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私の部屋に突如として現れた彼はするすると私の生活に馴染んできた。最初こそ気まずさや恥ずかしさがあったせいで遠慮していたのだが、彼の性格のせいか私が彼に慣れるまでも早かった。朝は私よりも早く起きて朝ごはんの準備、時間が来るとアラームと戦う私を優しく起こしてくれて、素敵な朝食が出てくる。学校に行く日もバイトの日も、お弁当を必ず用意してくれていってらっしゃいと笑顔で見送ってくれる。

「もはや妻じゃん」
「うん…そうだよね…私もそう思う…」
「アンタ絶対女子力負けてるよ」
「うん…私もそう思う…」

私のお弁当箱を覗きながら食事をする友人の言葉に肩を落とす。私の食生活はみるみる改善されて、少し太ったような気すらしている。体重計に乗るのが怖いくらいだ。にしても、自分の部屋に自分以外の誰かがいる、という生活習慣には慣れたとは言っても彼の女性至上主義には未だに慣れることができないでいる。なまじ顔がいい分、彼の口から発せられる言葉達の破壊力は凄まじい。手の甲にキスは当然だし、まるで執事のように振る舞われたり、何かしようものならすぐに変わってくれる。良い言い方をすれば理想の男、悪く言えばダメ女製造機だ。

「ただいまー」
「おかえり、名前ちゃん」
「た、ただいま。サンジ、くん」
「ん、おかえり」

私が扉を開けると笑顔で迎えてくれる彼に吃りながらも返事をすれば満足そうに頷いて、私の手から荷物を攫っていく。最初こそサンジさんと呼んでいたが、話をしていくうちに彼がまだ十九歳であることが分かり呼び方が変わった。というか、変えさせられたのだ。まさかこんなに落ち着いていて大人びている彼がまだ未成年だなんて思いもしなかったが、蓋を開けてみれば私より二つも年下だったのだ。そうだったのかと驚く私に対して「じゃあ、俺のことはサンジとお呼びください」なんて言って跪いた彼に慌てたのは記憶に新しい。彼を呼び捨てにするのはハードルが高すぎた為、何とか妥協をしてもらってサンジくんと呼ぶことに落ち着いたのだ。まあ、それから暫くたっても未だに慣れることは出来ないのだが。

「今日もバイトかい?」
「ううん。今日はおやすみ」
「それはよかった。じゃあ名前ちゃんの為に今日はとびきり美味しいご飯を作るよ」
「うん。ありがと」

キッチンで紅茶を入れながら私に顔を向けるサンジくんに首を振れば、彼は嬉しそうに微笑んだ。サンジくんがここに来ることなんて、一切考えていなかった私はいつものようにフルタイムでバイトのシフトを入れてしまっていたのだ。お陰でサンジくんが慣れない家に一人でいなければならない日がここ数日ずっと続いていたのだ。今週からは希望休をいくつか申請しているため比較的家に入れる日は増えるだろうとそう伝えれば、彼はまた嬉しそうに笑う。

「そんなに嬉しいの?」
「勿論さ!だって名前ちゃんと一緒にいる時間が増えるってことだろ?嬉しくないわけないだろ?」
「…そう、ですか」

私の前に紅茶を置きながらニカッと笑ったサンジくんに返す言葉を迷って、紅茶に口をつける。程よい温かさの紅茶がふわりと口の中で香って鼻から抜ける。いつも飲んでる紅茶なのにどうしてこんなにも香りが変わるのだろう。美味しい?と聞いてくるサンジくんに美味しいよ、と返して再度カップに口をつけた。



(恥ずかしさを紅茶で飲み干して)


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