息の仕方が、ほんの少し分かったような気がしたの


簡潔に結果だけ言うと、私は14位だった。体力テストが始まって初めの方の種目はまあ普通に、中学よりも良い記録を出せていた。個性もある程度、上手く使って種目に望んでいた。けれど、ガムシャラに頑張る彼らを見て思ってしまったんだ。

私が、頑張ってどうするの?

彼らは自らの確固たる信念と意志を持ってここにいる。どんな理由であれ、自分自身がヒーローになりたいと望んだからここにいるのだ。それに比べて、私は言われるがままにここに来ているだけ。いっそ、最下位になって除籍処分されるのもいいかもしれない。

そう思ってしまったんだ。でも、それと同時に思ってしまったことがもう一つあった。見捨てられたくない、って。叔母は私がヒーローになれる人間だと思ってるから優しくしてくれているんだ。もし、ヒーローになれる見込みなしと判断されて除籍されれば、きっと叔母は私を見捨てるだろう。

叔母の優しさがどんなに醜くて、嘘に塗れていたとしても、今の私にとって唯一の居場所だから。それを無くしてしまったら、今度こそ、何のために生きているのかすら分からなくなってしまう。

「…ぃや、だ」

グッと握りしめたボールを振りかぶって、投げる。その瞬間に周辺の空気の流れを変える。もっと、ずっと、遠くに。風に乗って、どこまでも。相澤先生が持っていた測定器がピピッと音を立てる。

「710m」
「うおおお!すげえ!」
「ボール投げトップじゃね!?」

相澤先生の言葉にホッと小さく息を吐いた。きっと、これで最下位は免れた。私の除籍はこれでなくなった、そう思った。でも、相澤先生の目を見てヒュッと喉が音を立てた。何、なんで、どうして、そんな目をするの。

私を少しの間じっと見つめた後、何も無かったように相澤先生は目を逸らした。言うなれば、ヘビに睨まれたカエルの気分。私が一瞬だけ迷って、自ら最下位になろうとした事にあの人はきっと気づいてる。その直後に私が何を思ったか、全力を出したことにも気づいてる。

体力テストが終わってから、ワイワイと騒ぐクラスメイト達の少し後ろを一人で歩く。除籍処分は私達の最大限を引き出す為の合理的虚偽だと相澤先生は言った。でも、最下位を除籍処分にすると言った時のあの目は嘘じゃなかった。きっと、本当に最下位を除籍処分にするつもりだったんだ。そうじゃなきゃ、私の事をあんな目で見たりしない。

いいなあ。あの、緑谷くんって子。きっと、相澤先生は彼のこと、気に入ったんだと思う。だから、最下位が除籍処分って言ったのを取り消した。

「いい、なあ…」

帰り道、前を歩いていた緑谷くんを見て胸が痛くなった。メガネの男の子と可愛らしい女の子。三人で楽しそうに歩く姿が、やっぱり少し羨ましくて、妬ましい。

どこで、間違えたんだろうか。今まで何度も何度も自分に聞いてきた。何度考えても正しい答えは出なくて、何度考えても行き着く答えは一緒だった。生まれてきたこと、もうそこから間違いだったんだ。実の両親を手にかけたような子供がヒーローになれるはずがない。

ヒーローになることを望んでいたのは他の誰でもない叔母だったことに気づいてからは、何度も思うようになったことだ。ヒーローなんて、なれっこないって。

でも、ならなきゃ。


なんで?


認められたいから。


誰に?


叔母さんに。


本当に?


本当に


本当に、本当?


…ほんとは、あの人も期待なんてしてない。


そう、あの人が欲しいのはお金でしょ?


あの人が望んでいるのは私がヒーローになることじゃない。


じゃあ、私の欲しいものは?


…居場所


ねえ、なんでヒーローになりたいの?


わからない。


頭の中で声が響く。なんで、どうして、と声が私に問いかけてくる。苦しくて、息が出来なくて、その場で蹲る。ぎゅっと鞄を抱きしめて息をいっぱい吸って吐く。

そうだ。居場所を探す為にヒーローになろう。ヒーローになって、居場所を見つけるんだ。きっと、本当の私を、求めてくれる人がいるはずだから。だから、もう少しだけ頑張ろう。


まだ、暗闇から抜け出せない


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