息の仕方を忘れてしまったのはいつの日だったろうか


「まさか!あの子の個性ならプロヒーロー間違いないじゃない。あの子がプロヒーローになってくれればもっと贅沢な暮らしができるんだもの。あの子の個性があれじゃなかったら引き取るわけないじゃない!」

そう言って声高々に笑った叔母を見て、足が動かなかった。

望まれずに生まれた私は実の両親から虐待を受けていた。4歳になり個性が発現した私を見て両親はなんて危険な個性なんだとより一層虐待は酷くなった。

ある日、酔った勢いのままに空瓶を振り上げた母親から自分を守ろうとした私の体は、私に触れていた母親に向かって個性を発動させてしまった。直後、父親の怒号が聞こえ思いきり首を掴まれた。苦しくて離して欲しくてもがいた。気づいたら両親の姿はどこにもなく、血溜りに沈む肉塊と自分がいた。

個性の暴発だった。

流れるものを操ることができる流動の個性が、両親の血液の流れを血管や心臓が耐えきれなくなるほどまで早めてしまったのだ。両親の体は破裂し、やってきた警察とプロヒーローが顔を歪めるほどに家の中は酷い有様だった。

捜査が進む中で私の個性が両親を殺したことが発覚したが、虐待を受けていたことから事故防衛本能による事故として処理された。

法では裁かれなかったが、私は確かにあの日、人を殺したのだ。あの瞬間に感じた血の匂いと、個性を人に使う感覚を私は死ぬまで忘れられないだろう。

個性で両親を殺した私を引き取ろうとする親戚はどこにもいなかった。

しかし、そんな私を引き取ってくれたのは父の妹である叔母だった。子供がいない叔母は私を大層可愛がり、私は不自由無く育ててもらった。小学校にも中学校にも通わせてもらい、高校は叔母の言う通りにかの有名な雄英のヒーロー科を受験し、無事合格。

そんな矢先の出来事だった。扉の前で立ち尽くす私に気づいていない叔母はこう続けた。

「あの子の個性がヒーローになれないような没個性だったら引き取ってないわ。あの子がヒーローになれるだけの個性を持ってたから引き取ったんだもの。そうじゃなかったら自分の両親を殺すような危険な個性の子をわざわざ引き取って大事に育てるなんてする訳ないじゃない!」

ガラガラと音を立てて何かが崩れていった気がした。

今まで大事に育ててくれたのも、欲しいものを買い与えてくれたのも、美味しい食事も、素敵な部屋も洋服も、全部全部嘘だった。私を呼ぶ優しい声も全部嘘だった。

自分の頭の良さをこれほどまでに恨んだことは無かった。だって、今何が起きているのか、どういう状況なのか、それを全部、瞬時に理解してしまうから。

驚くことに涙は流れなかった。

むしろ、ああやっぱりと思ってしまった。

私の雄英合格が決まった直後から叔母の様子がおかしかったから。体調でも悪いのだろうかと思っていたが、そういう事だったわけだ。

足音を立てないように自室に戻りベッドに倒れ込む。何がいけなかったんだろう、どこで間違えたんだろう。雄英を受けたこと?この家に来たこと?両親を殺したこと?生まれてきたこと?

「ははっ、バカみたい」

仰向けに寝転がり、腕で目を覆う。

ヒーローになりたい、そう思っていたのは私じゃなかった。私自身が望んだことじゃなく、叔母が望んだこと。私は自分がそう思っていると、思い込んでいただけだったんだ。

何もわからなくて、何もわかりたくなくて。見るもの、聞くもの、全部シャットアウトしたくて。布団を被って小さく丸まった。


息が、できない。


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