世界に、君と、ふたり

「古橋、帰ろ」
「終わったのか?」
「うん。遅くなってごめん」
「気にするな。俺が好きでやってるだけだからな」
「…ん。ありがと」

少しだけ、予定よりも長引いた委員会。終わった瞬間に教室を飛び出し、早足で古橋が待っている教室に向かう。久しぶりに部活が休みだったのに委員会だなんてふざけてる。ガラリと扉を開けて窓際の一番後に座る古橋の元へ足を進める。私を見て古橋は目尻を下げて口元を緩ませた。

何となく、私と付き合い始めてから表情豊かになったような気がする。前よりもずっと優しい顔をするようになって。しかもそれが真っ直ぐ私に向けられるものだから、真っ直ぐ見返すことが出来なくていつも目を逸らしてしまう。その度にどうしたんだと顔を覗き込んでくるものだから逃げるのも一苦労だ。

「名前」
「なに?」
「手を繋いでもいいだろうか」
「いいよ。はい」
「少しは照れるとかないのか」
「そのまま返すけど」
「これでも照れてるぞ」
「全然表情変わんないよ」
「努めてるからな」
「あ、努めてるんだ」

歩き始めて数分。立ち止まった古橋から差し出された手に自分の手を重ねる。ぴくりと一瞬古橋の肩が跳ねて、目が見開かれる。正直手くらい繋げと言われれば原達とでもできる。平気そうに見えた古橋は思っていたよりも緊張しているようだ。繋いだ手から伝わる熱が心地よくて、少し力を込めればそれに応えるように古橋の手に力が込められる。

「ねえ、古橋っていつから私の事好きだったの?」
「いつから、と言われると難しいな。気づいた時にはもう好きになっていた、という答えでは満足出来ないか?」
「ちょっとキュンとしたから許す」
「キュンとしたのか」
「うるさい」
「可愛いな」
「っ…、」

ただ、本当に何となく。前から聞いてみたかったことをぽつりと口に出せば少し考えるような素振りの後、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような答えが返ってくる。どうしてこの男は手を繋ぐのは恥ずかしいのにこういうセリフは平気で言えるんだ。少し不貞腐れたような態度を取る私に古橋の頬がまた緩む。古橋の大きな目が細められて、どくりと心臓が高鳴る。

「古橋」
「どうした?」
「好きだよ」

やられっ放しはどうにも性にあわなくて。立ち止まって名前を呼べば古橋は振り返って首を傾げる。繋いでいた手を思い切り自分の方に引けば、突然のことに体制を崩した古橋が前のめりになる。近くなった古橋の頬に唇を落とせば、声にならない声が漏れて動きが止まる。逃げるように歩き出せば少しして後ろから足音が聞こえてくる。

「名前、っ」
「わっ…!」

少し上擦った古橋の声に振り返ろうとした瞬間、後ろから伸びてきた腕が私を捉えてぎゅう、っと抱きしめられる。古橋が息を吐く度に首筋に息が当たって擽ったい。小さな声で呼ばれる名前に返事ができない。聞こえるんじゃないかというくらい音を立てる心臓と、熱くなっていく顔。どうしよう、思っていたよりもずっと恥ずかしい。

「名前…」
「な、なに…?」
「俺も、名前が好きだ」
「っ、」

学生の帰宅時間と大幅にズレていたことと、時間が遅かったことにこれ程感謝したことはない。こんな恥ずかしいこと人がいたら絶対できないし、誰かに見られてるなんて恥ずかしさで死ねる。赤くなっているであろう顔を俯かせていると、再度小さな声で名前が呼ばれる。震える声で返事をすれば、古橋は息を吸ってからその言葉を口にした。

どうしよう、顔が見れない。振り返れない。恥ずかしい。どうしたらいい。頭の中をぐるぐると色んなことが巡っては消えていく。普段なら予期せぬ出来事にも冷静に対応できるのに。どうして相手が古橋だとこんなにも上手くいかないんだろう。まるで、今この世界に、私と古橋しかいないんじゃないかと錯覚する程に辺りは静かだった。

「名前」
「っ、ま…って、…」
「すまない」
「、ぁ…っ」

くるりと体の向きが変わって、真正面から抱きしめられる。名前を呼ばれて恐る恐る顔をあげれば前にも一度見たことがある、古橋の熱を孕んだ視線。だめだ、のまれる。精一杯の抵抗で口にした言葉は言葉にならなくて。触れた唇が、熱くて、甘くて。ふわりと優しく吹いた風が私と古橋の間を流れた。



くぅ〜〜〜っ!古橋ほんと沼〜〜〜!まじ黒バス最推しが古橋になりつつある最近…ああ好き…。こういうifはめちゃめちゃ書きたかったのでテンション上がりまくりです。お酒飲みながらyes!最高!yes!って一人で盛り上がってたくらいです。久しぶりに甘いお話を書いてかなり満足しました。

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