私はまだ、息の仕方を思い出せないままでいる


あの日から叔母との会話は必要最小限になった。もっと寂しさを感じたり辛くなるのかと思っていたが、そんなことは無かった。何なら、私が何も知らないと思い込んでいる叔母を見て滑稽だと思った。私は自分で思っていたよりもずっと性格が悪いらしい。

家を出て歩いて駅に向かう。電車に乗って、少し離れた場所にある雄英高校の門をくぐる。前もって知らされていたクラスはA組。校内の各所に貼られた案内の紙を頼りにゆっくり歩いて教室にたどり着く。扉を開ければ、時間が早かったこともあり誰もいなかった。黒板に貼られた座席表で自分の席を確認し席に座る。

イヤホンを耳に付け、机に突っ伏す。外から、廊下から聞こえてくる賑やかな声がどうしても耳障りだった。きっと、この教室に入ってくる子達は皆純粋にヒーローを目指してる。私みたいに言われるがまま他人の意思でヒーローを目指しているような人はいないだろう。

楽しそうに笑う声が、私には眩しすぎたんだ。

ガラリと扉が開く音がして、誰かが入ってくる。少し顔を上げて時間を確認すれば指定されていた時間の30分前。まだいいだろう、とまた顔を伏せようとした時だった。

「おはよう!随分来るのが早いんだな!」
「…おはよう」
「どうした?具合でも悪いのか?」
「…別に。ちょっと眠いだけ」
「寝不足は良くないぞ!ヒーローたるもの体調管理もしっかりしなければならないからな!」
「…そう」

突然かけられた声に驚いて顔をあげてしまった。目が合っている以上無視をすることも出来ず返事をする。私を見て心配そうに少し眉を下げた彼は私の返事を聞いて、今度は眉を上げた。随分忙しない人だ。

ぼうっと彼を眺めていると、彼はハッと思い出したように「僕は飯田天哉だ。君は?」と自己紹介を始めた。「月城流」と名前だけ答えると、嬉しそうに「月城くん、これから一年よろしく頼む!」と笑った。その言葉によろしく、とは返せず緩く笑って誤魔化した。

何となく変な空気になってしまい、どうしようかと思っているといいタイミングで教室に別の子が入ってきた。飯田くんは真っ直ぐその子の元に向かって私に話しかけた時のように話しかけた。もちろん話しかけられた子は驚いていたけれど。失礼ながらも助かったと思いながら持ってきていた本を開いた。

少しして教室がザワザワと騒がしくなる。徐々に人数が増えて、皆自己紹介をし合って友人を増やしているようだ。その中でも一際目立っていたのはクリーム色の髪の毛の男の子。口も態度も物凄く悪い。何かあるとすぐに手のひらを上に向けて爆発させていた。恐らく彼の個性なのだろう。

私が本を読んでいるせいなのか、表情が固いからなのか、話しかけるな的なオーラが出ているのか何なのかは分からないが誰一人話しかけてくることはなかった。

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

そんな中、響き渡ったのは男の人の低い声。本を閉じて視線を向けると寝袋から出ながら立ち上がる男の人。

…なぜ、寝袋?

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました」

突然の出来事に静まり返った教室内を見てそう言った男の人は、どうやら私達の担任らしい。雄英の教師は皆プロヒーローだと聞いていたが、この人もプロヒーローなのだろうか。

困惑する他の人達をぼんやり眺めていると、相澤先生がゴソゴソと寝袋の中を漁り始める。中から出てきたのは体育着。なんで寝袋の中に体育着が入っているのかさっぱり分からない。

「…変なの」

渡された体育着を受け取って更衣室に向かう。女子は私を含めて七人。全員まだ緊張しているのかピリピリした空気が流れている。さっと着替えて更衣室を出てグラウンドに向かう。前を歩いている男の子達はワイワイと楽しそうで。ちょっとだけ、ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまった。

「「個性把握テストォ!?」」

そして始まったのはグラウンドでの個性把握テスト。入学式もガイダンスも全部パスして行うらしい。校風が自由とは言ってもここまでくるとさすがに驚くしかない。

種目は中学の頃にやったものと同じ。ただ、中学の頃と決定的に違うのは個性を使っても良いということ。個性を使うことで有利になりそうな種目もいくつかあるけれどイマイチ、ピンと来ないものもある。

どうしようかと考えていると1番目立っていたクリーム色の髪の男の子が相澤先生に名前を呼ばれる。ふぅん…爆豪くんって言うんだ。名前の通りだけど、やっぱりガラ悪いなぁ。ボールを投げる瞬間、個性を発動。ボールを爆風に乗せて遠くまで運ぶ、極めて利口な方法だ。

ただ投げる直前の死ね、は言う必要あったのかな。気合いを入れる、みたいなやつなのかもしれない。どちらにしても、彼のような個性はヒーローにおあつらえ向きだ。周りの子達も個性を使ってもいい体力テストがどんな物なのか実感が湧いてきたらしい。

ザワザワと楽しげな声が広がって、空気がパッと明るくなる。楽しそう、かなあ…。本来体力テストというのは己の出来ること出来ないことを把握する為のもの。つまり、己の個性をどこまで応用できるのかが見られている。これってもしかして、とある可能性に行き当たったのと同時に相澤先生が顔を上げた。

「面白そう…か。ヒーローになる為の三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?…よし。トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分としよう」


ああ。ほら、やっぱり。


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