甘いミルクはお好みで

月に一度のレディースデー。当然ながら私も女子なので月に一度、腹痛で殺されそうになる日がやってくる。そして、今日はよりにもよって二日目。死ぬほど痛い、お腹が痛い。今日は部活が休みなので誰も来ないと予想を立ててやって来た部室のソファを占領して横になる。

「ぅ、ぁー…しぬ、はらいたい…」

朝からジワジワと痛んでいた下腹部のせいで薬を入れているポーチを持ってくるのを忘れてしまった。普段なら我慢できるが、今回に関しては笑えないレベルで痛い。こういう時こそ飲むべき薬を忘れてくるなんて有り得ないと朝の自分を殴りたくなった。

「おいブス何してんだ」
「うるさい…」
「あり?名前ちゃんセーリ?」
「デリカシーってもんはないのかお前…」

ズキズキと痛む下腹部を押さえて小さく丸まっているとガチャリと音を立てて部室の扉が開く。チラリと視線だけ向けると眉間にシワを寄せた花宮とその後に立つ原が目に入る。今日ばかりは花宮からの喧嘩も買おうと思えないし原のクソみたいな話にも付き合ってあげようと思えない。完全に覇気のない私を見て二人が驚いたように目を見開く。なんだよ、なんか悪いか。私は今腹が痛いんだよ。

「え、マジで顔色悪いじゃん。だいじょぶ?」
「だいじょばない…」
「薬は?」
「わすれた…」
「バカだろ」
「朝からいたくて、それどころじゃなかった…」

ソファで丸くなる私に原が近付いてきてしゃがみ込む。私の顔にかかる髪の毛を指で払いながらぽんぽんと頭を撫でられる。いつもなら払い除けるけど今は腕を動かすのすら辛い。私が薬を持っていないと言えば心底呆れたように花宮が口を開く。それについてはさっき朝の自分を呪ったばかりだったので同意する他ない。というか、反論する気力がない。

「一哉」
「ん?なに?」
「これ飲ませとけ」
「え、なんでお花が生理痛の薬持ってんの」
「ふざけんな頭痛ぇ時に飲む用だ。痛み止めの薬だから生理痛でもないよりマシだろ」
「まって、おまえらさっきから生理痛生理痛って連呼すんなよ…」
「めんごめんご」
「いっちょ前に恥じらってんじゃねえよ」
「うるせえ、まゆげ…」

私に背を向けて自分のロッカーに向かった花宮を見ながらお腹を押さえる。痛いの痛いのとんでけー、なんて言いながら私の腰を撫でる原に正直殺意は湧いたけど多少楽にはなっているのでこの際何も言うまいと口を噤む。花宮が鞄から何かを取り出し、原に投げて渡す。受け取った原が手の中の物を見て面白そうに声を弾ませた。

何で花宮が痛み止めの薬を持っているのか分かってるくせに茶化す原を花宮が人ひとり殺せそうな目で睨みつける。花宮はこういう時意外とお子様だからすぐ喧嘩買っちゃうんだよね。あ、ごめんて睨まないでよ。それよりも…とさっきから思っていたことを呟けば返ってきたのは悪いなんて1ミリも思ってなさそうな声。だと思いました。

「名前ー、薬飲める?俺が飲ませてあげよっか?」
「どーせ口移しで、とかいうんでしょ…いらない…」
「つれないなあー」
「…お前バカだろ」
「えー!なんでさー!」

薬をチラつかせながら私の肩をぽんぽんと叩く原の口元が緩んでいて、また碌でもないことを考えているのかとため息をつく。私の言葉に否定をしない原に花宮が冷めた目を向ける。まあ、ここまでがいつものやり取りなんだけど。原から薬と水を受け取って、飲む。

「間接ちゅーだね、名前」
「今更でしょ」
「もっと恥じらってよ」
「そんな気力ないから」
「あれ、お花どこ行くの?」
「シカトじゃん、ウケる」
「名前結構元気じゃね?」
「そう見える?」
「そんなこと無かったわ。顔色悪すぎ」

水なんてどこから持ってきたんだと思っていれば案の定原のだったようで、ペットボトルに口を付けた私を見てニヤリと口元を緩めていた。だが、間接キスなんていつも当然のようにしてるし今更恥じらいなんて存在しない。そんな私につまらなさそうに唇を尖らせる原を見ていると先程までイスに腰掛けていた花宮が立ち上がる。原の問いに答えることなく部室を出ていった花宮に不思議に思いながらも再度ソファで横になる。

「まじほんとむり…しねばいい…」
「めっちゃ言うじゃん。そんな痛いの?」
「そりゃね…もう歩くのすらしんどい」
「ヤった後とどっちがしんどい?」
「しね…ほんとしね…」

薬を飲んだからと言ってすぐに楽になる訳ではなくて、薬が効いてくるまでが辛い。ズキズキと変わらずに痛むお腹に悪態を付けばよしよしと言わんばかりに原が頭を撫でてくる。珍しく下ネタ言わないしや優しいしで普段からこうならいいのにと思っていれば、真面目が数分と続かない原の口からすぐに下ネタが飛び出す。前言撤回もう絶対優しいとか思ってやらない。ほんとにありえない。

「あ、お花おかえりー…って何持ってんの?」
「名前」
「なに…っぶ!」

ガチャリと部室の扉が開く音と原の声が聞こえた後、ロッカーを探る音。少しして花宮に名前を呼ばれ顔を上げる。視界いっぱいに広がる黒色。反射的に目を瞑ればぼふりと顔に何かがぶつかる。手に取って広げれば黒色のブランケット。冷え性の花宮が自分のロッカーにいつもいれているものだ。

「んえ〜花宮素直じゃなさすぎ〜」
「うるせえ」
「それも名前に買ってきてあげた系?」
「間違えたんだよ」
「コーヒーとココア並んでる段違うじゃん」
「うるせえ黙れ」
「…ありがと」
「なんか言った?」
「なんにも。痴話喧嘩するのは良いけど私寝るから静かにしてね」
「気色悪いこと言ってんじゃねえよ。さっさと寝ろブス」

花宮の突然のデレに驚く私に対してニヤニヤと口元を緩めて笑う原が花宮の手に持たれたコーヒーとココアの缶に言及する。眉間にシワを寄せながら花宮がココアの缶を原に投げつければ難なくそれを受け取って「珍しい花宮のデレだよ」なんて言いながら私にそれを渡してくる。

冷えていた指先が少しずつ暖かくなって、ブランケットをかけた体も少しずつ暖かくなる。薬のせいもあって少しずつ眠くなってきて、花宮と原の声が遠くなっていく。ゆるゆると私の頭を撫でる原の手が、不服にも気持ちよくて。いつもならムカつくだけの花宮の声も、不服ながら心地よくて。たまには優しくされるのも悪くないな、なんて思いながら目を閉じた。



素敵なお題ありがとうございます〜!甘やかされる名前ちゃんくそかわで書いてて最高に楽しかったです。花宮と原は身内に甘いもんなあ〜そうだよなあ〜

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