宮のところに戻ろうとした時だった。いつまで経っても戻ってこない俺達を迎えに来たのかこっちに顔を出した花宮が壁に凭れて苦しげに顔を歪める葉月を見て嫌そうに舌を打つ。何があったかを話せばしゃがみ込んで葉月の額に手を当てる。すぐに舌打ちをしてその手を離し、花宮が葉月をふわりと横抱きにする。花宮に抱えられた状態でぐったりとする葉月に最悪の事態を想像してしまい頭を振る。

お前がこの程度でくたばるような奴じゃないことくらい、皆知ってる。だからさっさと起きろよ、葉月。極力揺らさないように、それでいて足はいつもよりも早く体育館を目指す花宮の後ろを歩きながら準備室で入手した次の教室の鍵をポケットの上からぐっと握りしめた。


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