涙は大事な時にとっておくのよ

最近、嫌がらせと呼んでいいものか分からないレベルの小さな嫌がらせが増えている。下駄箱の中に小学生レベルの悪口が書かれた紙が入っていたり、廊下を歩いていると足を引っ掛けられたりと、種類は色々だ。まあ、犯人については大体目星がついている。そして、原因も分かっている。

「ね、一哉くん?」
「あは。めんごっ」
「ほんとにふざけんなよ」
「いやごめんて。まさかアイツがあそこまでやばいと思ってなかったんだもん」
「手当り次第女の子食ってるからだろ」
「えぇ〜だって〜美味しいんだもん」
「クソすぎるマジで百回くらい死んで」

嫌がらせの犯人は恐らく、というか確実に原の元セフレ。原はセフレのつもりだったらしいがその子は自分を彼女だと思い込んでいるようで、自分をフッて私と仲良くしている事が気に食わない、と言ったところだろうか。何が一番ムカつくかって、全ての元凶であるこの男だ。今まで捨てた女の子達に百回くらい刺されればいいのに。

「でも俺が出てったら拗れるっしょ?」
「だから面倒だって言ってんの。馬鹿なの?」
「もーごめんってばー」
「面白がってるくせによく言うよ」
「名前だってちょっとは楽しいと思ってるでしょ?」
「ちょっとだけね。9:1くらいで面倒だと思ってるから」
「思ってるんだウケる」

元凶の原が解決すればいいとも思ったけれど、今回は数が出てくると余計に面倒なことになるのが目に見えてる。口では謝っているけれど楽しそうに緩んだ口元が全然悪いと思っていないことを物語っている。確かに私も少し面白がって入るけれど正直面倒だと思う気持ちの方が強いし、今回に関して私は一切関係がない被害者である為巻き込まれたことに対するムカつきの方が大きい。

現段階でされてる事は下駄箱に悪口が書かれた紙が入れられている事と廊下を歩いていると足を引っ掛けられる事くらいだ。恐らく大々的に私に何かをする勇気は無いのだろうと、放っておくことにした。勿論、紙はきちんと証拠として残してあるし、突然出される足は余裕で躱せるから何の問題もない。

「語彙力幼稚園児か」
「は?」
「見てこれ」
「あー原の元カノ?だっけ」
「違う元セフレ」
「変わんねぇだろ」

SHRが早めに終わり、一番乗りでやってきた部室で今日も下駄箱に入っていた紙を広げる。ざっと目を通しただけでも書いてある悪口は数パターンだけ。最近はもうどうせ書くならもっと具体的に言われて心に刺さるようなことを言えばいいのに、と嫌がらせにアドバイスをし始める始末だ。私のため息に後から部室に入ってきたザキが首を傾げる。

「大丈夫なのかよ、それ」
「着実に内容は不穏になってるよね」
「うわ、怖」
「別れろって言われても付き合ってないし?返せって言われても私のものじゃないしむしろ貰ってくれるなら貰ってって感じ」
「それもそれでどうなんだよ」
「いや、原は一回マジで刺された方がいいと思うんだよね、私」
「まぁ、それは分かるけどよ」

ブスやビッチなどのありきたりな悪口から始まって、最近は死ねだとか殺すだとか不穏な内容に発展し始めた紙にザキが嫌そうな顔をする。いじめを受けたことで私の精神状況が危うくなるなんてことはまず100%ありえないけれど、原のせいで荒んでいることは確かだ。毎日のように刺されろと呟く私に最早誰も反応しなくなってきた。

ただ、そろそろ鬱陶しくなってきたことは間違いない。下駄箱を開ける度に紙を回収するのも面倒だし、出される足にほどほどに引っかかってやるのも意外と疲れる。毎日付き纏う視線も鬱陶しいし、蹴りをつけたいのが本音だ。証拠は十分ある。今までもらった紙は有難く保管させてもらってる上に、足をかけられたことで脛にアザもできている。

「愉しかったけどそろそろ潮時かなあ」
「愉しかったってお前…」
「もっと愉しいのはこれから、でしょ?」
「…ほんと、お前怖ぇわ」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ」

部室のソファでスマホを弄りながらぽつりと呟けば隣でゲームをしていたザキが引いたような目でこちらを見ていた。ニヤリと笑ってみせると体まで引いて私から距離を取る。何の為に私が今まで動かなかったかなんて理由はひとつ。証拠が欲しかったからだ。決定的な言い逃れができなくなるような証拠が。有難いことに彼女の筆跡はかなり特徴的でわかり易く、そしてそんな筆跡を彼女は残してくれている。

まあ解決方法は至って簡単。偶然を装って担任と衝突。その時に今まで貰っていた紙の一枚を落として、私がいじめを受けていることを匂わせる。普段から優等生を演じて、教師とも仲の良い私がいじめられているかもしれないと知れば必ず話を聞きに来る。そこで私が動揺する素振りを見せれば教師側は問い詰めてくる。

「…っ、実は、少し前から下駄箱にこんな紙がいっぱい入るようになってて…廊下を歩いてる時も足を引っ掛けられたりしてて…」

そう言って涙を浮かべれば教師の目に私はいじめを受けている可哀想な生徒として映る。いじめの主犯は誰だと問い詰める教師に恐る恐る名前を言えば「今まで辛かったな。もう大丈夫だからな」と教師達は私の言葉を信じる。私が立てたシナリオは寸分違わずその通りに進んだ。教師達から問い詰められ、証拠も充分な状況で彼女が言い逃れを出来るはずはなかった。

「んーっ、!あー、終わった終わったー」
「あ、解決した系?」
「させたんだよバカ」
「いやーまじめんごめんご」
「2度目はマジでないからね」
「許してくれんの?」
「なわけないでしょ。ダッツ奢れ」
「うわ、鬼かよ」
「誰のせいでこんな面倒なことになったと思ってんの」
「はいはい奢らせてもらいますよー」



どれだけ転んでもただではおきない女です。かっこいいねえ。普段から先生達の信頼を得てる人間だからこそ出来るこの方法。自在に涙を流せるとか本格的に女優まっしぐら〜。さすが霧崎マネですね。好きです。勝手に元カノから元セフレ扱いにしてしまいましたが大丈夫でしたでしょうか…。愉しい出来事に生き生きする名前ちゃんを書いてて最高に楽しかったです。素敵なリクエストありがとうございます。

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