お泊まり会でもしませんか

「はーなみーやくーん」
「あーそーぼー」
「帰れ」
「嘘だって!ねえ、ごめん開けてー」

花宮の家のインターホンを押してふざける原とザキを冷めた目で見ていれば、案の定花宮の冷たい声と共にその場が一瞬静まり返る。家の扉をドンドンと叩きながら開けてと騒ぐ原に花宮に怒られるから止めなよ、と口を開こうとした瞬間に扉が勢いよく開く。中から現れた花宮は不気味なくらい爽やかな笑みを浮かべていて思わず鳥肌が立った。

「やあ、皆。どうしたの?」
「今日からお母さん出張でいないんでしょ?だから泊まり込みで勉強しようかなって」
「…ふざけんな帰れクソ」
「まあまあそう言わないでさ!親睦深めよ?」
「気持ち悪ぃんだよ帰れ」

近所の人達との付き合いもあるのだろうが、余所行き用の仮面をつけた花宮に思わず顔を逸らして笑ってしまう。いやだって、花宮がこんな爽やかな顔して「やあ」なんて言ってたらそりゃ笑うでしょ。笑いを堪える私を鋭い目で睨みつける花宮に原が口を開く。ちなみに、このお泊まり計画は一切花宮には知らせていない。まあ、つまるところアポ無し訪問だ。

折角の休日に私達が押しかけてきたことは勿論、泊まりの計画まで立てていたことにご立腹の様子の花宮だったけれどたまたま家の前を通ったお隣のおばさんに「あら、真くんのお友達?賑やかでいいわね、真くん」なんて言われてしまって。しかも、それに「ええ、本当に。僕は友人に恵まれてますよ」なんて返しちゃったもんだからその場で家にあげるしかなくなってしまった。

「…チッ。掃除してないからあまり綺麗じゃないけど、どうぞ」
「わーいお邪魔しま〜す!」
「テメェらまじで覚えとけよ」
「いや、ほんとマジでごめんて」

私たちにも聞こえるか聞こえないかくらいの舌打ちをして花宮が私達を家へと招き入れる。勿論、すれ違いざまにドスの効いた声で苛立ちを顕にするのも忘れない。室内に入れば白と黒でまとめられたモノトーンの部屋で、花宮らしいと言えばらしい。人が住んでいる、というよりもホテルの部屋のような印象を受ける部屋に違和感を覚える。

「あれ?お花一人暮らしだっけ?」
「実質な」
「実質?」
「父親は蒸発、母親は出張」
「思ったよりハード…」
「別に今更気にしてねぇよ。一人の方が色々と都合いいしな」
「まあお前はそんなんで悲しむ様な男じゃないもんな」
「そういうことだ」

私の疑問をそのままぶつけるように原が首を傾げれば、意味深な返事が来る。ザキがその返事にさらに首を傾げれば、まるで練習メニューを読み上げる時の様に淡々と話す花宮に思わず頬がひくりと引き攣った。そんな私を見て心底バカにしたようにふっと鼻で笑った花宮に瀬戸がけろっとした顔で返せば満足そうに花宮が笑った。

泊まり込みで勉強、とは言ったものの勉強をする気が原とザキにある訳がない。二人のカバンから出てきたゲーム機にその他全員がやっぱりなと言わんばかりの顔でため息をつく。が、このメンバーで集まって恋バナだとかお喋り会なんていう可愛いことをする訳もない。やる事と言えばバスケかゲームくらいだ。

「だっ、から何で俺なんだよ!?」
「お前が狙いやすい位置にいるのが悪い」
「ザキおっさきー!」
「クッソ!待てコラ!」
「やーだよーん、ってあああ!」
「油断大敵だよん」
「ムカつく原のくせに!」

花宮の家に押しかけてきてから早数時間。某レースゲームをする私と古橋、ザキと原を呆れた目で見ながら花宮はコーヒーを飲んでいた。瀬戸はそんな花宮の隣でぐっすり寝ている。こんなに騒いでいるのによくもまあ、起きないものだ。ぎゃあぎゃあと騒ぐ私達に時折うるせえ、だの何だの言うくせに家から追い出さない辺りは花宮もちょっとは楽しいと思っているのかもしれない。

