私のヒーローは好きな人
学校に行く電車の中。いつも同じ場所に座っている彼はイヤホンを付けて伏し目がちにスマホを眺めている。名前を知っているわけでも話をしたことがあるわけでもない。
分かるのは彼があの有名な雄英生であるということ。所謂、一目惚れというものでいつも気づかれないように視線を向ける日々だった。
そんなある日、いつもように駅に着き、電車に乗ろうとしていつもより人が多いことに気づいた。遅延によっていつもよりも人の多くなっている電車内で彼を見つけることは出来ずに私は小さくため息をついた。
学校の最寄り駅まではおよそ20分。椅子に座ることは出来なさそうだな、と早々に諦めてドアの近くに立つ。私の降りる駅までこちらの扉は開かない為、人の出入りはない。
「っ…!」
「はぁ…はぁ…」
電車が動き始めて数分。初めは腰にあった手が徐々に私の下半身を撫でるように動き出す。
あまりの恐怖に声は出ず、体も動かない。私が抵抗しないのをいい事に、その手がスカートの下に入ってくる。
気持ち悪い、嫌だ、誰か、誰か助けて。
「おっさん、次の駅で一緒に降りろよ」
「な、っ!なんだ君は!」
「今、この子に痴漢してたよな」
「っ!誰がそんなこと!」
「俺、全部見てたんだよね。大人しく次の駅で降りろよ」
ぎゅっと目を閉じて胸の前で抱えたカバンを思い切り抱きしめた瞬間。ふわりと体の向きが変わって優しく抱きしめられる。聞こえてきた男の人の声と、おじさんの声。
「俺も一緒に降りるから、もう少し頑張れるか?」
「…っ、」
優しくかけられた声に必死に頷けば頭を一度撫でられて、再度抱きしめられる。カタカタと震える体を男の人が支えてくれて、一緒に電車から降りる。
その男の人は声も出ず、俯いて震える私の代わりに警察に事情を話してずっと私の隣にいてくれた。
「あ、の…ありがと…っ、!?」
「あー…ごめんな。急に抱きしめたりとか…怖かった、よな…?」
「そ、そんな…!」
お礼を言おうと顔を上げて、助けてくれた人を見て言葉を失った。だって、その人は、私がいつも見ていた彼だったから。頭をかきながらバツが悪そうに謝る彼に首を横に振る。
「俺、見てないからさ。泣いちゃえよ。怖かっただろ」
「そ、んなこと…っ、ふっ…ぇ、っ」
「怖かったよな。もう大丈夫だから」
「こ、こわ…っ、こわかっ、たぁ…!」
ありがとうございます、と小さな声でお礼を言えば彼は少し迷うように手を動かした後、私をふわりと抱きしめた。慌てる私の後頭部に手を回して、胸に押し付けるようにその手に力が込められる。彼の優しい言葉にじわりと涙が滲んで、さっきまで我慢していたものが溢れ出す。
落ち着くまでひとしきり泣いた私はぐすぐすと鼻を鳴らす。声を上げて泣きじゃくる私を何も言わずに抱きしめていてくれた彼にもう一度お礼を言えば、彼は「いーって!気にすんな!」と笑ってくれた。
「あの、ほんとに…ありがとうございました…!」
「いーっていーって!これでもヒーロー志望だし、当然のことしただけだから!」
再度頭を下げた私に彼はニカッと笑う。自分も学校があるだろうに、私を学校まで送ってくれた上に学校の先生に直接事情を説明してくれた。何から何まで助けてもらって申し訳なさが心を支配する反面、嬉しいと思ってしまう自分がいて。
あんなに嫌な思いをしたのに、彼のおかげで思っていたより心は落ち着いている。明日、また会えたら。今度は勇気を出して名前を聞いてみようかな、なんて。
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