物理攻撃効くのかなあ

まだ一階しか見てないけどこの校舎の大体の構造は分かってきた。渡り廊下で繋がれた教室棟と特別棟があって、階段があるのは恐らく四箇所。体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩いて見えてきたのは美術室、美術準備室、技術室、技術準備室、家庭科室、家庭科準備室、トイレ。さらに歩くと奥には職員玄関と事務室があった。仕掛けがあるかも、と話していた職員室は一階になかった。

教室棟へと続く渡り廊下を歩いて教室棟に向かう。教室棟一階には給食室、二年一組から二年六組までの教室、トイレが並んでいた。教室の中にも目立っておかしな点やアイテムはなくて、至って普通の校舎だった。おかしな点は見当たらない…ってか、この状況そのものがおかしいからおかしな点しかないか。

「うん普通に怖い帰りたい」
「まだ言ってんのか」
「だってさあ…蛍光灯チカチカしてるし、窓の外異常なくらい真っ暗だし不気味だし」
「葉月の嫌いなお化け屋敷そのものだもんねー、どんまいっ」
「絶対殺す」
「まあ確かにちょっと不気味だよな…」
「ここまで何も無いのと不気味にもなるよね」
「いっそ何か出てきてくれた方がいいんだがな」
「もうやだこの人達。何でこんなに楽しそうなの」
「何だかんだお前も楽しんでんだから同罪だろ」
「私が楽しんでるのは人間関係の方だから。てか、まこちゃんも私サイドの人間でしょ」
「まあな。あの女がこの後どう動くかは見物だな」
「ほーらな。花宮なら絶対そう言うと思った」

一通り歩いてみても何も起きないし何も見つからずホッとしつつも心のどこかで何だこの程度か、なんて思えちゃって。そう思ったのがいけなかったんだと思う。「グガ、ァ…」みたいな声が後ろから聞こえてバッと振り向く。廊下の奥にゆらりと動く影が見えて、それがゆっくり近づいてくる。

「ねえザキさあ、あれなんだと思う?」
「俺が聞きてえっつーの。むしろお前は何だと思ってんだよ」
「えー?俺はねーバ○オっぽいなーって思ってるよん」
「奇遇だな。俺も同じ事考えてた」
「こんなに自分を馬鹿だと思ったことは無いな」
「なに?どうしたの急に」
「瀬戸、スマホもしくは一眼レフを持って「るわけないでしょ、バカじゃないの」」
「こんなに非現実的で面白い状況をカメラに収められないなんて最悪だ」
「目に焼き付けとけばいいんじゃない」
「うわあ…あれ物理攻撃効くのかなあ」
「お前、迎え撃つ気か」
「だってうちらの後ろは壁だよ。行き止まり。回避する為には倒さなきゃじゃん」
「どこの戦闘狂だバカ」

教室棟の一番奥まで来て、元来た道を引き返して体育館へ戻りたかったんだけどそう簡単にも行かないみたいで。私達がこれから向かいたい方向からゆっくり歩いてくるのは所謂ゾンビ、という奴。まったくもって非現実的だ。ここに来る前に何か出るとか言ってたフラグを見事に回収してしまった。

見た感じだとこっちに向かってきてるのは一体だけ。まあ、こっちには六人も戦闘要員がいるわけだから特に問題ないと思う。ゾンビのスピードや力がどの程度かわからないから100%大丈夫とは言えないけれどこのメンバーだとどうしたって大丈夫な気しかしないから不思議だ。原とザキなんか「やっぱ弱点って頭かな?」「でもどうやって頭潰すんだよ転ばせるか?」とか話し合ってるからあの二人が何とかしてくれるんだと思う。

「倒す気満々の奴があそこに二人いるから任せれば?」
「はあ…一哉!ヤマ!確実に仕留めろよ!」
「はいはーい了解ー」
「おー、了解」
「くっ…カメラが欲しい…!」
「古橋、まだ言ってんの?」
「だってこんなレア状況をカメラに収めずしてどうするって言うんだ」
「カメラに映んなかったりしてね」
「…その可能性もあったか」
「古橋ってたまに恐ろしく馬鹿だよね」
「普段は賢いのにね冷静さの欠片もないじゃん」
「アホやってないで走る準備しとけよ」
「ほいほい了解」
「ザキ、しくじんないでねん」
「お前もな」

私達の前に立った原とザキがゾンビを見据える。ゆらりゆらりと歩いてくるゾンビは目は悪いけれど耳は良いらしい。こっちから姿が見えていたということはゾンビも見えていておかしくないのに一向に向かってこなかった。その代わりに一定距離まで近づいてきた瞬間、私たちの声が聞こえたのかピタリと止まった後こちらに向かうスピードを速めてきた。

こちらに手を伸ばして走ってくるゾンビを原が爆笑しながら転ばせる。えっ、今すごい音したんだけど。ビターン!と床とこんにちわしたゾンビにうわあ、と声が出る。床に倒れたゾンビの頭をサッカーボールを蹴るようにザキが蹴り飛ばす。ゴッ、っとこっちもまたすごい音がしてゾンビの頭が転がる。…えっ、まじ?

「ふはっ、随分派手にやったな」
「ザキやべえ!」
「頭飛んだね」
「やっぱりゾンビの弱点は頭なのか…」
「まって、くっ…お腹痛い…!あっはは!ザキやばいって、それ!」
「俺が一番びっくりしてるっての…」
「まさか頭取れるとか思わないよね」
「葉月もできるでしょ?」
「は?か弱い女子にゾンビの頭蹴り飛ばせって?」
「どこにか弱い女子がいんだよ」
「目の前にいるじゃん」
「葉月が、か弱い…?」
「古橋その目やめて」
「ま、葉月もできそうだけどやんなくていいよ。ザキがやってくれるから」
「また俺かよ!まあいいけどよ…」
「瀬戸とザキは大好き」
「チョロすぎんだろお前」
「は?ザキに言われたくないんだけどやっぱ瀬戸が一番だわ」
「手のひら返すの早すぎだろ」
「……消えたね」
「消えたね」
「ついでにドロップアイテム発見!」
「ちゃんと拾っとけよ、一哉」
「あいあいさー」
「また体育館戻るのか…」
「そんなに嫌なのか?」
「は?嫌に決まってんじゃん。体育館戻ったら瀬戸と一緒にお昼寝する」
「どうせ寝れないでしょ、葉月」
「寝た振りだから大丈夫」

倒れたゾンビを見て死ぬほど笑った後、ゾンビがサラサラと砂になって消えたのを見た。すごい、ゲームみたい。ゾンビが倒れていた場所には赤いガラス玉が落ちていて。原がそれを拾ってポケットに入れる。今さっきゾンビと戦っていたのが嘘のようにいつも通りの会話をしながら体育館に向けて歩き出す。さすが、ウチの連中の図太い神経には拍手を送りたい。もれなく私もなんだけど。

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