「花宮ー、お腹減ったー」
「テメェほんとにいい加減にしろよ」
「だってお腹減ったんだもん」
「チッ、めんどくせえ。カップラーメンでも何でも買ってきて食えばいいだろ」
「えー!折角のお泊まり会でインスタントとかつまんないじゃん。闇鍋しよ!闇鍋!」
「却下」

さらにゲームを初めてから数時間後、お腹が減ったと騒ぎ始めた原に花宮がひくりと頬を引き攣らせた。闇鍋と言う単語にそれはちょっと勘弁して欲しいと思ったのは私だけじゃなかったようで原以外の全員が嫌そうな顔をしていた。原以外の全員がまともな食材を入れたとしても原が入れたモノのせいでその鍋が完全にダメになることが目に見えているからだ。

「花宮キッチン借りていい?」
「あ?何すんだよ」
「ご飯作るの」
「冷蔵庫なんも入ってねえぞ」
「え、米も?」
「米はある」
「じゃあいいよ」

人によっては自分のテリトリーを荒らされることを嫌う人がいる為、念の為花宮に許可を得てキッチンに入る。花宮にどこに何があるかを軽く教えて貰って、準備に取りかかる。どうせ夜中にお菓子食べるんだからそんなにいっぱいなくてもいいだろうと思いながらもアホのように食べる花宮と古橋のことを考えて一応五合のお米を炊飯器に入れて炊飯ボタンを押す。

「なになに?名前なんか作るの?」
「名前ちゃん特製オムライスでーす」
「ああ、だから来る途中で卵買ってたの」
「そゆこと!」

私の後ろに回り込んで手元を覗き込んでくる原にふざけて返せば少し離れた場所から様子を伺っていた瀬戸が納得したような声をあげた。花宮の家に来る前にお菓子やらジュースやらを大量に買い込むためにスーパーに寄った時に一緒に買っておいて正解だった。ご飯が炊けるまでゲームでもしてろと私の背中に張り付く原を引き剥がしてキッチンから追い出す。ご飯が炊けるまでの間にスープやサラダを作っていればご飯が炊ける音と、炊きたてのご飯のいい匂いがしてくる。

「ねー、まだー?」
「今米炊けたばっかだっつの。黙ってゲームしてろバカ」
「口悪すぎなんだけどウケる」
「なあに?一哉くんご飯抜きがいいの?」
「うそうそ!ジョーダンだって!」
「何か手伝うか?」
「ううん、いいよ座ってて」
「そうか。何かあったら呼んでくれ」
「ん、ありがと」

ご飯の匂いにつられたのかキッチンに顔を出した原にしっしっ、っと手を動かせばケラケラと笑い出す。相変わらずベタベタとくっついてくる原を引き剥がしていれば古橋が原の首根っこを掴みながら首を傾げる。ありがたい申し出だけれどオムライスじゃ手伝ってもらうほどのことはない。キッチンから出ていった二人を横目にご飯の中に調味料を入れて軽く混ぜる。

フライパンに一人分のご飯を移して、軽く炒めてからお皿に入れて同じフライパンに卵を入れる。焦げないようにかき混ぜながら、すぐに火から離して余熱で温める。そのままご飯の上に乗せれば半熟ふわとろ卵のオムライスの完成だ。同じ工程を何度か繰り返して全員分のオムライスを作り、スープやサラダも器に盛り付ける。最後にオムライスの上にケチャップをかけてテーブルに置く。

「さっすが名前!いっただきまーす!」
「はい、どうぞ」
「うまっ!?」
「ふふん。でっしょ〜」
「ほんとに美味いな」
「えへへ〜、ありがと!」

美味しいと言いながら食べてくれる皆に自然と頬が緩んでしまう。まあまあだな、なんて言ってる花宮もちゃんと食べてるということは美味しいという意味なんだろうと受け取る。洗い物は自分がやると言ってくれた古橋とザキに洗い物を任せてコーヒーを飲む。ザキの文句を言う声が聞こえてくるから、多分古橋がちょっかいかけてるんだろう。花宮もキッチンをちらりと見て小さくため息をついていた。

