「あ、醤油ないんだった…」

もう少しで夜ご飯が完成するというのに、肝心の醤油が切れていることを思い出した私は一度、コンロの火を止めてエプロンを外す。上着を羽織り、スマホと財布を持って家を出る。向かうのは隣にある坂ノ下商店。まだこの時間ならやっているだろう。

「繋心くん、醤油ちょーだい」
「あ?嶋田のとこで買わねえのか?」
「買うの忘れてて今気づいた」

ガラリと扉を開ければ煙草をふかしながらマンガを読む繋心くんの姿。店の奥では高校生が楽しそうに談笑しており、その声を聞きながら醤油を頼む。ついでにお菓子でも買っていこうと、お菓子が置いてある棚を眺めていると横から何かがぶつかってきてそのまま倒れる。

「す、すみませんんんんんんん!!!」
「ひ、日向ボゲェ!!!何やってんだボゲェ!!!」
「お、俺だけのせいじゃねえだろ!!!」

転んだ私に真っ青な顔で土下座をするオレンジの髪の男の子と、そんな彼に鬼の形相で怒鳴る黒髪の男の子。謝ったり喧嘩したり、随分忙しい2人だなあと思いながら眺めていると横から声をかけられる。

「大丈夫ですか!?」
「あ、大丈夫大丈夫。ありがとう」
「ウチの一年がすいません…」
「一年生かぁ…どうりで元気なわけだ」
「怪我とかないですか?」
「ぜーんぜん。心配してくれてありがと」

泣きボクロが特徴的な優しそうな男の子が手を貸してくれたので有難くその手を取って立ち上がる。さっき私にぶつかってきた二人は一年生らしく、先輩らしき男の子に怒られている。坊主の子と小さめの男の子が「美女にぶつかるとは何事だ!」だとか「もし美女が怪我したらどうするんだ!」とか何とか言ってて正直照れそう。恥ずかしい。

「何やってんだ、お前」
「あ、繋心くん。醤油あった?」
「ほら、これだろ」
「わーい、ありがと」

私がいつも使ってる醤油をちゃんと持ってきてくれる繋心くんにさすが〜と笑っていると後ろからまた声をかけられる。振り返ればさっきぶつかってきた男の子二人が気を付けの姿勢で立っていた。どうしたの、君達。なんて思っていると二人がガバリと頭を下げる。

「「すみませんでした!!!」」
「えっ、あっ、いや、大丈夫だから頭あげて!?」

確かに店の中で遊んでいた彼らも悪いけど、ぼけっとしてた私にも非はあるわけで。そんなにきちんと謝られるとちょっといたたまれないというか、何というか。私こそごめんなさい、と謝ればお姉さんは悪くないです!と慌て出すオレンジ髪の男の子に思わず笑ってしまう。

「じゃあ、引き分けってことにしよっか」
「は、はい!あざーっす!!」
「あとお店の中だからもう少し静かに、ね?」
「は、はい…!」

元気がいいのは良いことだけど、もう少し静かにしないと繋心くんが怒るから静かにね、と口元に人差し指を当ててしーっとジェスチャーをすれば慌てて両手で口を覆い、首を縦に振る姿にまた笑ってしまう。可愛いなあ。

「本当にすいませんでした。怪我とかなかったですか?」
「あ、ううん。大丈夫。ありがとうね」
「俺、烏野高校バレー部主将の澤村大地です。もし、後からどこか痛くなったりしたら学校に連絡してください」
「…澤村くん本当に高校生?しっかりしすぎじゃない?」

謝る二人を可愛いなあと見ている私にもう一度頭を下げたのは澤村くん。さっき二人を叱ってた時からしっかりしてるなあとは思ってたけどまさかここまでしっかりしてるとは思わず、口から本音が出てしまう。私の言葉にキョトンとする澤村くんに最近の高校生は優秀だなあ、と思うのと同時に私が高校生の時の周りの男子はもっと馬鹿だったよなあと、繋心くんに覚めた視線を向ける。

「なんだよ」
「別に〜?私が高校生の時の周りの男子はもっと馬鹿だったなと思ってただけ」
「馬鹿で悪かったな」


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