殊勝で異常な情報屋さん

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もうすっかり通い慣れたアパートに入った。アパート一階に備え付けられた電子ロックを解除し、エレベーターに乗り込む。目的の階に到着して、エレベーターの扉が開いた。その扉から見えたのは、『職場』が同じの同僚である矢霧波江さんだった。

「波江さん。お出かけですか?」

「ええ。今日は休暇を貰ったのよ。珍しく『雇い主』のほうが活発に動ける状態じゃないわ」

「動けない状態……ですか?」

「ええ。とにかく、行ってみれば分かるわ」

いまいち状況を掴めずにいる眞喜を尻目に、波江はそそくさとエレベーターに乗ってアパートの外へと出ていってしまった。きっと誠二のところに行くんだろうなぁと、彼女を知っている者になら容易にできる想像をしながら『職場』へと向かう眞喜。

「臨也が動けない……か。明日はきっと雪ね」


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部屋に入ると玄関タイムカードを押して中に入る。以前波江と話したことを思い出すと、何故か自然と頬が緩む。

「これも臨也の遊びの一環なのかしら……」

そのまま真っすぐ進み、正面に面した大きな部屋に入った。しかし、いつものオフィスに臨也は居なかった。

「――あら?……臨也?居ないの?」

と、部屋を見回す眞喜の目に飛び込んできたのは、いつも臨也が座っているあたりに設置された重厚そうな扉だった。


    ♂♀


見た目と反して玄関と同じように開いた扉の先は、臨也の私室と思われる部屋があった。オフィスにも膨大な資料があったが、この部屋にも大概の資料がある。そして、窓に面した部屋隅にはシングルベッドが置いてあった。ベッドなので当然人が寝ているわけで。

「臨也……?」

ベッドの上には、自称『素敵で無敵な』情報屋こと、折原臨也がぐったりと横たわっていた。


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「ほら、起きて、臨也」

「あぁ……眞喜……」

「何、どうしたの?」

「どうやら、タチの悪い風邪にかかったみたいでね……」

「確かに結構熱いわ。これは、明日は雪どころじゃなくて嵐ね」

冗談めかしながら臨也の上半身を支えながら起き上がらせる眞喜。

「……それは、褒め言葉として受け取っておくよ」

「減らず口も健在ね。ほら、取り敢えず雑炊作ったから食べなさい」

臨也の起こした眞喜は、臨也の膝の上に作り立ての雑炊を置く。

「…………」

嫌いな野菜でも入っているのか、一向に雑炊に手をつける様子がない臨也を見兼ねて、田中は蓮華を手にとり雑炊を一口分掬う。

「……まるで子供ね」

愚痴りなから、眞喜は雑炊を冷ますべく蓮華の上の一口に息を吹き掛ける。

「ほら、口開けて」

調度よく冷めただろう頃合いを見計らって雑炊の臨也の口まで運ぶ眞喜。

「……」

臨也は観念したように口を開けて、雑炊を渋々咀嚼した。一口飲み込んだのを見計らって、眞喜はもう一度雑炊を掬い臨也の口まで運ぶ。そうしたことを何度か繰り返し、すぐに一人用の土鍋は空になった。

「……ご馳走さま」

雑炊を食べ終わった臨也が小さく呟いた言葉に眞喜は微笑み、土鍋を持って立ち上がった。

「お粗末さまでした。さ、今日はもう寝てさっさと全快してちょうだい」

と、言って部屋を出ていった。


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「やっぱり熱が酷いのかしら」

土鍋を洗いながら、眞喜は呟いた。

「あんなに殊勝な臨也は……」

……ちょっと可愛いかも……。

「なんて、何考えてるのよ私は」


    ♂♀


土鍋を洗い終わった眞喜は臨也の私室に顔を出し、ベッドの上に寝転がっている臨也に声を掛ける。

「今日はもう帰るわね。それじゃあ」

首を引っ込めて扉を閉めようとするが、中から蚊の鳴くような声が聞こえてそれを中止。ベッドの傍らへと足を運ぶ。

「何?」

「……ここに居てよ……」

臨也は目を瞑ったまま、うわ言のように言った。珍しく素直な臨也を見て、眞喜は優しく微笑んだ。

「明日は嵐どころじゃなくて……地球消滅ね」