「お花ー、風呂入ってきていい?」
「チッ、さっさと行ってこい」
「うぇーい。名前一緒に、」
「入らないからさっさと行ってこい」
「ちぇー、つまんないのー」
「行くわけないでしょバカなの」

少しぬるくなってきたコーヒーを舌の上で転がしていればソファの下で寝転がっていた原がガバリと起き上がる。図々しい頼みにも聞こえるけれど若干潔癖な花宮からすればお風呂に入らないでベッドに寝られるのは嫌なのだろう。割とあっさり原の頼みを承諾していた。持ってきたカバンの中から下着とジャージを引っ張り出して慣れたように風呂場に向かう原を見送ってテレビに目を向ければ洗い物が終わったらしい二人が戻ってくる。

「終わった?」
「ああ」
「ありがと」
「大した量じゃなかったしな。気にするな」
「原は?」
「風呂」
「マジか」

お礼を言いながらソファのスペースを空ければ隣に古橋が腰掛ける。さっきまで原が寝転がっていた場所に座ったザキがあたりを見回して首を傾げる。本を読みながら不機嫌そうに返した花宮に苦笑いしながら風呂場の方を見たザキが「原戻ってきたら俺も行こ」なんて言うからまた花宮の機嫌が悪くなる。触らぬ神に祟りなし、イライラしてる様子の花宮を無視して古橋と話をしていればじろりと睨まれる。なによ、何にもしてないじゃん。

お風呂に行ってた原が戻ってきて、その後順番にお風呂を借りて最後に私が入る。入る、とは言ってもシャワーを浴びるだけで湯船に浸かるわけじゃないからそんなに時間もかからず20分程でシャワーを終える。ドライヤーの場所は前もって教えて貰っていた為、有難く借りることにして髪を乾かす。部屋に戻れば既に皆はゲームをしていて、空いていた花宮の隣に腰を下ろす。

「お風呂、ありがと。ドライヤーも借りちゃった」
「あぁ」
「ごめんね、急に来て」
「ほんとにな。申し訳ねぇと思う心があるなら一刻も早く帰れ」
「それは嫌」
「チッ」

花宮が飲んでいたコーヒーを横から奪って口を付け、原達のゲーム画面を眺めながら話をする。暫くして日付も変わり夜が深まってくれば当然眠くなってくるもので、ふと気付くとソファに座ったまま眠っていた。 どうやら私は花宮の肩に寄りかかるようにして寝ていたようだ。後で何か文句を言われそうだが、突然家に押しかけて騒いだ挙句お泊まりなんてことをしている以上今更だ、諦めよう。

原とザキ、瀬戸の三人は床で雑魚寝。古橋はソファに寄りかかって私の隣で眠っていて、花宮は私に少し凭れるようにして眠っている。申し訳程度に膝の上にかけられたブランケットを首元まで引っ張りあげてもう一度目を瞑る。あぁ、そういえば明日の朝ごはん買ってなかったっけ。まあ、朝コンビニ行けばいっか。なんて思いながら聞こえてくる寝息につられるように意識がとぷりと沈んだ。



書いてたら楽しくなっちゃって気づいたらこんなに長く…。リクエストの「赤い月番外編で花宮宅に皆でお泊まり」のコーナーでした。5人揃うとさすがにもうワイワイガヤガヤ騒がしいことこの上ないです。収拾つかないし。朝起きて皆でコンビニ行って朝ごはん買ってまた花宮の家に帰ってくるんだろなって。「なんでテメェらも着いてくんだよ帰れよ」って花宮が言うんだろうなって。そんなことを思いながら書いてました。めちゃ楽しかったです。素敵なお題、ありがとうございました!

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