明日は忘れないように

「は?寒。死ねばいい」

思わず口から白い息と一緒に暴言が飛び出た。部活が終わった瞬間、足早に帰っていった我らが主将様のせいで私の仕事が増えた。それはつまり私の帰りが遅くなったということ。勿論他のメンバーも部誌を書いて、戸締りをして、部誌と鍵を職員室に置きに行く私を待ってるはずがなく当然のように帰っていった。何とも薄情な奴らである。

買ったばかりの深緑色のマフラーに顔をうずめて、コートのポケットに手を突っ込む。学校内も電気が付いているのは職員室といくつかの教室だけ。校門に向けて歩き出し、寒さから逃げるように体を小さくする。あー、無理。寒い死んじゃう。ふ、と目の前で揺れた影に視線をあげれば校門の前で立つ見慣れた男の姿。驚いて、思わず口から間抜けな音が漏れる。

「終わったのか」
「え、あ、うん。終わったけど…ってそうじゃなくて、何してんの?」
「名前を待つ以外にないだろう」
「いや、それは、うん。何となく分かってたんだけど、聞きたいのはそこじゃない」
「?どうしたんだ」
「いや、何で待ってたのって聞いてんの」
「最近不審者が出てると言っていただろう。一人で帰らせるのはどうかと思ってな」

向こうも歩いてくる私を認識して、校門に寄りかかっていた体を起こしてこちらを向く。月明かりに照らされた顔を見ると、鼻も頬も真っ赤になっていて。かなり長い間ここにいた事が推測できた。ほんとに何してたんだこの男。てっきりあの時アイツらと一緒に帰ったものだと思っていたのにいつ終わるかも分からない私を待っていたのか。

「馬鹿じゃないの…あーもう、なんでこういう日にマフラーしてないのバカ」
「朝寝坊して、忘れてきたんだ」
「ほら、これ付けて」
「名前のだろう」
「風邪ひいたらどうすんの。いいから付ける!」
「ぅぶ、っ…すまない」

マフラーも手袋も付けずにコートを着ただけで何十分も待っているなんてバカなのか。自身の首に巻いたマフラーを外して古橋の首にかければ私に返そうとする。それを拒んで無理やり付ければ渋々、と言った様子でマフラーに口元を埋めた。こいつ自分がレギュラーだってことを分かってるのだろうか。風邪なんか引いて大会でれませんなんてことになってみろ。花宮からどんな仕打ちを受けるかなんて想像したくもないだろうに。

「待つなら待つって言ってくれればいいのに」
「原がサプライズだとか何とかって」
「アイツとことん頭おかしいんじゃないの。てか、それに乗っかる古橋も古橋だからね」
「すまない。迷惑だったか?」
「…迷惑とかじゃなくてさあ」

迷惑な訳じゃない。ただ、風邪を引いたり逆に古橋が不審者に襲われたりしたら困るから言っているんだ。が、それを本人に言うのは何とも気恥ずかしくて口籠もってしまう。そんな私に本気でわからない、と言わんばかりのキョトンとした顔を向けてくる古橋にため息をついて渋々口を開いた。

「迷惑じゃないから、今日みたいな時はちゃんと連絡して。分かった?」
「ああ。分かった」
「…ありがと」
「…ああ」

真っ直ぐ古橋を見てお礼を言うのもなんだか恥ずかしくて、歩きながらお礼を言う。声は小さくなってしまったけど、それを聞いた古橋が小さく笑う。ふっ、と緩んだ空気がこそばゆくて歩く足を早めた。

「家まで送んなくていいっていつも言ってんのに…」
「俺がしたいからしてるだけだ」
「そういうとこだよ」
「?どういうことだ?」
「なんでもない。気をつけて帰ってね」
「ああ。また明日」
「うん、また明日」

何度断ってもいつも家まで送ってくれる古橋は今回も例に漏れず家まで送ってくれた。家の前でいつもの会話をした後、小さく手を振る古橋に手を振って見送る。あ、マフラー。貸したままだけど、まあいっか。どうせ明日も会うんだから。でも、一応「明日はちゃんとマフラーしてきなよ」ってメッセージを送っておいてあげよう。



霧崎の中の誰か、だったので推しを召喚しました。私も古橋と帰りたい!家まで送ってほしい!古橋好き〜〜〜!って思いながら書いてました。遅くなったらナチュラルに家まで送ってくれるし、道路は車道側を絶対歩いてくれるし、完璧に彼氏力が高いのにモテないのはやっぱりあの愛想の無さですね。今改めてアニメ版を見るとめっちゃ表情筋使うじゃんと思うけどあんまり表情が動かないのが古橋の素敵なところ。まあ、身内内だと結構表情豊かみたいな感じだと尚可愛くてよろしいですね。素敵なお題ありがとうございました!

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